BLIS - Battle Line In Stars -

episode.3:TEAM - 5 -


 トライアウトに合格してから一週間。
 土曜日、所用で昼過ぎにゲーミングハウスへいくと、ちょうど昼食タイムだった。ルカとアレックスはテレビを見ていて、和也は新聞を広げている。

「あれ、連は?」

 昴が訊ねると、和也は顔を上げた。

「コーチとGGGに出掛けたよ。もうすぐ戻ってくると思う」

「そっか」

 それまで一人でRanked SoloQueueでもしていようと思い、プレイルームに入ってBLISのクライアントを立ち上げると、ルカとアレックスもやってきた。

「僕もやる。Normalノーマルいこう」

「俺も」

 二人に声をかけられて、昴は快諾した。
 Normalとは、ランク得点に響かない対人戦モードのことである。殺伐としたSoloQueueやチーム練習を続けていると、たまにNormal戦で俺TUEEEを味わいたくなるのだ。
 ゲーム招待ダイアログがポップアップされて、承諾アクセプトを押した。ディオスのPick画面に遷移する。さて、何を使おう?

「アテネ使ってもいい? 今練習中なんだ」

 昴が訊ねると、どうぞー、と二人は軽く応じた。彼等も、競技シーンを意識したメタPICKではなく、各々趣味に走っている。
 結果、やたらアグレッシブなチーム編成を見て、昴は笑った。

「誰もタンクやる気ねーのな。どんだけKILL特化してるんだよ!」

 ほぼ全員がKILLを狙えるディオスを選択している。真面目にアサシンやサポートをやる気はないらしい。殺しにいく気満々だ。

「僕、殴りたいの」

 ルカがふざけていうと、アレックスも声に出して笑った。

「息抜きだよ。楽しもう」

「オーケィ」

 異論はない。昴も笑った。
 趣味に走ったPICKは、バランスの良い敵チームを相手に、序盤は劣勢に追い込まれたが、アイテムが揃い始めてからは、徐々に押し始めた。
 アサシンはともかく、サポートポジションまで、殺す気満々のビルド(装備アイテム)だ。
 序盤でBOTゾーンのACE対決は、五十以上のGゴールド差。敵も、昴に張り合うように撃破数クリープスコアを伸ばし始めたが、差は開く一方だ。

「先生、おかしいところで育成ファームしてるディオスがいます!」

 隠れるように狩っている敵を見つけて、昴がpingを鳴らすと、ルカとアレックスも笑った。
 そこからは、お互いにグループアップも固定砲台も無視して、ただ殺し合いを始めた。

「Oh my God. Look Kill Score. なんだこの試合、オブジェクト・アプローチ無視し過ぎだろう!」

 KILL数は四十八対六十六を見て、愉快そうにアレックスは笑った。つられて昴もルカも笑う。
 真面目にプレイをしていれば、こんな数字にはならない。少なくともリーグでは絶対にありえないことだ。

「そろそろ終わるか。ウロボロス狩ろう」

 ルカの言葉に、全員がMIDゾーンに集まりグループアップを開始した。
 敵も集団戦に乗じてきたが、実力差は段違いだ。
 ルカが得意のHookで敵を引っ張ると、昴は柔らかい敵から攻撃した。

「Yes!」

 敵の火力を落とした。

「一方的すぎる殺戮だなァ」

 アレックスが失笑している。敵二人KILLして、残った三人もロー・ライフだ。フロントラインが懸命にダメージを引き受けているが、こちらが溶かす方が早い。BOTゾーンに流れながら、五対三で敵を容赦なく蹂躙していく。
 拠点に帰ろうとする敵を、ルカは容赦なくフックで引っかけた。

『IMPACT』

 五人全員DETHを告げるアナウンスが流れた。
 勢いに乗った昴達は、がら空きの敵陣にお邪魔して、一気にゲート を砕いた。

「GG!」

 逆転勝利を決めた瞬間、昴は気持ち良く叫んだ。
 高揚感に浸りながら、ヘッドセットを外す。BLISは負けるとストレスが溜まるが、勝つと実に気分爽快になれるゲームだ。
 席を立って肩を解していると、傍へやってきたアレックスに、頭を撫でられた。

「ナイスACE。上達したねー、昴」

 昴はにっこりした。くすぐったい心地で端正な顔を仰いでいると、いつの間にやってきたのか、連がその手を弾いた。
 不思議そうに首を傾げたアレックスは、連の顔を見てにやっと笑った。見せつけるように、昴の首に腕を絡める。

「おい」

 昴が振り解くよりも早く、連はアレックスの肩をいささか乱暴に突き放した。

「連でもそんな顔をするんだ」

 アレックスは面白がる風に、口角を上げた。
 確かに、何事も無機質な連が、こんな風に感情を露わにするのは珍しい。ここ最近、表情が豊かになったように思う。
 何かいおうと昴が口を開く前に、ルカは飄々とした態度で、アレックスと連の間に割って入った。

