アッサラーム夜想曲

聖域の贄 - 9 -

「冷たくありませんか?」
「平気……」
 香油に濡れた掌が、ゆっくりと腕を撫でおろしていく。
 首から鎖骨にかけて、指と掌をつかって優しく丁寧に香油を塗り拡げられるのは、まるで極上の絹に全身を撫でられているように感じられた。甘い恍惚の気持ちが血管をめぐり、躰の裡から温まっていく。
 快い指圧のとりこになって、そのままとろりとした眠りに引きこまれかけたが、衣擦れの音に意識を呼び醒まされた。
(……ん?)
 薄く目を開いて振り向くと、ジュリアスは半裸になっていた。贅肉の欠片もない鍛えぬかれた肢体に、蜜蝋の明かりが照り映え、艷やかな褐色に輝いている。
「ねぇ、なんで……」
「この方が施術しやすいですから。ほら、姿勢を戻して」
 優雅で美しい手が光希に触れる。
 いわれた通りにうつぶせの姿勢に戻り、目を閉じたが、瞼の裏に引き締まった見事な肢体がちらついていた。
「力を抜いて、楽にしてください」
「ん……」
 脇のしたから肉づきのよい胸にも、揉みこむように香油を拡げていく。ふくらみを掌が包みこみ、先端の周囲を優しく撫でられると、思わず胸が上下した。
「んっ……変な触り方をしないで」
「していませんよ、動かないで」
 ジュリアスは囁きながら、瓶をとりかえそうとする光希の肩を柔らかく押した。
「光希、目を閉じて」
「う~……」
 唸りながら再び横になると、今度はジュリアスも悪戯をせずに、光希の背中を揉みほぐし始めた。頭の後ろ、頸筋と背中……腰にかけて、掌が優しく丁寧に行き来し、心地よくて思わず手脚が伸びる。
「寒くありませんか?」
「ううん……暑いくらい」
 指が動き回るせいで、香油にまみれた躰が火照っている。髪の生え際に汗がにじんで、心臓の鼓動も早くなってきた。
「少し脚を開いてください」
 いわれた通りにすると、尻のしたから大腿にかけて、刻みこむように指圧がかけられた。性的な触れ方ではないのに、官能の覚醒めにぎくりとする。
「……っ」
 危うく声が漏れそうになり、慌てて唇を噛み締めた。指の動きと仄甘い柑橘の香りが官能的すぎて、股間がきざしてしまいそうだ。
 緊張に身を硬くしていると、ジュリアスは手の動きを止めた。
「痛いですか?」
「……ううん」
「痛くしませんから、力を抜いて」
 彼は瓶をとって両手に香油を垂らすと、光希の下半身に掌をすべらせ始めた。尻から大腿へ優しく柔らかく動かして、さらにふくらはぎ……脚首と脚裏、指先まで、もはや全身が香油に浸されている。
 ちらりと背後を盗み見ると、神々しい美貌で、粛々と手を動かしている。両手で太腿を揉みこむようにしながら、股間へと近づいていく……作業の一環だといわんばかりの冷静さだが、指の動きは艶かしく、性器が腫れているような錯覚に陥ってしまう。
(うぅ、気持ち良すぎるよ……)
 火鉢のうずみ火のような熱を灯され、躰の芯がずきずきとうずいている。
 香油をまとった手は、ついに尻の方へまわる。
 薄い麻布を一枚腰にかけてあるが、香油に塗れてぴったりと肌にくっついており、もはや素肌と化している。
 追加で香油が尻に垂らされ、陰部にまで流れ落ちていった。
「っ……ぁ……っ」
 背筋がぞくぞくと震えて、声が漏れそうになる。
 麻布のうえから、愛おしむような優しい指の動きで撫であげられ、恥骨のあたりを親指で押されると、腰がびくりと跳ねた。
 慌てて動きを抑えるが、ばれてしまっただろうか?
