BLIS - Battle Line In Stars -
episode.1:BEGNING - 8 -
プレイルームに、すらっとした冷たい麗貌の男が入ってきた。
桐生英樹――写真や映像で見るよりも、実物の方が遥かに魅力的だ。銀縁の眼鏡に、仕立ての良さそうなダークグレーのスーツ。理知的で、いかにも仕事ができそうだ。
「こんにちは。昴君ですか?」
耳触りの良い低い美声に、昴は姿勢を正した。
「お邪魔しています、石田昴です」
きっちりお辞儀すると、桐生はふっと眼を細めてほほえんだ。
「初めまして。Hell Fireのコーチを務める、桐生英樹です」
「ハイッ、存じ上げております」
「はは、礼儀正しいね」
銀縁眼鏡の奥から、涼しげな瞳が細められる。優しい笑みだが、昴は緊張を強いられた。
聞いた話では、桐生はHell Fireの有力なスポンサーの知己らしく、熱烈なアプローチを受けて、今年のSpring Seasonからコーチに就任したらしい。
非常に頭の切れる男で、就任後、驚くべき速さで幾つもの改善を成し遂げ、チームに貢献してきたという。例えば、和也の選手復帰を説き、アレックスやルカと契約を成立させたのも彼の功績だ。
「連やルカから、昴君の評判は聞いています。一度、お会いしたいと思っていました」
「いやぁ、そんな……」
あたふたと昴が頭を掻くと、ルカはおかしそうに笑った。
「見所あるって押しておいたよ」
「あ、ありがとうございます」
「なんで敬語なの?」
ルカはリラックスして笑っているが、昴の方は緊張で手汗が滲みそうだった。
「昴君の配信動画を拝見しました。アグレッシブにいいプレイをしますね」
「ありがとうございます!」
嬉しい! まさか桐生英樹に褒められるとは。昴は胸を熱くさせながら、頭を下げた。
「桐生さん、昴は逸材だよ」
横からルカが口を挟むと、全員の視線が昴に集まった。
「昴君さえ良ければ、
「い、いいんですか?」
「ええ、ぜひ」
「僕はまだ、コスモ・ランクなんですが……」
アマチュアがプロ試験を受ける場合、応募資格としてSoloquoでの最高ランキング、スターゲート・ランクを求められることが多い。昴はまだ、その一歩手前なのだ。
「チームは今、短期間でコミュニケーションのとれるプレイヤーを求めています。昴君のことはルカも推しているし、連とも旧知の仲だ。チームの進化に、大きく貢献できる可能性を秘めていると期待しています」
昴は唖然としつつ、ルカと連の顔を交互に見比べた。ルカは、期待の籠った眼で見ている。連は……鉄壁の無表情で読み取れない。
決めるのは、昴だ。
答えは最初から決まっている。またとないチャンスが転がり込んできたのだ。掴むに決まっている!
背筋が
「ぜひ、よろしくお願いします」
迷いのない返事を聞いて、桐生は満足そうにほほえんだ。
「こちらこそよろしくお願いします。昴君の他に、スターゲート・ランクのアマチュアが一人参加することになっています」
「あ、はい」
落胆が顔に出ないよう、昴は気をつけた。プロチームの採用なのだ。ライバルの一人や二人いるのが当たり前だろう。
「結果次第では、二人共起用するかもしれないから、あまりプレッシャーに感じることはないよ」
「はいっ」
力いっぱいの返事を聞いて、桐生は小さく笑った。
「本当はLeeにも受けて欲しかったんだけど、いろいろと
「あ、はい……公式の発表を見ました」
あの試合が終わった後、Leeはすぐに選手引退を発表した。引退後もプレイ動画の配信は続けていて、その話題性から視聴者数は伸びている。
チームの話では、彼の素行に問題があったようだが、実力はある選手だ。トライアウトで闘わずに済んで助かった。
「トライアウトでは、競技シーンの経験や個人技よりも、サポートであるルカとの連携や、チームの相性を評価するつもりです。昴君は十分な資質を
「頑張ります。やらせてください」
顔を上げてきっぱりと告げると、桐生は優しい笑みを浮かべた。
「はい。僕も、昴君にはぜひ受けて欲しいと思っています」
「ありがとうございます!」
「トライアウトがどういうものか知っていますか?」
「チームのテストを受けることくらいしか」
少し不安そうな表情を浮かべる昴を見て、桐生は小さく頷いた。
「本来は、先ず書類選考があって、一次面接を受けてもらいます。それからチームのトライアウトを受けて、合格したら最終面談、という流れになります。昴君の場合は、筆記と一次面接は免除します。トライアウトから受けてください」
「はい。ありがとうございます」
「内容は、五人チーム戦で勝敗問わず、三ゲーム行います。最初の一試合は指定したディオスを使ってもらいますが、あとは得意ディオスをPICKしてもらって構いません」
「判りました」
「トライアウトは今日から三週間後、五月最初の土曜日でいいですか?」
「はい」
「ゲーミングハウスでの練習に参加してもらいたいのですが、良いでしょうか?」
「はい」
「週に三日以上は通って欲しいのですが、可能ですか?」
「大丈夫です」
桐生はノートPCのディスプレイを昴に向けた。
Googleカレンダーとドキュメントに、選手達の練習時間が細かく書き込まれている。
想像はしていたが、選手達の練習量に昴は眼を瞠った。全員が、毎日十時間以上のトレーニングをこなしている。
「トライアウトを受ける選手は、時間が重ならないように、ここへきてもらいます。曜日は、月・水・土で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「時間帯の希望はありますか?」
「平日は夕方六時から、土曜日なら何時でも平気です」
「では平日は十八時から、土曜日は十三時からでいかがでしょう?」
「お願いします!」
「はい。トライアウトまであまり時間がないけど、ベストを尽くせるよう、チーム練習に臨みましょう」
「はい!」
「質問や相談は、いつでも受付けているので、気軽に声をかけてくださいね」
銀縁の眼鏡の奥で、涼しげな瞳が細められる。
「ありがとうございます!」
破顔する昴を見て、チームメンバーも明るい表情を浮かべている。
頑張ろう。
夢物語と諦めていたプロへの道が、目の前に開けたのだ。もう、とにかく練習して、絶対にトライアウトに受かってみせる! 昴は強く心に決めた。