「ちょっと、喧嘩しないでよ。昴が怖がるでしょ」

 そういって、犬を撫でるように昴の頭をわしゃわしゃと撫でる。アレックスは吹き出した。

「ルカどうした? いじめっ子とは思えない台詞だけど」

「誰がいじめっ子だって?」

「いつもACEいびりしているじゃない」

 わざとらしくアレックスが首を傾げると、ルカは真面目な顔で腕を組んだ。

「鞭ばっかりじゃダメだって、悟ったの。発想の転換だよ。これからは甘やかす」

「へえぇ?」

 面白がるアレックスと違って、連はしかめ面だ。昴としては、ルカの態度の軟化はありがたかった。褒められて伸びるタイプなのだ。

「これでも、Blakerのことは反省しているんだ。僕だって成長するんだからね」

 困り顔が普段よりも幼く見えて、昴はほほえんだ。

「それだけBLISに真剣だってことだよ。ルカとプレイして、自分でも上達したと思う。感謝しているよ」

「でしょ?」

 ルカはにやっと笑うと、顎を反らした。謙虚に見えたのは、目の錯覚だったらしい。

「チーム練習始めよう」

 部屋に和也と桐生が入ってきたのを合図に、全員が席についた。
 今夜の対戦相手は、韓国リーグの二軍チームだ。元々一軍にいたのだが、有名選手が立て続けに兵役で軍隊に入り、夏の入れ替え戦で二軍に降格した経緯いきさつがある。
 それでも実力はかなり高い。元々、リーグのレベルは韓国の方が高いのだ。
 一試合目。
 両チーム共に、流行りのメタディオスで固めて、昴も得意とするACEディオスをPCIKした。
 結果、二十分試合でボロ負けした。
 今回、敵チームの予習を殆どしておらず、中盤以降は、完全に彼等のペースでもっていかれた。ACE対決は、向こうの方が実力が上だった。
 二試合目は裏を掻く作戦で臨んだが、BAN&PICKからしてボロボロ、全ゾーンで敗北して、簡単にゲートを壊された。
 三試合目はかなり消極的なプレイになってしまった。昴は肝心のチームファイトでダメージを全く出せず、戦犯になる始末。チキンになりすぎて、しょっぱい負けを喫した。

「**** off! 昴、ふざけてるの? ちゃんとフォーカス合わせてよ。集団戦でダメージ出すのが仕事だよ!」

 ルカの叱責も無理はない。自分が最悪のヘボプレイヤーになったような気分だ。

「……うまくいかないな。さっきから、Hookからの集団戦で失敗してる」

 連がいうと、和也も頷いた。

「次は少数戦で勝てる構成にしよう。俺はスプリットプッシュ(単独でゾーンを押す)できるディオスをPICKする。で、序盤で決着をつけよう。チームファイトとレイトゲームは向こうの方がうまい」

 それは、足を引っ張っている昴をカバーする戦略だ。肩を落とす昴を見て、連はくしゃっと頭を撫でた。

「次は勝とう。落ち着いて前に出ればいいよ、無理にトレードしようとか考えなくていいから」

「……悪い。向こうのACEの方が、俺よりうまいわ」

 頭をガシガシと掻く昴に、ルカはぱっと抱き着いた。

「怒鳴ってゴメン。でもね、チームファイトから逃げないで。ちょっとくらい失敗したって、フォローしてみせる。チームが勝てばこのゲームは勝てるんだから!」

「了解」

 昴はルカの背中を叩きながら、返事をした。
 気持ちを切り替えて、四戦目。
 BAN&PICK戦略は、さっき和也がいった通りだ。昴は素直に得意ディオスをPICKした。
 アグレッシブな和也のプレイは非常にうまくいった。ワープをBOTゾーンのカバーに使うのではなく、オブジェクトを取る為に使った。
 三連敗が嘘のように、シンプルにゾーンで有利を取り、そのまま勝ち切った。
 完全にチームの力だ。殆ど仕事のできていない昴は、不完全燃焼だったが、沈んだ気持ちは幾らか楽になった。

「……和さんは、すごいなぁ」

 ぽつりと呟く昴の気持ちを察して、和也はほほえんだ。

「ゾーンを維持していたから勝てたんだよ。BOTをキープしてくれた昴君のおかげだ」

「いやぁ~……俺は仕事できてなかった」

「そんなことないよ。BLISはチームゲームなんだ。どこかのゾーンを完全に見限って、勝利を祈るゲームじゃないよ」

 和也の言葉に、他の三人も頷いた。励まそうとする彼等の気持ちが、昴は嬉しかった。

「あざッス」

 はにかむ昴を見て、連は優しくほほえんだ。
 少し甘い視線から眼をそらし、昴は深呼吸して気持ちを引き締めた。あと一戦残っている。