 様子を伺っていると、彼はうなじから背骨に沿って唇でたどり始めた。背骨のいちばんしたまで唇が降りてきて、尻の膨らみを優しく揉みしだかれた。
「あぁっ!」
 我慢の堰が切れたように、あえかな声が漏れた。ずっと耐えていたけれど、もう限界だ。
 蠱惑を全面に押しだしたジュリアスには抗えない。欲望を煽られ、光希は痛いほど硬くなっていた。ジュリアスは両脚のあいだに片手ですべりこみ、柔らかな内腿をそっと掴んだ。
「こちらを向いて」
 光希はたじろいだ。下腹部が完全に反応してしまっている。
「それは……ちょっと気まずいっていうか……ありがとう、もう十分だよ」
 さりげなく腰を隠しながら、ジュリアスのしたから這いでようとするが、麻布をとられて仰向けに転がされた。
「あっ」
 股間の昂りを暴かれ、羞恥に顔が紅くなる。からかわれると思ったが、青い瞳には、まじり気のない賛美の光と、強い欲望がにじんでいた。
 蜜に濡れた性器がてらてらと光っている。喰い入るようにそこを見つめられて、光希はそっと膝を立てて隠した。
 ……こうなる予感がしていたのに、彼の手があまりにも心地よくて拒めなかったのだ。
「光希……」
 恐る恐る顔をあげると、熱を孕んだ瞳に射抜かれた。濡れたように輝く黄金色の睫毛が、頬のうえに影を落としている。
 魅入っていると、後頭部を掌に包まれ、唇を奪われた。すぐに舌が侵入してくる。触れる手は優しいが、抵抗を許さない力がこめられており、逃げることはできなかった。
「んっ、ぁ……っ」
 味わうように舌で探られ、その甘美さに舌がしびれた。柑蜜をしゃぶるみたいに舌を搦め捕られ、一切の抵抗ができなくなる。背中をなであげられながら唇を吸われると、躰のなかを熱い炎が駆け巡ったように感じた。
「んっ……待って、ここでするの?」
 光希は腕を突きだして顔をもぎ離したが、その腕をとられて唇を奪われた。肉づきの良い胸を揉みしだかれ、本気で逃げようと試みる。
「暴れないで」
 ジュリアスはキスを緩めると、なだめるように、光希の肩や腕を優しく撫でた。
「うぅ、だって……そんなつもりじゃなかったのに……っ」
 扉の方を気にする光希の頬に手をそえて、ジュリアスは目を覗きこんだ。
「ここへは誰もやってきませんよ。光希を愛したい……いいでしょう?」
 唇が触れあう距離で囁かれて、光希は吐息をもらした。迷った末に小さく首肯すると、ジュリアスは顎から喉へと唇をすべらせながら、背を反らす光希を横たえた。そのまま顔をさげていき……大きく喘ぐ胸に啄むようなキスをする。
「んっ、はぁ……あ……」
 舌先でふくらみを愛撫するが、乳首に近づくたびに触れる寸前で動きを止めてしまう。甘い責め苦に苛まれ、金髪を掴んで抗議すると、低い笑い声がした。
「ぁっ!」
 舌で乳首を突かれた瞬間、鋭い快感が走った。
 ぴんと尖る頂を舐められ、円を描くように愛撫される。かわるがわる吸われながら、下腹部にも手が伸ばされ、そっと股間の茂みに触れてくる。
「やぁ……んん……っ」
 張り詰めた屹立を香油に濡れた掌が包みこみ、淫らにしごかれると快感のさざなみに打ち震えた。腰は艶かしく動き、さらなる快感を得ようと、はしたなく掌に下腹部を押しつけてしまう。
 目を閉じて恍惚に浸っていると、濡れた性器を熱い舌にべろりと舐めあげられた。
「ひぁっ」
 先端のくびれに舌が這わされ、ひくつく鈴口を突かれれる。じゅうっと強く吸いあげられた瞬間、理性は砕け散った。
「あぁッ、ン、だめ……っ」
