BLIS - Battle Line In Stars -

episode.2:TRYOUT - 3 -


 もう、ルカと良好な関係を築ける気がしない。
 土曜の昼過ぎ、昴はゲーミングハウスにいったものの、ルカと殆ど口を利かずに練習を終えた。
 気が滅入り、家に帰った後一人でRanked SoloQueを回していると、同じ採用試験トライアウト候補生の椎名奏汰がログインしてきた。
 時計を見ると、いつの間にか二十二時を過ぎている。四時間もプレイしていたらしい。
 尚、昴が土曜日の午後一時から五時まで練習した後、入れ違いでやってくるのが椎名だ。同じトライアウト候補生同士、自然と仲良くなり、練習外でもBLISをするようになった。

『こんばんは。一緒にランク戦いきませんか?』

 椎名から、メッセージチャットが飛んできた。昴の方が年下なのだが、彼は年齢に関係なく丁寧な言葉遣いをする。

『いいですよー。新しいディオスはもう試しました?』

 音声チャットを承諾すると、ヘッドセットの向こうから、奏汰のささめくような笑声が聞こえてきた。

『流石、チェックが早いね。一回だけ使ったよ。スキルショットは打ちやすかった』

「来シーズンのパッチは、7.2で決まりですかね?」

 昴が訊ねると、だと思うよ、と奏汰は答えた。
 7.2がBLISの現在の最新バージョンだ。新ディオスのアテネも搭載されている。
 BLISは割と頻繁に大型パッチのあたるオンラインゲームで、その度にディオスの環境は大きく変わる。
 プロはもちろん、Ranked SoloQueに備えたディオス・リストはランカーなら誰でも持っているが、パッチ次第でそれらがゴミと化すことはままあることだった。

『正式な発表は来月だろうね。アテネは、メタ・ディオスにはならないと思う』

「かなぁ?」

『たぶんね。昴君、思ったより元気そうで良かった』

「あー……ルカのこと聞きました?」

『少し』

「すみません、ルカの機嫌が悪かったのは俺のせいだと思います」

 申し訳なく思いながら謝ると、違う、と奏汰はすぐに否定した。

『昴君が謝ることじゃないよ。Ashアッシュはいつだって不機嫌なんだから。彼は自分のことしか考えていない』

 椎名はルカのことを、HNのAshと呼ぶ。にしても、キツい口調だ。柔和な人となりを思うと不思議でならないが、彼は昴以上にルカとぎこちなかった。

「椎名さんでも、Ashはやり辛いですか?」

『うん……最近は、どう勝つかっていうより、どう動けばAshに指摘されずに済むか、って考えちゃうんだ』

「判ります。俺もですよ」

『正直、Ashと組んで勝てる気がしない』

「悪気はないって判ってはいるんですけどね……」

『SoloQueなら好きに暴言吐けばいいけど、チームでやっちゃダメでしょ』

「確かに……」

『ずっとBLISが好きで配信してきたから、このチャンスは嬉しいんだ。でもルカと組んでいると、プレッシャーばかり圧し掛かってきて』

「判ります」

『俺より、昴君のよほどメンタル強いと思う。俺はそろそろ限界かもしれない』

 抑揚のない声に、昴は不安を掻き立てられた。これは思った以上に、椎名は参っているのかもしれない。

「俺も凹む時は凹みますよ。他人とのランク戦なら、心のプロテクター装着して、さくっとmuteで事足りるけど、チームだとそうはいかないですもんね」

 BLISはゲーム中、特定のプレイヤーに対してチャットの無効化、muteにすることができる。BLISが誕生した時からいわれている、心の平穏を保つ最良の方法である――酷いゲームだ。

『彼の暴言は眼に余るよ。高額契約を交わしたAshを大切にするのは判るけど、明らかにチーム不調和の原因なのに、改善しようとしない桐生さんにも不信感を抱いちゃって……』

「あぁ~……ルカも、いってることは正論なんですけど、キツいんですよねー。よくあれだけ口が回るなぁって感心もするけど」

『正論でもないよ。BLISに勝つ要因は、ゲーム知識が95%を占めると俺は思ってる。反射神経とかモチベーションなんてのは残りの5%であって、それぞれが忠実に仕事をすれば勝てるはずなんだ。なのにAshは人のメカニクスを掻き乱して、自分優位でゲームメイクをする。そんなの勝てる試合も勝てないよ』

 大人しい椎名にしていは、いつになく饒舌だ。よほど腹に据えかねているのか、後半は殆ど吐き捨てるようにいった。

「うーん……椎名さんをここまで怒らせるとは。ルカは、才気あふれる暴言野郎だな」

 感心したように昴がいうと、椎名は小さく吹き出した。

『昴君は前向きだねぇ。見習たいよ』

「腕を磨いて、ルカを驚かせてやりましょう」

『俺はもう、Ashにはウンザリだ』

 腹の底から絞り出したような声には、諦念が滲んでいた。

「椎名さん……」

 彼はもう、以前ほどHell Fireに入りたいとは思っていないのかもしれない。
 最近は昴も考えることだ。トライアウトに受かったとしても、ルカとやっていく限り、本番で大惨事になる予感がする。

『はは、愚痴ばっかりでごめん……よし、ランク戦にいこうか? アテネを使ってみせてよ』

 空気を変えるように、椎名は明るくいった。

「はい!」

 昴も元気よく返事をしながら、椎名の調子が戻るといい、そう胸中でねがった。