COCA・GANG・STAR

2章:ビバイル - 10 -


「わあぁぁ――ッ!!」

 加速をつけた優輝は、弾丸のように乱闘に飛び込んだ。上半身を横に捻り、パイプを持った相手に肩から体当たりをかます。
 完全に不意打ちを食らった男は、武器を握ったまま倒れた。優輝も反動で地面を転がる。

「ユッキー!?」

 黒田は焦ったように優輝を見たが、工藤を相手にしているので、前を向かざるをえない。
 アドレナリンが放出されている。
 心臓は激しく脈打ち、血が沸騰する。恐怖以上の何かが、優輝の身体を支配していた。喉の奥から、熱い何かがせり上がってくる。

「うあぁっ!!」

 言葉にならない咆哮を上げると、出鱈目に鞄を振り回した。角はそれなりに硬度があり、当たれば結構な打撃になる。
 二人を蹴散らすと、優輝はいまだかつて感じたことのない、高揚感を覚えた。
 ここは殺気に満ちていて、普段なら絶対に怖くて逃げ出すのに。
 どうしてか、戦える。
 圧倒的な人数を相手に、黒田が一歩も引けをとらないからだ。
 だから優輝も、神経を研ぎ澄ませ、相手の動きを察知する。不恰好でも、相手の攻撃を躱し、隙をついて鞄を振るった。
 喧嘩慣れしていない優輝にしては大奮闘だが、いかせん体力がなさ過ぎる。息が上がり、集中力は次第に散漫になった。

「馬鹿、逃げろ!」

 背後からの一撃を、黒田が防いだ。優輝は気力だけで暴れたが、ブンッ、と鞄を振った反動で足がもつれた。
 最悪だ。助けるどころか、足手まといになっている。チャンスとばかりに、周囲を囲まれた。

「優輝ちゃん!」

 地面に激突する前に、腕を掴まれた。
 信じられない想いで振り向くと、息を切らした遊貴がいた。急いできてくれたのだろう、いつもは整えられた黒髪が乱れている。
 乱入者が遊貴と知って、取り囲む連中の殺気は倍増した。それぞれが怒りも露わに襲いかかる!
 へたりこみそうになる優輝を背に庇い、遊貴は回し蹴りを決めた。背中に眼がついているような、正確な蹴りだ。

「おい、黒田! 遊貴ちゃんを巻き込むなッ」

「知るか! 勝手についてきたんだ」

 憎まれ口を叩きながら、遊貴も黒田も呼吸は合っている。言葉もないのに、互いの死角をフォローするように動いている。
 多勢に無勢で始まったリンチは、圧倒的な二人による掃討戦へと変化した。
 優輝の眼にも、二人の力量は群を抜いて映った。
 型は違うが、丹田に力をこめて、一撃を繰り出す流れは同じ。足は弧を描き、鋼のような重たい掌底、強烈な蹴りを容赦なくぶち込んでいる。
 どう見ても、素人の動きではない。何らかの、格闘の心得があるとしか思えない。

「ぎゃあぁぁッ」

 特に急所や関節を狙う遊貴の攻撃は、見ていて恐かった。
 苦痛の叫び声を聞いているだけで、こちらまで痛くなってくる。骨を折っていたとしても、おかしくない。
 頼もしくも、戦々恐々と見守っていると、ついに工藤が膝をついた。俯いた男に、黒田はそれ以上手を出そうとはしなかった。
 なんという光景だろう。
 襲ってきた連中の殆どが、地べたに倒れ伏している。苦しそうに呻き声を上げている連中を、僅かに生き残った何人かが助け起こそうとしていた。
 へたりこんだままでいると、傍に黒田と遊貴が戻ってきた。

「おい、怪我は?」

「優輝ちゃん、平気?」

「あ、平気……」

 立ち上がろうとすると、無様に膝が笑った。緊張の糸が切れてしまったようだ。身体に少しも力が入らない。

「ふらっふらじゃねぇか。わあわあ喚きながら、鞄振り回してよ。錯乱したのかと思ったぜ」

 黒田にからかわれて、優輝は朱くなった。恥ずかしそうに頬をかく優輝を見て、遊貴は冷たい眼差しを黒田に向けた。

「俺は恰好良かったと思うけど。いこう、優輝ちゃん」

 肩を抱き寄せられ、強引に前を向かされた。

「馬鹿にしたわけじゃねェよ! ビビらずに加勢してくれて、サンキュな」

 背中に声をかけられて、優輝は勢いよく振り向いた。意外に人の良い黒田は、倒れた生徒の具合を確かめていた。

「おぃ、病院はいらねェな? 自業自得だろ。ちっとは痛い思いして、帰んな」

「へへ……」

 優輝は照れ臭げに呟くと、前を向いた。こちらを見下ろしている、紫の瞳と視線が絡む。

「きてくれて、ありがとう。二人共、本当に強いんだね」

「二人共?」

「うん。遊貴も黒田先輩も、すげェよ」

 今さっきの喧嘩を振り返り、優輝は心から賞賛したが、遊貴は不満そうな顔をした。拗ねるなよ、というように頭をぐりぐりと肩に押し付けると、つられたように遊貴も笑った。

 その日の夜。
 黒田を襲った不良は、眞鍋の息のかかったビバイルの構成員だと、情報通の楠が教えてくれた。

『本当はさ、眞鍋君は黒田組に入れて欲しかったんだよ。でも門前払いされたから、三代目跡取りの黒田恭平を逆恨みしてるんだと思うよ』

「マジかよ。あの人、ヤクザになりたいの?」

『三商じゃ、有名な話だぜ。ビバイルで稼ぐようになって、上からスカウトされたらしい。ヤバい条件があるみたいだけど、眞鍋君ならやりかねないな……』

「ヤバい条件って?」

『殺し』

「え……?」

『ヒットマン頼まれたらしいぜ』

「上って、ヤクザだろ? 組に入る為に、殺し頼まれたっていうのかよ」

『本人はそういってたけど……木下、狙われるかもよ?』

「遊貴? 遊貴が狙われるの!?」

『別に可笑しくねェよ。あれだけ派手にビバイルに喧嘩売ってりゃな。自業自得だ。それに、木下のバックにあるC9Hと敵対してるらしいし……』

「どういうこと?」

『詳しくは知らないけど、警察がビバイルを一斉検挙しようとしてるらしい。バックについてる親も、無傷とはいかないだろ。捜査に、C9Hも協力してるって噂だぜ』

「そ、そうなの?」

『……っていうかユッキー、木下遊貴だけじゃなくて、黒田恭平とも仲良くなったの?』

「仲良くないよ。遊貴と一緒にいる時に、少し話す程度だよ」

『話せることがすげぇよ。どっちも超有名人じゃん! 眞鍋君は黒田恭平を目の仇にしてるからなぁ。気をつけろよ?』

「杏里こそ……まだ、売人プッシャーを続けるの?」

『まぁなー。でも、パクられたくないし、そろそろ手を引くよ』

 だから心配するな、とでもいいたげな口調だ。
 そろそろなんて悠長なことをいわずに、今すぐ手を引いた方いいのに……優輝がもどかしげに沈黙すると、微妙な空気を読んだように、楠は通話を切った。