BLIS - Battle Line In Stars -

episode.3:TEAM - 1 -


 採用試験トライアウトに合格し、昴は正式にHell Fireのメンバーになった。
 チームに入って最も衝撃を受けたのは、宣伝用の写真を撮る為に、生まれて初めて化粧をしたことだ。
 憧れのユニフォームに袖を通し、チーム全員の写真、選手ごとのプロフィール写真をプロのカメラマンに撮ってもらった。
 ちなみに、正式にHell Fireの一員になったわけだが、昴も連もゲーミングハウスには移らなかった。
 そのあたりの規則にHell Fireは比較的柔軟で、シェアハウス生活は強制ではなく、規定の回線速度を出せて、マイクチャットができれば、選手がどこにいようと構わないようだ。

 リーグまであと三週間。

 チーム練習はいよいよ追い込みだ。
 週末はメンバーと十時間の練習、平日も夕方六時から三時間の練習があり、二日に一度のペースで、桐生の用意した対戦チームと練習試合を行う。
 練習時間外でも、一日Ranked SoloQueを十回はしろといわれているが、正直かなりキツい。
 だが、新参者の昴は、チームの役に立ちたい一心で、とにかく練習に励んだ。
 他のメンバーより実力が劣っているのに、学校に通っているせいで、思うように練習時間が取れないことに焦っていた。連には隠しているが、この一週間ほど、あまり学校にいっていない。
 ゲーミングハウスで練習していない時は、e-Sports GGGに通い、一人で練習していた。
 いっそ学校も辞めてしまいたいが、高いお金を出して専門学校にいかせてくれた両親を思うと、BLISをしたいから辞めさせてくれ、なんていえない。ただでさえ、昴のBLISの傾倒ぶりに、両親はウンザリしているのだ。
 今日も午前中は学校へいったが、午後からe-Sports GGGでBLISをしている。
 二時間ほど没頭し、そろそろ休憩しようと席を立ったところで、肩を叩かれた。
 ぎょっとして振り向くと、予想外の男がいた。吉田博――Hell Fireを抜けた元ACEのLeeだ。

「こんにちわ」

 笑みかけられ、昴は慌てて頭を下げた。

「こんにちは!」

「俺のこと知ってる?」

「はい、もちろん! Leeさんの配信観たことあります。あ、俺は石田昴です」

 吉田は、少し笑った。

「知ってるよ。Hell Firerのトライアウト受かったんだって?」

「あ、はい」

「おめでとう。調子はどう?」

「ありがとうございます。いやー、難しいです。俺が一番経験浅いし……とにかく、練習してます」

「ルカの洗礼は受けた?」

「ハイ。ビシバシしごかれてます」

 最近はルカの態度も軟化して、いうほどキツくないのだが、吉田の心情を察してその通りには答えなかった。

「アイツ、かわいい顔しているけど、中身は悪魔だよな」

「はは……」

 愛想笑いを浮かべる昴を、吉田は同情するような眼差しで見た。
 ルカとの関係はかなり改善されたが、最近は、別の問題で困っている。変にちょっかいを出されるのだ。歩み寄ってくれるのは嬉しいが、少々スキンシップ過多のように思う。例えば、意味もなく髪に触れたり、抱きつかれたり……
 だが、そんな悩みは、ルカにちょっかいを出していたという吉田からしてみれば、悩みにすらならないかもしれない。
 微妙な気持ちで押し黙る昴を見て、よし、と空気を変えるように吉田はいった。

「一緒にDuoQueueしない?」

「はい」

 少し躊躇ったが、昴は顔に出さずに頷いた。先輩の誘いを断るものではない。
 ポジションは、昴がサポートで、LeeはACEをやることになった。
 久々のACE以外のポジション、それもLeeと組むことに最初は緊張していたが、流石にリーグ経験者なだけあって、Leeは上手かった。
 ゲームを終えて、彼に対する見方は百八十度変わった。
 純粋に、いいACEだと思う。
 いろいろと噂はあるが、実際に話をしてみると、ごく普通の気のいい青年だ。何も問題なんて、ないように思えてくる。
 ルカに対するセクハラ行為が本当だとしたら、その点において擁護ようごの余地はないが、彼が心を入れ替えて、真面目にHell Fireでプレイしていたらどうなっていただろう?

「――最近、配信が楽しいんだ」

 Leeの言葉に、昴は我に返った。

「判ります。見ていて伝わってきますよ」

「ありがとう」

「楽しそうにプレイしているから、見ていて楽しいです」

 おもねるでもなく、昴は素直に笑った。すると吉田も肩から力を抜いた。

「正直、リーグを降りて最悪な気分だったんだけど、気晴らしにBLISの配信をしたら、なんかすごく楽しくてさ」

 確かに、吉田はリラックスしているように見える。リーグを振り返って、どうでしたか? 漠然と訊ねると、吉田は試合を思い出すような眼差しになり、こう続けた。

 動画を配信して小遣いを稼ぐのと、公式リーグで賞金を狙うのでは、天と地ほどに差がある。
 BLISは趣味じゃなくなる。チームとして勝つ為に、あらゆる努力と忍耐を求められる。SoloQueは許されず、好きなゾーンもできず、使うディオスも制限される。競技であり、仕事であり、金を稼ぐための手段でしかなくなる。好きなことをして金がもらえるなんて、しょせん幻に過ぎない。

「――あ、悪い。これからリーグで闘う人にいう台詞じゃないよな」

 吉田は、我に返ったように眼を瞬くと、ちょっと申し訳なさそうに詫びた。

「いえ、参考になります。俺は、何も知らないアマチュアだから……」

 愛想笑いを返しつつ、昴の気持ちは落ち込んだ。実際にリーグを経験したプレイヤーの言葉は、心に刺さるものがある。

「昴」

 背中に声をかけられ、昴は弾かれたように振り向いた。意外にも、そこにいたのは連だった。