BLIS - Battle Line In Stars -
episode.2:TRYOUT - 9 -
練習を終えた水曜日の夜、葉原の駅前に寄り道をした。もう一人のACE候補生、椎名奏汰と待ち合わせをしているのだ。
話がある、としか聞いていないが、なんとなく嫌な予感がしている。
椎名に呼び出された店は、ジャズを流す落ちついた珈琲屋だった。彼の方が先にきており、入り口に立つ昴を見て、奥の席から手を挙げて合図した。
「お疲れさま」
「練習はどう?」
「相変わらず、ルカにしごかれてます。でも、いい意味で喧嘩するようになりましたよ」
「そっか」
椎名はほほえんだ。
「椎名さんは? 調子はどうですか?」
内心、緊張しながら訊ねると、ウン、と椎名は言葉を切った。
「俺ね、トライアウト辞退する」
「マジすか……」
本人の口から聞くまでは信じない、と決めていたが、悪い予感は的中してしまった。
がっくりする昴を見て、椎名は遠慮がちにほほえんだ。
「もう桐生さんの了承はもらってる。昴君には、ちゃんと話しておこうと思って、今日はきてもらったんだ。疲れているのに、こんな話でごめんね」
「うー、椎名さぁん……」
テーブルに肘をつき、掌に顔をうずめる昴の頭を、椎名は慰めるように撫でた。
「なんでも好きなものを頼んで。奢るよ」
「や、いいですよ」
昴は、ぱっと顔をあげた。
「いいから、いいから」
すっ、とメニューを勧められて、昴は思わず視線を落とした。
「じゃぁ……」
食事はゲーミングハウスで済ませてきているので、アメリカン・コーヒーだけ注文した。椎名もカフェ・オレを注文すると、姿勢を正した。
「……昔から、Hell Fireは日本リーグで一番好きなチームなんだ。栄枯盛衰を知る素晴らしいチームだよ。辞退するのは本当に悔しいんだけど、僕にはどうしても合わなかった」
「ルカですか?」
「うん。どうしても、彼とやっていく自信を持てなかった。根本的に合わないんだ」
「……」
苦渋の選択をくだした、椎名の気持ちも判る。一方で、プロを目指す仲間が離れていく寂しさも感じてしまう。
何もいえずにいると、複雑な胸中を呼んだように、椎名は続けた。
「プロへの道を諦めたわけじゃないよ。実は、他のチームから誘われてるんだ」
「えっ」
「新進気鋭のいいチームだよ。トライアウトを受けるつもり」
新進気鋭、と聞いて閃いた。
「もしかして!」
「うん、Galaxy Boysだよ」
「おぉッ!!」
昴は思わず手を鳴らした。
Galaxy Boysは、Challenger League――二部リーグで優勝したチームだ。
Spring Season――春の一部リーグ後の入れ替え戦に勝利して、夏から一部リーグ入りすることが決まっている。
一生懸命で勢いがあって、昴も個人的に応援しているルーキーチームである。
「これからもライバルだよ」
不敵に笑う椎名を見て、昴は瞳を輝かせた。
「すげぇ、Galaxy Boysか。流石、椎名さん!」
「頑張るよ。もう二十四歳だしね。一秒だって無駄にしたくないんだ」
椎名は、凛とした強い眼差しでいった。
BLISにおける選手生命は二十代まで。選手としてのピークは二十五歳といわれている。
だから、チームはより若く、制約の少ない選手を求めている。十代の選手を給料制で雇い、コーチの元で一日十時間を越えるトレーニングで鍛えてるのだ。
ふと年齢を意識して、昴はため息をついた。
「俺も来年は二十歳だ~! うぉーッ、プレッシャーきた」
胸を押さえる昴を見て、椎名は笑った。
「まだまだこれからでしょ」
「でもトライアウトもどうなるか判らないし、椎名さんが辞めて、俺は一人で大丈夫なんだろうか」
「大丈夫だよ。昴君の方が、Hell Fireで僕よりずっとうまくやってる。きっと、トライアウトもうまくいく」
自信の籠った口調に、昴は勇気づけられた。椎名も闘っている。立ち止まっている暇なんてない。
「頑張ります!」
「お互い頑張ろう。リーグで闘えるように」
「はい!」
昴が気合いの入った返事をすると、椎名も笑った。