アッサラーム夜想曲

聖域の贄 - 27 -

 屋内で一番大きな浴室に向かうと、馴染みの浴室担当のベルテが不在のため、別の者が応じた。ジュリアスとふたりやってきたので、気の毒に少しばかり慌てていた。
 爛漫らんまん花苑かえんを模した絨毯のうえで、服を全て取り払い、一糸まとわぬ姿で陶器タイル敷の、装飾のらした浴室に入る。
 淡い黄金こがねを帯びた雪花石膏せっかせっこうの壁に、天井は白漆喰をいた円蓋で、星型の天窓にはめこまれた赤や青の色硝子に陽が射しこみ、床に光の文様を描いていた。
 広々とした空間の中央には、貴石象嵌細工の八角形の石卓の寝台と、壁際に洗い場と長椅子がある。
 真っすぐ洗い場に向かおうとすると、ジュリアスは早速手を伸ばしてきたが、光希は躰を洗い終えるまでは待って、と断固拒否した。前にココロ・アセロ鉱山で繋がるための事前準備をされたことがあるが、あのときの恥辱感は今も心の底に残っている。
 一瞬、彼は不服げな表情を浮かべたが、光希の意思を尊重して引いてくれた。
 ほっとする光希だが、あまり時間の猶予はない。早く済ませないと、きっと待ちきれずに手をだしてくるだろう。
 ジュリアスが粛々と躰を洗う間に、光希は素早く汚れた下半身を洗い流し、薔薇の香りのする洗浄粉で、尻の奥まで清潔にした。それから躰を洗い、髪も洗い終えると、見計らったようにジュリアスが近づいてきた。
 濡れしたたる、鍛え抜かれた褐色の裸身が、朝陽を浴びて輝いている。
 実に神々しいが、手に香油瓶を持っており、股間は既にきざしている。普段は禁欲的な光を湛えている碧眼は、興奮と欲に翳って濃さを増していた。
 身構える光希の隣に、ジュリアスは屈みこむと、艶やかにほほえんだ。
「もういいですか?」
「……うん」
 小声で頷くと、ジュリアスは光希の躰を、床にあぐらをかいた己の膝上に、向かいあわせの恰好で乗せた。
「脚痛くない?」
 体重をかけることを躊躇う光希に、平気です、とジュリアスは応じる。青い瞳で、じっと光希の首筋を見つめている。
「発疹、薄くなりましたね」
「うん……とりあえず、顔は消えてよかったよ」
 一時は全身に拡がるのではないかと恐れた発疹は、気ままに顕れては消えてを繰り返している。今は顎から首にかけて点綴てんていしているものの、数日前に絶望をもたらした顔面の発疹は消えていた。
「綺麗ですよ」
 艶かしく上気した顔に見つめられて、光希の顔も熱くなる。どちらからともなく顔を寄せて……くちびるが溶け重なった。下唇を吸われて、閉じたあわいを優しく割られると、熱い舌先が口腔こうこうにもぐりこんできた。
「ん、ふ……っ」
 柔らかい粘膜に舌が這わされて、全身を官能に浸される。気持ちよくて、鼻にかかった声が漏れてしまう。舌を吸われながら、大きな掌に躰を確かめられる。首、肩、腕……腹をすべり、下腹部へと近づいた。
 びくっとして光希が顔を引くと、ふたりのあいだに銀糸が垂れた。
「夢で……くちびるは赦した?」
 艶のある低い声で囁かれて、ぞくりと肌が総毛立つ。
「……ううん、してない」
「本当に?」
 熱情のこもった瞳に射抜かれて、動けぬまま、こくりと頷くと臀部を両手で鷲掴まれた。
「ひぅ……っ」
 引きつる後孔こうこうに指が触れて、反射的に光希が白い喉をのけぞらせると、ジュリアスは濡れた首筋にくちびるを寄せた。少しずつ場所を変えて、ついばむように吸いつく。まるで自分のものだと主張するように、時折ちくんとした痛みを伴う痕をのこして。
「ン、見えるところにはしないで……」
 躰を引こうとすると、背中に腕がまわり、すっぽりと抱きこまれた。たるんだ白い腹が、引き締まった褐色の腹筋に押しつぶされている。
「暴れないで。大事なところに指を挿れるから……いい?」
 こくりと光希が頷くと、ジュリアスは、まだ硬い蕾に慎重に指を沈めた。
