COCA・GANG・STAR
1章:優輝と遊貴 - 4 -
入学式は午前中で終わった。
生徒の何人かとLINEを交換してから、優輝は教室を後にした。時間はたっぷりあるし、渋谷の繁華街に寄り道をしてから帰るつもりだ。
昇降口を出た後、ふと思い立って、正門とは逆方向に足を向けた。せっかくだから、旧校舎の桜を眺めてから帰ろう。
鼻歌交じりに歩いていると、路の途中で複数の生徒に進路を阻まれた。
「一年七組の“きのしたゆき”だな?」
「えっ」
硬直する優輝を、いかにも柄の悪そうな不良達が見下ろしている。肩や頭を乱暴に叩かれ、優輝は怯みまくった。
「すげぇフツーじゃん。お前、本当に“きのしたゆき”なの?」
震える優輝を見て、不良の一人が顔に
「あ、あの……」
「どーなんだよ、あ?」
低めた声でメンチを切られ、優輝は震え上がった。上級生、それも不良に絡まれたことなんて、これまでの人生で一度もない。
心の底から返事したくなかったが、足を蹴られ、優輝は泣きそうな顔で頷いた。
「あ、あの、俺に、何の用ですか?」
心臓がドキドキする。入学早々、不良に絡まれてしまった。
いつ眼をつけられた? 気に触るような恰好をしていた? 髪の色が明る過ぎた? ピアスがいけなかった?
「ビビってねぇ? こいつ」
おどおど仰ぐ優輝を見下ろして、不良達は冷たく嗤った。
「本当に“きのしたゆき”かよ?」
名前の響きに、はっとなる。七組に“きのしたゆき”は二人いる。
もしかしたら、人違いをしているのかもしれない。生徒手帳を見せようとする優輝の手を、不良達は乱暴に掴んだ。
「逃げてるし……こんな奴に、三島さん、やられたの?」
「ありえねぇんだけど」
三島? 誰のことだ? 訳が判らず、優輝は彼等の顔を交互に見比べた。
「てめぇ、どうやったんだ? 三島さんの肋骨折るとか、どんなミラクルだよ」
「あ、あの、三島って……?」
「しらばっくれんな。弱ぇくせに、ビバイルに歯向かうから、泣きをみるんだぜ?」
肩を小突かれながら、優輝は目まぐるしく考えた。彼等は、ビバイルのメンバーなのか?
「くっだらねー。すっげぇ拍子抜けした……お前さぁ、慰謝料払えよ」
「えっ」
理解が及ばず、視線を彷徨わせる優輝の頭を、金髪の生徒は片手で掴んだ。
「痛ッ」
「お前にいってんだよ」
心臓が煩いほど鳴っている。日本語のはずなのに、意味を理解できない。
「明日の放課後までに、三万、用意しておけよ」
上から
(悔しいッ!)
文句をいってやろうと顔を上げると、相手は拳を振り上げた。咄嗟に両腕で頭を庇う――
「ぐぁッ」
打撃音。誰かの、呻き声。
「えッ?」
慌てて眼を開けると、遊貴の背に庇われていた。
拳を振り上げた金髪の生徒は、地面に転がり、鼻を両手で抑えている。手の隙間から、鮮血を溢れさせて――
ぞっとしたのは優輝だけではない。酷薄な笑みを浮かべていた不良達も、一瞬で蒼白になった。
「誰だ、てめぇ」
「木下遊貴だけど? ねぇ、何をしているの?」
世間話をするように、遊貴は穏やかな声音で答えた。腕をつと伸ばし、不良の一人の襟首を掴んだ。片手なのに、爪先が浮くくらい、そいつの身体は持ち上がった。
「て、てめぇが木下遊貴か!」
不良達は、そろって眼を釣り上げた。腰を落として、臨戦態勢を取る。
「確証もないのに、一般人を殴るなよ。俺に用なら、いつでもどうぞ。ビバイルなら、喜んで相手になるよ」
見惚れるほど恰好いい、不敵な笑みを浮かべると、遊貴は不良を突き飛ばした。
「ぶっ殺してやるッ」
頭に血の上った男は、ポケットからナイフを取り出した。パチンと音が鳴り、刃渡り二〇センチはある
鋸刃のついた凶悪なナイフだ。鈍色の刀身は、陽光を反射して不気味に煌めいている。
恐怖のあまり優輝は蒼白になったが、遊貴は躊躇なく相手の懐に飛び込んだ。
「危ないッ!」
優輝が叫ぶと同時に、武器を手にした男は腕を振り下ろした。
刀風は高く、大振りに軌道をなぞる。
遊貴は、難なくナイフを躱すと、突き出した腕を掴み取り、見事な背負い投げをきめた。
「ぅぎゃッ」
宙を舞った男は、後頭部を地面に打ち付け失神した。死角を狙った別の男には、間髪入れず拳をお見舞いする。顔面を強打された男は、鼻血を吹き出して
最後の一人は、完全に戦意を失くし、遊貴を怯えた眼差しで仰いでいる。
「いきなよ」
冷たく遊貴がいい捨てると、不良達は恐れ半分、悔しげに呻いた。敵わないと知って、悪態をつきながら去っていく。