COCA・GANG・STAR
1章:優輝と遊貴 - 7 -
二十二時過ぎ。間もなく閉店時間を迎える珈琲喫茶。
急用の入った楠に代わり、優希は珍しく遅番のシフトで働いていた。
店終いの準備を始めていると、その日に限って柄の悪い連中がやってきた。機嫌の悪そうな強面で、カウンターに立つ優輝を見るなり、視線を尖らせる。
「お前が木下遊貴?」
通算、何度目の質問だろう? デジャブと呼ぶには馴染み過ぎて、優輝はうんざりした。
「違います」
「あ? 名前は?」
「木下優輝ですけど、有名な方とは別人で――」
「面貸せよ」
説明を終えないうちに、襟首を掴まれた。これは、有無をいわさず連行されるパターンだ。
「マスター!」
助けを求めると、厨房の奥からすぐに伯父の三枝が飛んできた。
「優輝君?」
“ユキ”と聞いて不良達の眼が据わり、優輝は青褪めた。完全に誤解されている。
「やっぱり、木下遊貴じゃねぇか」
「読みは同じでも、漢字は別で――」
「うるせぇ」
「ちょっと、君達! 乱暴はやめてくれ」
三枝が凄むと、不良達は不満そうな顔をしたものの、優希から手を離した。
「後でな」
後頭部を叩かれて、優輝はよろめいた。三枝はむっと彼等を睨んだが、不良達は謝りもせず、ふてぶてしい態度で店から出ていった。
「優輝君、大丈夫?」
「すみません、騒がしくて」
「平気だよ。お客さんはもういないし。それより、何もされなかった?」
「はい。マスターのおかげです」
心配そうにしている三枝を見上げて、優輝は安心させるようにほほえんだ。
思えば、遊貴と出会ってから、不良に絡まれることが増えた。平和な中学時代からは想像もつかないが、何事も免疫がつくものである。
「優希君」
仕事を終えて帰ろうとすると、三枝に呼び止められた。四角い紙を手渡され、中を見るなり優輝は顔を綻ばせた。
「ありがとうございますっ!!」
生まれて初めての、給与明細だ。
神様を仰ぐように、眼を輝かせる優輝を見て、三枝は面映ゆそうにほほえんだ。
「お疲れ様。よく頑張ってくれたね。今日に懲りず、これからも頑張ってくれると嬉しいな」
「はい!!」
優希は満面の笑みで頷いた。
初給料の喜びで、不良に絡まれた気鬱はどこかへ消し飛んだ。もともと楽観的な性格をしているので、不安や悩みは持続しない
帰りにコンビニへ寄って、三万円を引き出してから家路についた。明日の昼食は、少しだけ贅沢しても良いかもしれない。
鼻歌でも零れそうな気分だったが――
店に押しかけてきた顔ぶれが暗がりから現れ、優希は
「離せ!」
「うるせぇ。人の女に手ぇ出しやがって」
「誤解だ! 俺じゃないッ!」
遠慮のない、鋭い蹴りが飛んできた。防御する余裕もなく、優輝はしたたかに壁に身体を打ちつけた。
「……弱すぎじゃね?」
「やっぱ、冴えない方の木下優輝なんじゃねぇの?」
「どうだろ。本物が、こんな簡単にやられるわけねぇか?」
優輝は涙目になりながら、彼等を見上げた。
「だから、人違いだって、いってるのに……ッ」
「ホントかよ?」
「さぁー」
非情な彼等は、どうでも良さそうに首を振った。蹲る優輝を、容赦なく蹴り上げる。強烈な衝撃に、脳髄が揺さぶられた。
「人違いなら、無駄足もいいとこだぜ。ふざけやがって」
暴力は止まらなかった。
常識が通用しない。身を丸めて防御していたが、ようやく解放された時、優輝はボロボロになっていた。顔は無傷だが、服の内側は酷い痣になっているだろう。
「げほっ」
不良の一人が、苦悶する優希の髪を掴みあげ、携帯のカメラを向けた。
パシャッと機械音が鳴る。
写真を撮られた――
ショックのあまり呆然自失していると、不良達は転がっている優輝の鞄を漁り始めた。
「やめろ!」
身動きの取れない身体で喚くと、不良共は現金の入った財布を引っ張り出した。
「お、万札じゃん」
「おいっ!? 人の金だぞ!」
不良達はにやにやと、嫌な笑みを浮かべている。
「勉強料だよ。ビバイルを怒らせると、どうなるか判ったろ?」
「返せよッ」
「ここだけの話にしようぜ。誰かに話したら、写真をネットに晒すからな。判るだろ?」
ふざけるな――瞳に怒りを灯して、優輝は睨みつけた。不良達は鼻を鳴らすと、背を向けて、やる気のない足取りで角を曲がっていく。追い駆けようとしたら、身体中に激痛が走り、蹲る羽目になった。
(初めてもらった、お給料なのに!)
不良達は、優輝を殴って恐喝したことなんて、歯牙にもかけていないのだろう。あの足取りを見れば判る。
「ちきしょうッ」
怒りで眼が眩みそうだ。許せない。笑いながら人を殴って、金を取っていきやがった。