COCA・GANG・STAR

1章:優輝と遊貴 - 11 -


 二人の距離がゼロになる前に、優輝は腕を突き出して逃げようとした。そうはさせまいと、強い力で手首を掴まれる。

「お、おい……」

 端正な顔が降りてきて、耐え切れずに瞳を瞑ると、耳にフッと息を吹きかけられた。

「ッ!?」

「あはは」

 耳を押えて狼狽える優輝を見て、悪戯が成功したような顔で遊貴は笑っている。

「くっそー!!」

「ごめん、ごめん、これをあげるから許して」

 飲み物を差し出されて、優輝はふて腐れた顔で受け取った。

「フンッ、誤魔化されねーぞ……あ、美味しい。酒? アンバサみたい」

「アルコール3%なんて、ジュースも同然だよ」

「いいなぁ、遊貴は……背ぇ高いし、イケメンだし。何もしなくても、女の子が寄ってくるんだから」

 缶に口をつけながら悪態をつくと、遊貴は肩をすくめてみせた。

「優輝ちゃんは、どんな子が好みなの?」

「LEONのナタリー・ポートマン」

「よく知ってるね。古い映画じゃない」

「俺の家、有料の映画チャンネル見れるから、よく見るんだ。遊貴は? どんな子がタイプなの?」

「セックス上手でエロい子」

 上品な笑みを浮かべたまま、遊貴はさらりとゲスい台詞を口にした。とても同じ高校一年とは思えない。

「……なんか、遊貴のイメージがどんどん壊れていくわ」

「え、そう?」

 胡乱げに呟くと、遊貴は困ったように笑った。

「小宮先輩は、遊貴がこんな軽い奴だって知ってるのかな……」

「あの人、清楚に見せかけているけど、相当したたかな性格してるよ」

 それは、そうかもしれない。遊貴とキスしているところを見られても、動じることなく、ウィンクするくらいだ。

「でも、憧れるよ。あれだけ美人なんだもん」

「美女は概ね下等で、閨房けいぼうに於いても取柄はすくないっていうけどね」

 小賢しいことをいわれて、優輝は鼻白んだ。

「遊貴は、彼女欲しいって思わないの?」

「特定の恋人はいらない。恋愛なんて、LSDの幻覚より虚しいと思わない?」

「どんな例えだよ。思わねぇよ……俺は彼女欲しいけどな。好きな子と両想いになれたら、どんな感じかな?」

 古来から喩えられるように、世界が薔薇色に見えたりするのだろうか。

「ふぅん。でも彼女作って、要はセックスしたいんでしょ?」

「身も蓋もないな。そういうの、ゆっくりでいいじゃん。手ぇ繋いで、デートしてさ」

「同じでしょ。手繋いで、デートして、キスして、最終的にセックスしたいんだよね?」

「否定はできないけど……恋愛って、その過程も楽しいんじゃないの? 俺もよく判んないけど……」

「ロマンティックだね、優輝ちゃん」

「くっそ、ムカツク!!」

 不満げに喚く優輝を見て、遊貴は楽しそうに笑った。

「馬鹿にしたわけじゃないよ。いいんじゃない? 過程を楽しめば」

「なんで上からなんだよ。どうせ俺は、キスもしたことないよ」

 じと眼で睨む優輝を、遊貴は澄ました顔で眺めている。この文句なしに美しい男は、視聴覚室で我等がアオコーのマドンナ、小宮玲奈とキスしていたのだ。羨ましいったらない。

「すぐできるよ、キスの一つや二つ」

「だから、なんで上からなんだよ! イヤミか!?」

 イラッときて優輝が噛みつくと、遊貴は綺麗な顔を寄せた。優輝の右目の下、泣き黒子を指でなぞる。

「優輝ちゃんのこと、初めて見た時から、チャーミングだなって思ってた」

 目を瞠る優輝を見つめたまま、遊貴は甘くほほえむ。
 どくん、と心臓が音を立てた。
 顔に吐息が触れたと思ったら、唇が重なっていた。仄かなウッドグラスの香り……柔らかな感触と熱を唇に残して、遊貴は顔を離した。

「目がまん丸だよ、優輝ちゃん」

 悪戯めいた光を瞳に灯して、遊貴は笑みを深めた。

「お、お、おま……っ!?」

 どくどくどく、身体中の血が駆け巡っている。
 胸のシャツをぎゅっと掴む優輝を抱き寄せ、遊貴は再び顔を寄せた。逃げようとする優輝の顔を両手で挟んで、唇を重ねる。触れるだけの、優しいキス。

「優輝ちゃん……」

 少しだけ顔を離して、遊貴は吐息のようにささやいた。唇の表面がかすかに触れあい、優輝はぎゅっと目を瞑る。

「んぅ」

 もう一度、唇が重なる。戦慄わななく優輝の唇を宥めるように、柔らかく上唇を食まれた。優輝が身体を強張らせた直後に、遊貴はそっと顔を引いた。

「あ……」

 見つめあう、紫の瞳に熱が灯っている。微動だにせず硬直する優輝の頬を、遊貴は手の甲で優しく撫でた。