「ふ、ぁ……っ」
 肛壁を優しくさすられて、光希は身震いする。
 ひくつく蕾に香油を纏った指が入ってはでていき、ぬぷっ……と水音を跳ねさせながら、丁寧な手つきで、少しずつ、少しずつ、繋がるための経路を拓いていく。
「熱い……堪らないな」
 耳元で吐息まじりに囁かれて、光希は妖しく身をくねらせた。湿気を含んだ甘い芳香と、ジュリアスの肌から伝わる熱気に、頭がくらくらする。
「はぁ……っ」
 艶めいた甘い声が、喉の奥からあふれでるのを止められない。
 やがて三本の指が隘路あいろを抜き差しするようになると、ジュリアスはくったりしている光希を抱き起こした。
「鏡に手をついて」
 光希は困惑しながら、いわれた通りにした。
 鏡のなかのジュリアスを見つめると、蠱惑的な微笑と共に、熱く猛った屹立を、尻のあわいに擦りつけられた。
「ぁ……」
 意図を察して、かぁっと顔が熱くなる。
 最初からこうするつもりで、ジュリアスは、一番大きな浴室に光希を連れてきたのだ。ここには巨大な全身鏡があるから――
 理解すると同時に、後孔こうこう陰嚢いんのうの合間、会陰部えいんぶを硬く勃起した亀頭でぐっと押しあげられた。
「あ、ンンッ!」
 おもいのほか大きな声がでてしまい、光希は唇を噛みしめた。
「声を我慢しないで。ここには誰もきません。ふたりきりだから……挿れるところをよく見ていて」
 おののく光希の腰を、ジュリアスは両腕で掴んで引き寄せ、ぐっと腰を突きだした。
「ぁっ……ん……」
 蕩けきった尻は、従順に熱塊を飲みこんでいく。
 熱い湿気が喉に流れて呼吸が苦しいのに、興奮を煽られて、うねる媚肉が充溢をさらに奥へと誘いこむ。尻のくぼみに腰がぶつかると、顎をそっと掴まれた。
 鏡に、だらしなく蕩けた光希の顔が映っている――狼狽えて視線を泳がせると、ジュリアスは腰を前後に揺らした。
「ふぁッ」
「恥ずかしい? ……でも、目を閉じないで。誰に抱かれているのかよく見て、その目に焼きつけてください」
 光希はおずおずと鏡を見た。
 蕩けきった顔をしている――目は潤み、唇は赤く膨らんでいる。たるんだ肉を火照らさせて、乳首も性器もはしたくなくたせている。
「やだ、これ……恥ずかし……っ」
 羞恥のあまり、目の端に涙がにじんだ。
「かわいい、光希……」
 ジュリアスは陶然と囁くと、まろやかな腰を撫であげ、そのまま胸まですべらせた。反射的に丸まろうとする光希の両脇に手をいれて、軽く抱き起こすと、見せつけるように胸を大胆に揉みしだいた。
「やだっ」
「隠さないで……綺麗ですよ、とても。白い肌を紅く染めて、煽情的で……そそられる」
 ジュリアスは囁きながら、光希の耳朶をくちびるで挟み、舌先でくすぐり始めた。光希が身を震わせると、さらに耳殻をなめあげ、耳孔じこうにも舌を挿れた。
「あっ、ん……っ」
 濡れた水音に鼓膜をなぶられ、躰の芯までしびれる。ねっとりと濡れた舌が奥へもぐりこんできた時、たまらずにぎゅっと目をつむった。
「目を閉じないで……鏡を見て」
 そろそろと目を開けた光希は、視界の卑猥さに怯んだ。
 鏡のなかの光希は、耳をしゃぶられながら、ふくよかな胸を揉みしだかれていた。形の良い指の合間から、こごる紅い乳首がのぞいて、己の躰と思えないほど淫靡だ。
「ぁ、ンッ!」
 敏感になった乳首をそっと指に挟みこまれた瞬間、悦楽がはしり抜けた。全身の血潮が、ふたつの肉粒に集中しているみたいだ。
「目を閉じないで。鏡に映る姿を見て、しっかり記憶してください」
「ゃ……っ」
「これは治療です。悪夢も忍びこめないほど、私に抱かれている姿を目に焼きつけて……ね?」
「そんな……ぁっ」
 腰を軽く揺らされて、ぶるりと胴震いが走った。
「ほら、鏡を見て」
