COCA・GANG・STAR

3章:C9H - 1 -


 七月一三日。昼休み。
 屋上に移動する途中、廊下の向こうから、小宮玲奈が歩いてきた。
 相変わらず、綺麗な少女だ。艶やかな黒髪を靡かせ、男子達の視線を奪っている。
 例に漏れず、優輝もつい視線で追いかけたが、小宮はこちらを見るなり、表情を強張らせた。遊貴をひと睨みして、無言で通り過ぎていく。

「……遊貴、小宮先輩と何かあった?」

「なんで?」

「睨まれたから」

「眞鍋に接近し過ぎているみたいだから、ちょっと注意しただけだよ」

「なんか、険悪だな」

 前はキスしてたのに、そう思いながら呟くと、遊貴は薄笑いを浮かべた。

「彼女の正義感からすれば、俺は許し難い存在なんだろうね。今はビバイルという共通の敵がいるから、協力関係にあるけど」

「協力って?」

「ビバイルに関して情報共有してる。小宮は割と危ない橋を渡って、眞鍋に接触してくれているんだよ」

 ふと、GGGで眞鍋と腕を組んでいた姿を思い出した。

「俺にはビバイルに近付くなって注意したのに……」

「彼女は、身内がビバイルの被害に合ってるから、本気でビバイルを憎んでいる」

「……もしかして、弟さんのこと?」

「知ってるの?」

「不登校の弟がいるって、聞いた」

「まともに学校もいけなくなったらしいね」

 弟を想う小宮のことを考えたら、気が重くなった。もし、友哉が向こうで厄介事に巻き込まれたら、優輝もとても冷静ではいられないだろう。

「……遊貴も、身の周りに気をつけた方がいいよ。眞鍋が狙ってるかもって、聞いた」

 忠告した途端に、遊貴は柳眉をひそめた。不機嫌そうに見下ろしてくる。

「楠から聞いたの? まだ連絡しているわけ?」

「教えてくれたんだぞ」

「優輝ちゃんの方が危ないよ。GGGで俺と一緒にいるところを、見られてるし……しばらく一人にならない方がいい」

「寄り道はしないよ。っていうか、俺の心配より、自分の心配しろよ」

「Give me control of a nation's money and I care not who makes it's laws」

「はぁ? 何?」

「俺の自信の根拠。暴力は手段で原理じゃない」

「……」

 考え込む優輝を見下ろし、遊貴はぽんぽんとくせ毛の茶髪を撫でた。

「金は最大の武器だ。いつの時代でも組織を従えるのは、語学にも経済にも明るい、頭の切れる富裕層のエリートなんだよ」

 王者然とした笑みを浮かべて、昂然こうぜんと遊貴はいい放った。うっかり見惚れそうになり、優輝はふて腐れた顔を作った。

「そりゃ、遊貴の家は大金持ちかもしんないけど、脅されたらどうするのさ?」

「金を欲しがらない組織なんてないよ。全てのトラブルは金で解決できる」

「そうとも限らないかもよ? 交渉が決裂することもあるだろ」

「もちろん、その時は武力行使するよ」

「軽くいうなよ。相手はプロなんだぞ」

「プロ?」

「ヤクザじゃん。何されるか判らないじゃん」

「プロねぇ」

 危機感を欠いた返事に、優輝はむっと眉をしかめた。

「自分のことなんだぞ。もっと警戒しろよ」

「向こうが殺しのプロなら、こっちは戦争のスペシャリストだ」

「真面目に聞けよ」

 澄まし顔を睨み上げると、遊貴は好戦的に笑った。紫の瞳に、凄惨な光が灯る。

「無差別暴力と破壊行為はお家芸だよ。コロンビア自警団連合AUCコロンビア革命軍FARCの殺し合いを始めたいっていうなら、誰も止めないぜ?」

 冗談にしては迫力があって、優輝は笑えなかった。

「……何いってるんだよ?」

 怯えを誤魔化すように優輝が応えると、遊貴は抑制の利いた微笑を浮かべた。