COCA・GANG・STAR
1章:優輝と遊貴 - 5 -
「優輝ちゃん、大丈夫?」
ちゃんづけされたことに少々驚いたが、優輝はすぐに頷いた。
「あの、ありがとう! 助かった」
「いえいえ。こっちこそ悪かったね。俺のせいで、とばっちりだったろ」
「や、その……知り合い?」
「さぁ? 見たことないな。向こうも、俺の顔は知らなかったみたいだね」
「確かに……なんで絡まれたんだろう」
いくら柄の悪い連中とはいえ、異様に殺気立っていた。躊躇いもなく刃物を向けたくらいだ。
思い出したら怖くなり、優輝は両腕を交差させて震えを抑えこんだ。
「俺はビバイルを狩っているから、名前だけは有名なんだ。最近は、向こうもかなり警戒しているよ」
そういえば、今朝、小宮がそんなことを話していた。
「あの噂、本当だったの!?」
眼を丸くする優輝を見て、遊貴は万人を魅了するであろう笑みを浮かべた。
「本当だよ。俺はビバイルを壊滅させる為に、地球の裏側から、はるばる日本までやってきたんだ」
「へ?」
顔中に疑問符を浮かべる優輝を見て、遊貴は小さく笑った。
「すごい偶然だね。一緒に桜を眺めた相手と、同い年で、同じクラスで、名前までそっくりだなんて。階段で一服してたら、真下で絡まれているし……もう、どこで出会っても驚かないよ」
彼は、さらりと喫煙を仄めかした。まぁ、細かいことは置いておいて……優輝も今朝からの偶然に思いを馳せた。
「本当だね。俺はとんでもない有名人と、同じ名前なのか……」
呟きには、多少の戸惑いが滲んだ。すると、遊貴は気遣うような微苦笑を浮かべた。
「困ったことがあれば、力になるよ」
「喧嘩、強いんだね。喧嘩っていうかなんか、格闘を見ているみたいだったよ。凄かった」
探るように仰ぐ優輝を見下ろして、遊貴は意味深な笑みを浮かべた。
「慣れているからね」
「ふぅん……? なぁ、ビバイルに三島っている?」
「三島?」
「さっきの奴等、恨んでるみたいだったけど」
「あぁ……そういえば、そんな奴を狩ったな。ちゃんと手加減したし、生きているよ」
生きていなかったら大変だろう。押し黙る優輝に気付かず、遊貴は機嫌良さそうに携帯を取り出した。
「ね、アドレスを教えて」
「え?」
「今度、遊ぼうよ」
携帯を操作する遊貴につられて、優輝もポケットから携帯を取り出した。
「連絡するね」
連絡先を交換すると、遊貴は嬉しそうにほほえんだ。
誰もが知っている有名人が、優輝に対して好意的な笑みを向けてくれる。端末に登録された遊貴の名前を見て、優輝も思わず笑顔になった。
その日の夜。
点けっぱなしのテレビからは、今日も麻薬のニュースが悪し様に流れている。
ニュースキャスターの淡々とした声をBGMに、優輝はスカイプで友哉と雑談していた。
『心配だよ。やっぱり、今からでもアメリカにおいでよ』
「いや、そうもいかねぇよ……」
もう何度か繰り返しているやりとりだ。
今日の出来事を洗いざらい喋ってしまったことを、優輝は後悔していた。アメリカにいってからというもの、友哉は心配性になったように思う。
『そいつ、普通じゃないよ。もう一時間漁ってるのに、有益な情報が全然見つからないなんて』
ディスプレイの向こうで、友哉は悔しげに唸った。
「金持ちみたいだし、露出に気を使ってるんじゃないの?」
『情報規制されているとしか思えない……くっそー』
「落ち着けよ」
『いや、意図的に伏せてるんだと思う。相当頭のいい奴だと思うよ。裏でどんな悪いことしているやら……近付かない方がいいって!』
「友哉、咳が出るから――」
気管支の弱い友哉は、過度な運動はもちろん、少しの興奮で喉を傷めることがある。
『俺より、自分の心配をしなよ!』
「カツアゲは未遂だったし、心配すんなって……なぁ、母さんにはいわないで。心配するだろうから」
友哉は歯痒げな表情で沈黙した。ふて腐れ気味に視線を逸らす友哉を見て、優輝は複雑な気持ちを味わった。
優輝が日本に残ることに、最後まで反対していたのは友哉だ。
今まで、なんでも相談してきた相手だが、これからは控えた方がいいのかもしれない。
心配してくれる気持ちは嬉しいが、その度に“アメリカへこい”といわれるのも嫌だった。