COCA・GANG・STAR
2章:ビバイル - 2 -
楠のことを遊貴に相談してみると、しごくどうでも良さそうな顔をされた。
「放っておきなよ」
「でも、放っておいたら、杏里が犯罪者になっちゃうかも」
「麻薬は自己責任だよ」
「そうだけど……友達なんだし、心配じゃん」
「友達ねぇ」
声に嘲笑の響きを感じて、優輝は顔をしかめた。なんだよ? と喧嘩調で促すと、遊貴は肩をすくめた。
「そう思っているのは、優輝ちゃんだけかもしれないよ?」
「うわ、ムカツク」
「関わるのはやめておきな。ビバイルに何をされたか、忘れたの?」
尤もな指摘を受けて、優輝は気まずげに視線を逸らした。
「だって……杏里は、大金もらえるっていってたけど、そんなにうまい話があると思う?」
「いくら?」
「最低でも一〇〇万円らしいよ」
金額にビビるかと思ったが、遊貴は少しも驚かなかった。
「まぁ、普通の高校生には大金だよね。その取引、ヤマでも張られているんじゃないの? 末端構成員なら、検挙対象の本命にはされないだろうけど」
「検挙対象って?」
「違法薬物取締法って知ってる? 所持しているだけで、
「杏里が犯罪者になっちまう!」
優輝は机にバタンッと突っ伏した。
「麻薬に手を出す奴に、外野が何をいっても無駄だよ。関わっても疲れるだけだから、放っておきな」
「簡単にいうなよ」
がばっと起き上がると、上目遣いに遊貴を睨んだ。
「優輝ちゃんは、どういう奴が麻薬に手を出すと思う?」
「好奇心じゃないの?」
自分で試そうとは思わないが、優輝も興味がないわけではない。
「どん底の生活からの逃避だったり、贅沢の果ての怠惰だったり……日々が続いていくことに耐え切れなくなった奴が、手を出すんだよ」
淡々と答える遊貴の言葉には、妙な迫力があった。まるで実際に見てきたかのような口ぶりだ。
静謐な菫色の瞳に、一瞬、狂気の光が見えた気がした。恐れを誤魔化すように、優輝は唇をぺろりと濡らした。
「……いや、杏里は
「どうかな? 高額取引に関わるなら、シャブ漬けにされて、組織から抜けられなくなるかもよ?」
「……」
言葉を失くす優輝の顔を、遊貴は静謐な菫色の瞳で、ひたと見据えた。
「唖然としてるね。この展開は、優輝ちゃんにしてみれば、晴天の霹靂なんだ? その程度の関心しかなかったのに、止めようとしたところで、空回りするだけだと思うよ」
「俺は……」
「麻薬に手を染める奴を救い出すのは、生半可なことじゃない。中途半端に関わっても、苦しむだけだよ」
その言葉には、確かな説得力があった。
傷ついた顔をする優輝を見て、しまったというように、遊貴は軽く眼を瞬いた。
「……ごめん、いい過ぎたね」
力なく、優輝は首を左右に振った。
「まぁ、しばらく様子を見てみたら? 連絡先は知ってるんでしょ?」
「ん……」
優輝は沈んだ声で返事をした。
楠が情報屋であることは知っていたが、ビバイルに興味はないと思っていた。遊貴のいう通り、楠のことを何も知らないのかもしれない……
いろいろ考えた挙句、ビバイルに脅されているのか、とLINEで声をかけてみると、
“ちげぇよ、心配すんな”
相変わらずの神速でレスがきた。
そのまま、他愛のない雑談が続く。優輝の知っている、いつもの楠だった。笑いのツボも、盛り上がるネタも変わらない。
ほっとしつつも、心に掬う影を無視できなかった。
それ以降――
意識してLINEで声をかけるようにした。返信はすぐにくる。返信速度に、脅迫観念でもあるんじゃないかと思うくらい速い。
文面だけ見れば、楠はいつも通りに見えた。学校にも、ちゃんと通っているらしい。
平和なやりとりが数日続いて、なんとなく安心していたのだが、
“七月八日に、GGGでイベントやるよ。VIPルームに案内してやれるけど、ユッキー興味ある?”
不穏なメッセージが届いた。
そのイベントで、不法取引でもあるのだろうか? 普段なら興味ないと返すところだが……楠がどう反応するか考えると躊躇ってしまう。
「何を熱心に見ているの?」
昼休みを告げるチャイムが鳴っても、動こうとしない優輝の席に、遊貴の方からやってきた。無言でLINEの会話を見せると、遊貴は呆れたように柳眉をひそめた。
「優輝ちゃん……」
「普段は、雑談しかしてないよ。ただ、今回はいつもと違うっていうか……」
「もしかして、この間俺がいったこと、気にしている?」
返事に詰まると、遊貴は困ったように首を傾けた。
「あれは、優輝ちゃんを責めていったわけじゃないよ」
「判ってる」
机に視線を落とす優輝の髪を、遊貴は優しい手つきで撫でた。
「危ないことは、してほしくないな」
「……」
「まさか、“興味ある。俺もいく”なんて返事するつもり?」
無言で応えると、遊貴は咎めるように瞳を細めた。
「嘘は破綻するよ。ノコノコ顔を出して、手伝ってくれ、なんて商品を渡されたらどうするの?」
「ないよ、そんなこと」
「VIPルームに案内されて、
「だから、ないってば」
「あったら、どうするの? ないという根拠は?」
「俺はただ、楠と話すキッカケになればいいと思って……仲間になれっていわれたら、ちゃんと断るよ」
「追い詰められた時には、手遅れかもしれないよ。最後に断るつもりなら、最初に断るべきだ。友達が心配だから、自分も犯罪者になるなんて馬鹿げているだろ?」
犯罪者、という言葉に優輝はたじろいだ。遊貴の眼は少しも笑っていない。
遊貴の言う通りなのだろうか……楠を引き留めたいからといって、彼の後を追い駆けていくのは間違っている?
「判った……ちゃんと返事する」
「なんて?」
「嘘はつかない。直球で、興味はないけど心配だよっていってみる……」
携帯を凝視する優輝の頭を、遊貴はよしよしと撫でた。
結局――
返信の方向性を決めても、文面に一時間悩んだ挙句、三行しか書けなかった。
相変わらずの神速で、判った、とだけ返ってきた。