COCA・GANG・STAR
1章:優輝と遊貴 - 6 -
GW明けの五月。
遊貴と出会い、一ヵ月が経った。初日の騒動が嘘のように、平穏な日々を送っている。
クラス仲も良く、遊貴ともよく喋る方だ。同じクラスなので、顔を合わせる機会が多いのも理由の一つだが、何より名前の読みが同じという偶然が、二人の距離を縮めた。
クラスで優輝はユッキーという仇名が定着し、遊貴は木下君、或いは遊貴君と呼ばれるようになった。
優輝の名前を見て、ゆうき、と勘違いする生徒は少なくなく、その度に優輝は訂正している。
「よく間違えられるよね」
何度目かのやりとりの後、様子を見ていたらしい遊貴に声をかけられた。彼の名前も漢字だけ見ると、“ゆうき”か“ゆき”か、判断に迷うところだ。
よく似た名前の偶然。二人だけの共感を得られることに、優輝は少しだけ優越感を抱いていた。
最近知ったのだが、遊貴は連絡先を優輝にしか教えていないらしい。声をかけられる頻度も、クラスでは優輝が一番だ。
もしかしたら、学校で彼と一番仲が良いのは、自分かもしれない。密かに自負する優輝だが、
「どうして、ビバイルを狩っているの?」
その質問に、遊貴はほほえむばかりで応えてくれなかった。鬱陶しく思われるのも嫌で、優輝もしつこくは訊いていない。
遊貴には、噂以上の秘密があるような気がする。
社交的だし、クラスに馴染んではいるが、遊貴の存在は異質だ。彼の持つ独特の空気は、他の生徒とは全然違う。
“ビバイルの幹部を再起不能にした”
“視聴覚室に連れ込んでは、女の子を食ってる”
遊貴の黒い噂は枚挙に
男も女も、彼の傍に近付きたくて、秋波を送っている。
特に女子は、遊貴の危うい魅力に夢中だ。校内に留まらず、校外にまでファンがいるらしい。
教室に遊貴がいると、時々収拾がつかないほど騒然となるが、居心地の良いクラスであることに変わりはない。
平穏な学校生活に、優輝は概ね満足していた。
目下の目標は、八年使っているPCの新調である。資金調達の為に、珈琲喫茶でアルバイトも始めた。
マスターこと、三枝高志は寡黙だが気のいい人で、優輝の伯父でもある。優輝が日本に残ることができたのも、この親切な伯父が、渋る両親を宥めてくれたおかげだ。
初めてのアルバイトは、刺激的だった。
お店の雰囲気もとても良い。ジャズの流れる落ち着いた空間で、訪れる客も洗練された大人が多い。
一つ年上の同僚は、悪名高い三商の生徒で、派手な外見をしているが、気さくで楽しい人だ。
彼の名前は、
癖のない髪を、赤……というより、ワインカラーに染めている。いつもお洒落な格好をしていて、見た目も性格も、なんとなく猫っぽい。
彼は、優輝の名前を聞くと、非常に驚いた顔をした。
「木下遊貴!?」
「違います。別人です」
名乗った後に誤解を解くところまで、もはやテンプレになりつつある。
「ユッキーに手ぇ出したら、木下優輝がキレたって、本当?」
「えっ?」
「ビバイルの人間が、木下遊貴に焼き入れられたって、三商でも噂になってるよ」
面白がるように眼を輝かせる楠を見て、優輝は眉を下げた。
「その件に関しては、遊貴は何も悪くないよ。俺が絡まれているところに偶然居合わせて、助けてくれたんだ」
「ふぅん。よほど腕に自信があるんだろうな。最近じゃ、ビバイルに歯向かう奴なんて、滅多にいないんだぜ」
楠は、渋谷界隈の情報通で、特に不良グループの勢力図には異様に詳しかった。
渋谷は戦争中だ。
最大派閥――構成人数三〇〇〇人を抱えるビバイルを筆頭に、不良同士の抗争が激化している。
第二勢力は、アオコーの三年生、黒田恭平の率いる“閃光”だ。構成人数は五〇余りと小規模だが、結束力が強く、個人の戦闘力の高さでも知られている。
総代である黒田恭平は、二ヵ月前にビバイルとの抗争で傷害事件を起こしており、現在は長期停学処分に服している。
他には、レギオンという不良グループが有名で、その下にも第四、第五と、犯罪予備軍が続いていく。
眠らない街。繁華街の無法地帯――群雄割拠の渋谷に、彗星のように現れたのが木下遊貴だった。
他のグループのように、組織を持たずに一人で行動しているが、背後には巨大資本企業、C9Hの存在がある。彼を本気で怒らせれば、五体満足は元より、社会的に抹殺されかねない。
遊貴は、数ヶ月前からビバイルの主要幹部を単独で潰している。中には、再起不能になった者もいるらしい。動機が不明な上、確実に仕留めるので、ビバイルは怒り心頭で厳戒態勢だ。
当然、遊貴もビバイルに狙われている。
仲間と群れない遊貴だが、防衛面は鉄壁らしい。聞いた話では、黒塗りの車に送迎されたり、傭兵にしか見えない黒服の護衛を従えていたりするらしい。
「……なぁ、木下遊貴ってどんな奴?」
頬杖をつきながら、楠は眼を輝かせて尋ねた。
「んー、毎日ちゃんと学校きてるし、普通に笑うし、いい奴だよ」
「へぇ! いい奴ってのは、初めて聞いたな」
感心する楠に、優輝は相槌を打った。
遊貴にまつわる黒い噂は山とあるが、本人を見ている限り、そう凶悪な男には見えないのだ。
「大のメディア嫌いで、写真は拒否るって聞いたけど」
「それは、そうかも……」
社交的な遊貴だが、写真に写ることを極端に嫌う。カメラを向けようものなら、今すぐ消して? と穏やかだが威圧的に命令するのだ。
実際、クラスの女子がいわれている光景を、目の当たりにしたことがある。こっそり撮った生徒が、後から黒服に襲われたという噂もあった。
「話はよく聞くけど、ちゃんと顔を見たことないんだよな」
「すごいイケメンだよ」
「らしいねー。俺、木下遊貴はビバイルの
「プッシャーって?」
「麻薬の売人のこと。ビバイルはエス、メス、スピードにエクスタシー、クリスタル、なんでも売ってるぜ。GGGって知ってる?」
「ううん」
「道玄坂の方にあるハコだよ。ビバイル主催で、会員制のでかいイベントもやってる。そういう時は、売人もやってくるんだ。木下遊貴は常連らしいぜ。といっても、あそこで会ったことねーけど」
「ふぅん……」
「木下遊貴って、ビバイル相手に喧嘩仕掛ける割に、組織を作るでもないし、一匹狼だし。何が狙いなんだろうな?」
「さぁ……」
それは、優輝も知りたい。遊貴に関する最大の謎だ。
首を傾げる優輝を見て、楠は真面目な顔をした。のほほんとした優輝を、案じるように見つめている。
「毎日登校してるってのは意外だけど、いい奴っていう認識はどうかと思うぜ。あんまり、油断しない方がいいんじゃねーの?」
彼なりに心配しているらしい。肯定も否定もできず、優輝は曖昧な笑みで応えた。