 すすり泣く光希を、美しい捕喰者はじっと見つめている。胸をこねていた掌は下腹部へおりていき……茂みから突きでている性器に触れた。
「ん、ふっ」
 甘い愉悦に襲われて、光希は腰をくねらせる。肉茎をするすると撫でおろされ、熱を帯びた陰嚢いんのうごと優しく握りこまれた。
「ひぁっ」
 淫らな刺激に、性器は腹につきそうなほどそりかえっている。竿を優しく上下に擦られて、亀頭を指の腹でくるくると愛撫されると、堪らずに内腿がひきつった。
「私を見て」
 鏡のなかで目をあわせた途端に、淫らな律動が始まった。
「んぁッ!!」
 亀頭のくびれを握りこまれたまま、艶めかしく後孔こうこうを穿たれる。紅く膨らんだ蜜口がひくひくと痙攣して、ぬちゅぬちゅとしごくジュリアスの指を濡らしてしまう。手加減してほしいが、両手を鏡についているので、彼の動きを阻むことができない。
「や、ぁっ、んッ!」
 熱が渦巻いて加速していく。
 緩急をつけて甘く、淫らに突きあげられ、ぱっちゅん、ぱっちゅん、信じられないほど淫靡な粘着音が浴室にこだまして、腹の奥まで甘い衝撃が響く。
「だめぇ、あ、あ、んぁ、あぁッ!」
 脂肪のついた腹を揉みしだかれ、光希は激しく腰をくねらせた。
「鏡を見て」
「や、ぁっ、あぁ」
「ちゃんと見て。光希に触れているのは、私です。貴方に触れていいのは、私だけ。覚えて」
 狂おしいほどの熱を帯びた視線に、欲望を煽られる。彼の目に宿る執着に、総毛立つほどの興奮を覚えた。
「あぅッ、覚えた、からっ……ぃや、揉まないで……んんっ」
 肉をこねられる感触に羞恥がこみあげるが、激しく貫かれているうちに、思考は深い濃霧に包まれるようにくらんでしまう。
「あ、あうぅっ」
 灼熱の焔に全身を貫かれ、舐めあげ、舐めおろし、想像を絶する凄まじい快楽けらくに躰は燃えるように熱くなって、蜂蜜のように蕩けた。
 ゆるやかに蠕動ぜんどうする敏感な内臓を淫らに擦りあげられた瞬間、光希は悦楽を極めた。
「んぁッ! あ、あぁ~……っ」
 全身を震わせて、精を吐きだす。飛沫は放物線を描いて、鏡にまで飛んだ。
 達した衝撃できつくみ締めてしまい、ジュリアスも呻く。
「っ、は……っ」
 熱塊がぶるりと震えて、最奥に熱い飛沫をぶちまかれる。媚肉が孕んで、光希の全身は妖しく波打った。
「んぁ……ぁ……」
 膝に力をいれて、尻に埋められた楔を引き抜く。抜けていく瞬間にまた腰が撥ねた。
「……たくさんでましたね」
 鏡に垂れた白濁を、ジュリアスは鏡のなかの光希を見つめたまま、指で悪戯に伸ばした。
 あまりに卑猥だ。
 膝が震えてくずおれそうになるが、ジュリアスは光希の右足の膝裏に腕をいれて持ちあげ、大きく開かせた。
「ぇ……ちょっと」
 止める間もなく、ジュリアスは再び腰を進めてきた。吐きだしたばかりだというのに、硬度を保ったままだ。
 鏡のなかで目があうと、そのぎらぎらした目の輝きに、光希は怯えた表情になった。
「……まだするの?」
「します……ここは浴室だから、遠慮せずにたっぷり射精していいですよ」
「いや、続けては無理……あぅッ!」
 熱くうねる欲望の坩堝を突きあげられ、光希は甘い悲鳴をあげた。
 灼熱に貫かれて、揺さぶられる衝撃と一緒に、陰茎も前後に揺れて、薄い蜜を飛び散らせる。
 はぁはぁと荒いお互いの息遣いと、腰のぶつかる音、淫らに濡れた水音が浴室に響いて、悦楽を増幅させる。
「やぁっ! あ、あっ、ぁん……ッ」
 煙る浴室に、嬌声が響き渡る。
 息が苦しくて、もうやめてと鏡のなかで目をあわせて哀願しても、ぎらぎらと燃える眸が返されるだけだった。罰するように力強く、執拗に突きあげられて、全身の血の恍惚のなかで、息がきれるほど喘いだ。
「あぁンっ!」
 絶頂が弁を開き、みなぎ横溢おういつが苦悩に満ちた歓びの痙攣をおこした。どぉっと熱い精液を迸らせ、光希を恍惚に導いた。殆ど何もでなかったが、先端から透明な筋がつぅ……と垂れた。
