COCA・GANG・STAR
2章:ビバイル - 9 -
イベント明けの、翌月曜日。
強くなってきた日射しに眼を細め、優輝は屋上で弁当を広げていた。両隣には、遊貴となぜか黒田恭平までいる。
初めての組み合わせだ。意外な顔ぶれに、屋上へくる途中、幾つもの好奇の視線に晒された。
「すごい組み合わせだよね……」
何気ない口調で優輝が呟くと、二人は不服げな顔をした。
「俺は優輝ちゃんと二人でいたい。黒田、邪魔だから消えて」
「ふざけんな。話があるっていってんだよ。聞こうとしない、てめェが悪い」
低めた声に
「脅かさないでくれる? 昼休みなんだから、後にしてっていったんだよ」
ギリギリ、仲良しの仕草で通じるかどうか……別の意味でハラハラする優輝であったが、黒田はスキンシップの多い遊貴の態度を指摘はしなかった。
それよりも、しっしっ、と手で追い払う遊貴を見て、こめかみに青筋を浮かべている。
「ああああのさ」
緊迫感に耐え切れず、優輝が上擦った声を上げると、二人は険を解いて優輝を見た。
「あの、とりあえず、飯にしよ?」
意外にも、黒田は大人しく頷くと、カツサンドの封を開けた。遊貴も仕方なさそうに、ホットドックを食べ始める。
「木下、いつ拝島を封鎖する?」
「あのさぁ、話す場所を考えてくれない?」
平和は一秒と続かない。不愉快そうに遊貴が睨むと、黒田は質問の矛先を変えた。
「ユッキーは、どこまで知ってるんだ?」
「えっ?」
唐突に話をふられて、優希は大袈裟なほど肩が撥ねた。意外にも、黒田は優輝をユッキーと呼ぶ。
「優輝ちゃんに、余計なことをいわないでくれる?」
「まずいのかよ? やたら一緒にいるから、木下の色なのかと思ってたぜ」
爆弾発言に、優輝は口の中の米粒を吹き出しかけた。
「……違ったのか。なんも知らねェんだな」
何気ない一言だが、その言葉は優輝の胸に突き刺さった。指摘の通り、二人が何を話そうとしているのか、優輝にはまるで判らないのだ。
沈んだ優輝に気付いて、遊貴は顔を覗き込んだ。
「優輝ちゃん? 黒田のいうことは、気にしなくていいからね」
「いや、別に……」
やりとりをどう思ったのか、黒田は愉快そうに吹き出した。
「なんて顔してんだよ。柄じゃねーだろ」
「煩いな。殺すよ?」
遊貴にしては、乱暴な口調だ。低めた声には、紛れもない苛立ちが滲んでいる。
優輝がおろおろと二人の顔を交互に見ると、二人は肩をすくめて睨み合いの火花を消した。
放課後。
黒田の話が気になっていた優輝は、旧校舎へ向かう黒田を見るなり、背中を追い駆けた。
「黒田先輩!」
「ユッキー? 何してるんだ?」
振り向いた黒田は、堂々と煙草を咥えていた。
「委員会の帰りです。今ちょっといいですか?」
「悪ィ、今は……」
「少しでいいんですッ!」
拝み手で優輝が縋ると、黒田は仕方なさそうに紫煙を吐きだした。
「なんだ?」
「あの……ビバイルのこと、教えてください」
「アイツから、聞いているんじゃないのか?」
「遊貴は、俺に話そうとしないから。昼休み、屋上で何をいおうとしたんですか?」
「あぁ……非合法の工場団地の話だよ。木下のところとは地権で揉めててな。アイツが話してないなら、俺が話すことでもないだろ」
「じゃあ、ビバイルは?」
「なんで、そんなことを訊くんだ?」
訝しげに見つめられて、優輝は緊張気味に姿勢を正した。
「ただの好奇心じゃありません。友達も、遊貴も関わってるから、俺にはすごく大事なことなんです。教えてください」
「だから、アイツに訊けよ」
「でも……」
悔しげに優輝が沈黙すると、黒田は小さく嘆息した。
「ビバイルの親は、名の知れた広域指定暴力団だ。連中は、自分達で製造したメタンフェタミンを、パーティーでハイになりたい学生達に、ビバイルを使ってばら撒いてるんだよ」