 たまらずジュリアスの躰に手を伸ばすと、筋肉が鋼のよう。燃えるように熱く感じる躰に指で触れて、下腹部のほうに滑らせると、ジュリアスはすっと息を吸いこんだ。一瞬躊躇い、再び手を滑らせたが、その手を掴まれた。
「そんな風に触れられたら、我慢できなくなります」
「我慢?」
 光希は鸚鵡返しに訊ねた。ジュリアスは苦笑をこぼすと、光希の鼻の頭にキスをした。
「……魅力的な姿をしているから、時間をかけて堪能したいと思ったのです」
 掠れた声で囁くと、服を全部脱ぎすてた。いきりたった刀身は、先端に雫を光らせ、引き締まった腹に突きそうなほど反り返っている。
「……っ、ぁ……」
 雄々しい威容におののき、慎ましく視線を反らす光希を、ジュリアスは強い眼差しで見つめた。手をとって己の首に回させ、向かいあう格好で膝に跨らせる。
「顔をあげて」
 はしたなく濡れた性器を優美な指に撫であげられ、光希は俯いたまま呻いた。自分は止めたくせに、光希に対しては遠慮がない。
「……熱くなっていますね」
「いわなくていいっ」
「私も同じです。光希、顔を見せて」
「やだ!」
 恥ずかしくてジュリアスにしがみつくと、首筋や肩に唇を押し当てる。性器を愛撫されながら、負けじと熱い肌に舌を這わせて歯をたてる。
 低く、官能的な吐息を洩らしたジュリアスは、濡れた指で後孔に触れた。尻を揉みしだきながら、長い指をゆっくりと挿入する。
「もう柔らかい……」
 二本に増やされた指が、ぬかるんだ隘路あいろに深々と沈められた。
「んぁ……っ」
 焦らすように抜き差しされて、じゅぷっぬぷっと香油の弾ける音に鼓膜を嬲られる。ぐっとなかを抉られた衝撃で、指を喰み締めてしまい、耳元でジュリアスが艶めいた吐息をこぼした。
「限界です」
 指を抜いて、勃起した亀頭を掴んで親指を立てると、光希を押し倒し、片脚を掴んで腰をもちあげた。
「挿れますよ」
 濡れた切っ先を見て、光希は武者震いをする。衝撃に身構えたが、突きこまれた瞬間、想像以上の衝撃と官能に大きく仰け反った。
「あぁ……っ」
 灼熱の塊は、ぐぐぐっと奥へ進み、慎重に突き刺さっていく。
 ゆっくり時間をかけて、ついに根本が、尻のくぼみに密着した。肉づきのよい太腿を抱えて、ジュリアスはさらに股間を押しつける。
「くっ、ふ、ふぅ……っ」
 獣じみた喘ぎの声をあげながら、光希は啜り泣いた。たったの一突きで達してしまいそうだった。
「は……っ」
 ジュリアスは満足げなため息をもらすと、腰を捻り、淫らに蹂躙し始めた。浅く深く、緩急をつけた巧みな抽挿ちゅうそうで光希を翻弄する。
「はぁ、はぁ、はぁっ」
 荒い息をつきながら、光希は太腿に汗と蜜が流れ落ちていくのを感じていた。
 悦楽と官能――貪るようなくちづけに翻弄されながら、躰の深いところが燃えるように熱くなって、眼裏まなうらが白く燃えあがった。
「あ、あぁッ、ん! あぁ~――……っ」
 悦楽を極めて、ふくらんだ性器から飛沫が飛び散った。びゅく、と溢れる蜜が己の腹を濡らすのに任せながら、ジュリアスはびくびく震える腰を支え、光希の肉茎を優しくしごいて吐精を促している。
「……背中は、痛くありませんか?」
「ん……大丈夫」
 いつもの寝台と比べたら籐の長椅子は少々硬いが、肌触りの良い柔らかな織物がかけられており、痛むほどではない。
 ジュリアスは光希の膝裏に腕をいれて股間を大きく開かせると、体重をかけながら、再び腰を進めてきた。
「あぁっ……ん、はぁっ」
 喘ぎの声は唇にのみこまれた。
 ゆるく穿うがちながら、唇は離さない。腹のなかで熱塊が脈打ち、光希はすすり泣きながら、揺さぶられた。最初は緩やかに、次第に早く。
