BLIS - Battle Line In Stars -
episode.4:BLIS JL - 2 -
十四時四十五分。
第一部を終えて、間もなく第二部が始まろうとしている。
ステージに上がり、スタンバイを始めた昴は蒼白な顔でいた。よりによって、昴のPCでBLISクライアントの不具合が起きたのだ。
十五時。
運営スタッフが懸命に復旧作業をしているが、復帰の目途は立っていない。試合開始時間はどんどん押していく。
原因は昴の所為ではないのだが、嫌な焦燥感に襲われてしまう。チームメイトと対戦相手、そして会場にきている全ての観客を待たせているのだ。
「しょうがないよ。こういうこともある」
隣に座っているルカが、慰めるようにいった。
「……うん」
「声が昏いよ~、昴」
アレックスにからかうようにいわれて、昴はかろうじて笑みらしきものを浮かべた。
ふと、ディスプレイ越しに対戦相手のACEと眼が合った。
相手はリーグのベテランで、状況判断にも優れた選手だ。視線を逸らせない。静かな眼差しに闘志を感じて、思わず生唾を呑み込んだ。
まだ何も始まっていないのに、昴は試合開始前から大きな差をつけられた気がした。
「昴」
連の声に、昴は弾かれたように振り向いた。
「ヘッドセットをつけて」
「おう……」
いわれた通りにヘッドセットを装着すると、ホワイトノイズ音が会場の雑音を溶かした。チームメンバーの声だけが聞こえてくる。
「周囲は気にしないでいいからね」
和也の声に、昴はディスプレイを見つめたまま頷いた。
時間は無為に過ぎていく――十五時三十五分。
予定より三十五分遅れて、ゲームはスタートした。
ヘッドセットで雑音は消えるが、顔を上げれば対戦相手が視界に映る。視線を逸らしても、
アマチュア大会の試合経験はあるが、公式リーグはまるで違う。
「ほら、落ち着いて。そんなんじゃ、試合開始十分で負けるよ」
ルカの呆れた口調に、昴はほっと肩から力を抜いた。昔は彼の不機嫌にいちいち怯えていたが、今では心が安らぐのだから不思議なものだ。
ディオスの選択――BAN&PICKが始まった。
BANは、相手チームと交互に選択し、全部で三ディオスをBANすることができる。
勝負はここから始まっている。
敵の得意とするディオスをBANするのか、現パッチで強力なバフのついているディオスをBANするのか、それとも、自分達が不得手とするディオスをBANするのか。
BANを選択し終えたら、それぞれ自分の使うディオスを選択していく。百以上もあるディオスの中から、相手の構成、BANを見ながら、最適な構成をつくらねばならない。
重要な心理戦であり、大抵のプロチームは、BAN&PCIK専門のアナリストを抱えている。
緊張のさなか、ルカがおふざけで適当なディオスをPICKすると、ワッと会場が湧いた。
いわゆる見せPICKだ。俺はコレを使うんだぜ! とアピールして、相手チームを翻弄するのだ。そして観客を喜ばせる。(最終的にはメタなディオスをPICKする)
尚、この過程は全て、会場の巨大ディスプレイに映し出され、リアルテイムでネットに配信されている。ルカのお茶目さに、皆盛り上がっていることだろう。
「ふふっ」
ルカは楽しそうに笑った。
氷のような暴言で相手の心を折ることもあるが、春の日溜まりのような笑顔で心を明るくもしてくれる。ルカは愛すべきお天気屋だ。
五分が経過し、互いのディオスが決定した。
結果として、BAN&PICKは想像通りだった。
こちらも敵の得意ディオスはBANしているし、向こうも連とルカの得意ディオスをBANしてきた。
最も情報の少ない昴に対しては、BANの脅威は特になかった。
試合が始まった。
ゲーム開始時刻は三十五分も押したが、チームメンバーも、敵チームも集中力は完璧だった。
昴だけが、相当ぎこちなかった。