「メタンフェタミン?」
「かつてのヘロインの代わりで、
「黒田組の縄張りで密売をしたから、黒田組は怒っているんですか?」
「それだけじゃねェんだけどよ……俺がムカついてるのは、もっと別のことだ」
「別のこと?」
「拝島工場団地は昔の
ようやく、昼休みに黒田がいいかけた話が、朧ながら見えてきた。
「遊貴が、拝島工場団地を解体しようとしているんですか?」
「……キャリアが浅いし、信用はいまいちだ。あの工場に、終わりは見えてた。けどよ、働いている奴等に行き場なんてねぇのに」
黒田は咥えていたアメリカン・スピリッツを地面に叩きつけると、足で踏み潰した。
「その工場が解体されたら、たぶん、関係者も捕まりますよね?」
「だろうな」
「俺の友達、ビバイルの売人なんです。大丈夫かな……」
視線を落とす優輝を、黒田はちらりと見た。
「パクられても、すぐ釈放されんだろ。まっとうな職に就く気があるなら、とっとと手を切れっていってやれ」
「はい……」
「なぁ、結局のところ、木下とはどういう関係なんだ?」
狼狽える優輝を見下ろして、黒田はすぐに言葉を継いだ。
「別に隠すこたねーよ。付き合ってるのか?」
「……俺にも、よく判りません」
「判んねーのかよ? 木下はなんていってるんだ?」
「遊貴は秘密が多過ぎるから。肝心なことは、何も教えてくれないんです」
「……アイツなりに、お前のことを考えてるんじゃねぇの」
「どうしてですか?」
「木下は、お前が考えているよりも危険な男だよ。俺と同じように、極道の掟を守って生きている。そこんところを判ってないなら、傍にいない方が身の為だと思うぜ」
「どういう――」
問いかけた言葉は、中途半端に途切れた。
工事中の旧校舎から、柄の悪い連中が集団で現れたのだ。それぞれ、手に物騒な獲物を持っている。
「よぉ、黒田。お礼参りにきてやったぜ! この間は、派手にやってくれたじゃねェか!」
先頭の男が吠えた。凄まじい声量に、空気がビリビリと震動する。優輝はびびりまくったが、黒田は少しも動じなかった。
「だ、誰ですか?」
「ビバイルの幹部で、工藤って奴だよ。この間、あいつらと抗争になって停学処分を食らったんだ。俺の客だ。お前はもういけ」
震える優輝の肩を、黒田は軽く突き放した。その様子を見て、工藤は眼を細めた。
「おいおい。この人数を、一人で相手する気かよ?」
「十分だろ?」
「かっこつけてんじゃねェよ。閃光の総代が生贄を買って出てもよ、お前を片付けたら、他の奴等も潰しにいくぜ?」
「あっそ。じゃぁ、俺とタイマン張ってくんねェ?」
黒田が泰然といい放つと、工藤は鼻で嗤った。
「馬鹿じゃねェの。喧嘩じゃなくて、報復にきたんだよ」
空気は極限まで張り詰めた。優輝が腕を伸ばした時には、黒田は弾丸のように駆け出していた。
熱狂する軍勢は、一方的なリンチを期待して黒田に襲いかかる。数の暴力だ。中には角材やバッドを持った奴もいる。
「先輩ッ」
優輝は叫んだ。どんな修羅と化すのかと怯えたが、信じられないことに、黒田は最初の衝突で倒れなかった。
加速した飛び蹴りから、流れるような回し蹴りが決まり、嘘みたいに四人の身体が宙に浮いた。眼を奪われるような、洗練された身のこなしだ。
武器を持った相手にも怯まず、懐に飛び込んで、突きだした腕を逆に掴んで捻る。苦痛の声を上げるのは、相手の方だった。
「すごい、黒田先輩」
勝ち目のない戦いと思ったが、もしかすると、もしかするのかもしれない。
LINEで遊貴に助けを求めた時、黒田の死角から、襲いかかる影が見えた。
黒田が危ない――それしか考えられなかった。
気付けば、優輝は駆け出していた。