「あ、あ、あぁっ……ジュリッ」
 巨大な波が押し寄せてくる。
 腰が浮きあがり、濡れた水音と、肉のぶつかる交合音に、鼓膜を犯されながら、敏感な媚肉を烈しく突きあげられる。汗と香油に濡れた白い肌を火照らせ、光希はびくびくと収縮した。
「あ、あ、あぁっ……んぁ、あぁん!」
 紅く色づいたふたつの胸の肉粒をきゅぅっと摘みあげられた瞬間、きつく熱塊を喰みしめてしまい、ジュリアスは低く唸った。
 凄まじい悦楽――躰の奥深いところから、堰を切ったように欲望が溢れでてくる。
 脳が白くけて、何も考えられない。
 なかをしとどに濡らされ、自らもおびただしい量の蜜を噴きあげた錯覚がしたが、透明な蜜を滲ませただけだった。
 耳の奥で鼓動がこだましている。
 荒い呼吸を整えながら、同じく息を乱しているジュリアスに手を伸ばしすと、ぎゅっと両腕で抱きしめられた。隙間がないほど互いの躰が密着する。
 しっかり抱きすくめられて息をするのに苦労したが、満ちたりた心地でいっぱいだった。
 やがて快感の余韻がゆっくり波のように引けたあと、ジュリアスは再び看護者に戻った。
 歩くのもおぼつかない光希を支えて浴室に入り、躰を清めるのを手伝ったあと、自らも水を浴びて熱の余燼よじんを鎮めた。
 軽く着つけたあとも、籐椅子に光希を座らせ、髪を拭いたりと甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「少し冷たくなりますよ」
 濡れた麻布を発疹のある腕にそっと押し当てられると、ひんやりとした心地良さに、光希は陶然となる。
「……ねぇ」
「はい?」
「どうしてそんなに上手なの?」
「気持ちいいですか?」
「うん、気持ちいい……ていうか、官能的すぎるよ。どこで覚えたの?」
 質問しながら、答えは予想がついていた。公宮にも蒸風呂はある。このような淫らな歓待を、彼は受けたことがあるのだろうか。
 疑問を読んだかのように、ジュリアスは薄く笑った。
「公宮の蒸風呂には、医療専属の召使いもいるのです。筋膜弛緩のために、施術を受けたことならありますよ」
「ふぅん」
「妬いてくれたのですか?」
 どこか嬉しそうにいうジュリアスを、光希は不服げに見つめた。
「別にぃ。そんなに気持ちいいなら、僕も蒸風呂にいってみようかな?」
「いけません」
 間髪入れずにジュリアスは断じた。
「ずるいよ、自分だけいい思いをして」
「いつでも私がしてさしあげますよ。気持ち良かったのでしょう?」
 このうえなく優雅で美しい微笑だが、どこか魔性めいて見える。
 認めるのもなんだか癪で、光希は目を閉じて寝たふりをした。
「抱きあげますよ」
「ん……」
 頸に腕をまわすと、ジュリアスは光希を優しく抱きあげて、静かに歩き始めた。そのまま安定した歩調で二階の寝室まで運び、そっと寝台におろされた。
 天国だ。精根尽き果てた躰が、柔らかな絹の海に沈みこんでいくように感じられた。
 額にやわらかなくちびるが触れる。
「お休みなさい……」
 優しく囁いて、ジュリアスは身を起こそうとした。光希は重たい瞼を持ちあげると、軍服の袖を掴んだ。
「……気をつけてね」
 ジュリアスは再び寝台に腰をおろすと、光希の頬を愛おしげに撫でた。
「ええ……光希はゆっくり休んでいてください。疲れさせてすみませんでした。でも、ありがとう」
「ふふ……」
 快い倦怠感に浸されて、今なら夢も見ない深い眠りに誘われそうだ。
 目を閉じると、さらりと髪を撫でられる。
 静かな衣擦れの音、控えめな扉の音がして、それから間もなく、光希は静かな眠りに落ちた。