互いに一ゲームずつ取り、勝敗を決する三ゲーム目で、昴の集中力は完全にきれていた。
そして、負けた。
チームの控室に戻ると、昴はすぐにリプレイを回した。後頭部をルカに叩かれて、あたっ、と声を上げる。
「昴ッ! もっと体力つけてよ、ヘバるのが早すぎる!」
「うぅッ、すいません……」
e-Sportsは一見激しい運動と無縁に見えるが、オフラインでBO3(先制二点制)ともなれば、想像を絶する気力と体力勝負になる。実際に経験してみて、これは想像以上にキツイと身を以て知った。
決勝戦ともなればBO5(先制三点制)、それこそ五時間以上会場に拘束されることになる。
メンタル、気力、体力を消耗する、頭脳スポーツだ。
序盤は戦局有利に運んでいても、集中力が切れて失速することはままる。今日の昴はその典型だった。
「序盤! CC(足止め)かかってる敵に、スキルショット連続で外すってどういうこと。Gは倍近く差が出るし」
課題は明らかだ。肩を縮める昴の背中から、アレックスがのしかかってきた。
「まぁまぁ。初戦にしてはよく頑張ったよ」
「甘いよ」
ルカは容赦しない。
「うわ。めっちゃ、叩かれてるんだけど……」
昴は、恐る恐るSNSを開くと、プレイに対する批評を見て青褪めた。死にそうな顔をしている昴を見て、ルカは鼻で笑った。
「気にするだけ損だよ。どんな試合でも、叩く奴は叩いてくるから」
「うぅ……覚悟はしていたけど、メンタルが逝く」
「なら、見なければいいのに」
「運営もチームも悪くないのに……俺のせいで、Hell Fireが煽られているのが辛い……」
「いいたい奴には、いわせておけばいいよ」
ルカは飄々としているが、昴は重たく沈黙した。
チラッと眼に入ったコメントの中には、G-menは空気、という書き込みもあった。
グサッと心に刺さる。
だが、その通りだ。昴は二ゲーム共、得意ディオスを使うことを許された。ありがたいが、いいかえれば、敵にとって昴は脅威でなかったということだ。
実際、試合に殆ど絡めなかった。ACEなのに火力を出し切れていない……これでは空気と評されても仕方がない。
酷いザマだ。
机に突っ伏す昴の頭を、ルカとアレックスは代わる代わる撫でると、頭のてっぺんにキスを落とした。
突っ伏したまま適当に手で振り払うと、もう一度頭を撫でられた。
「しょうがない、初戦は誰でも緊張するよ。中盤はなかなか良かったんじゃない。シーソーゲームできたね」
和也がいうと、そうだね、とアレックスも相槌を打った。
「オフラインの試合は回数をこなすしかない。後手に回った点は反省箇所だけど、最後の集団戦は最後まで生き残って、ちゃんと火力を出せていたと思うよ」
和也の前向きなコメントに、ルカは肩をすくめてみせた。
「僕だって、最初から完璧なプレイを求めているわけじゃないよ。でも、今日の反省は絶対に次に活かすよ」
ルカにしては、優しいコメントだ。
「ルカも怒ってないってよ。元気出しな」
そういって、アレックスは昴の髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。されるがままの昴を見て、ルカも昴の頭に再び手を伸ばしてくる。
バタンッと扉が閉まる音で顔を上げると、冷ややかな眼差しの連と眼が合った。
「……」
無言の圧に昴がたじろぐと、和也がとりなすように席を立ち、ルカとアレックスを昴から引き離した。
「ほらほら、二人とも離れて。連、ルカもアレックスも昴君を励ましてただけだからね」
和也のフォローに、連は不服そうにしながらも、判っている、と頷いた。
「初戦お疲れさま」
肩を叩かれて、昴はほっと肩から力を抜いた。
「……うん。次は勝つよ」
正直、昴の力量差で試合を落としたようなものだが、チームは誰も責めなかった。その優しさが嬉しくもあり、胃を重たくもした。