 ながい吐精のあと、ジュリアスはゆっくりくさびを引き抜いた。
「ぁ……」
 抜けていく刺激にまた、敏感な躰が震えて、躰の奥が疼くのを感じた。ひくつく孔から白濁が溢れでるのが判り、顔が熱くなる。
 彼の膝のうえに向かいあう恰好で座り、躰に水をかけてもらいながら、光希はぐったりと力を抜いて、たくましい肩に頭を預けた。
「絶対、筋肉痛になる……酷いよ」
 泣き言をいうと、ジュリアスはくぐもった声で笑った。
 精魂尽き果てた光希を、ジュリアスは責任もって甲斐甲斐しく世話した。丁寧に後孔こうこうを洗い流し、躰を拭いて、着替えを手伝い、光希を抱きかかえて寝室まで運んだ。
 世話を焼かれるうちに、光希は快い半睡状態に陥っていたが、寝台に押し倒されると目が覚めた。
「もうしないよ!?」
 慌てて逃走を試みるが、ジュリアスは容赦なく迫ってくる。
「……治療の続きです」
「はぁっ!?」
 問答無用で裸にむかれて、仰向けに押し倒された。
 明るい朝の寝室で、ジュリアスは優雅な仕草で金髪を耳にかけながら、光希の剥きだしの股間に顔を沈めた。
「もぅ、でないよ……」
 これ以上は本当に無理だ。熱い息がかかると、先端は、期待というより怯えからぴくりと震えた。
「少しだけ、かわいがらせて」
 長くて形のよい指が、光希の性器に触れる。美しいくちびるを開いて、力なく垂れた性器を口に含んだ。
「ぁ……」
 ねっとりと熱く濡れた粘膜に包まれて、光希は呻いた。目をあわせると、ジュリアスは薄く笑って、見せつけるように先端を舐めあげた。
「っ、舐めても……でないよ……」
 甘い疼きは感じるが、ちあがる力はない。
「……ン……でも、光希の匂いがする」
 光希は真っ赤になって、金髪を両手で押しのけ、腰を引かせた。
「いわない! 禁止! おしまいっ!!」
 ジュリアスはくすっと笑うと、躰を起こした。傍机から香油瓶をとりだすと、逃げようとする光希を掴まえて、下半身にたっぷりと垂らした。柔らかな木蓮の香りが漂う。
「っ、やりすぎだよ、もぅ……」
「いいでしょう? ずっと禁欲させられていたのですから、今日くらいは」
「えぇぇ……さっき治療って……治療ってぇ」
「快感による催眠療法です」
「ううぅぅ、何それ~……」
 文句をいっている間にも、後孔に指がでたり入ったりしている。まだ柔らかい蕾に三本の指がもぐりこみ、優しく広げられると、光希も半ば諦めたように躰を弛緩させた。
 視線を交わしながら、濡れそぼった尻に、ゆっくりと慎重に突き刺さっていく。
「痛くありませんか?」
「……へいき」
 美貌がおりてきて、くちびるが重なった。思い遣りに満ちたキスに、躰の奥がとろりと潤う錯覚がした。
(――気持ちいいな……)
 強烈な快楽がなくても、優しく抱きしめられて、キスを与えらえると心が蕩けそうになる。このまま、じっとしていたい……
 しかし心臓がきゅうっと切なくなって、肉襞が包みこむように蠕動ぜんどうした瞬間、ジュリアスもその強烈な快感に呻き、加減のたがを外したように、激しい腰遣いで、悦楽を穿ち始めた。
「はぅっ! あ、あっ、んッ!」
 ふくよかな胸を揉みしだかれながら、奥を突かれまくる。
 浴室で躰を繋げるより寝台での行為は格段に楽だが、その反面、破城槌はじょうづちのごとく力強く貫かれる。
 しかし嬌声に少しでも苦しげな響きがまじると、すぐに加減してくれるので、下肢の強張りは甘く解けた。
「あ、あっ、ひぅ……っ」
 光希がびくびくっと痙攣すると、ジュリアスは律動を緩めて、快感の余韻を優しく促した。
「……後ろを向いて」
 抜けたと思ったら腰を両腕で掴まれて、光希は眉を八の字にさげた。
「もう疲れたよ……」
 泣き濡れた声で懇願すると、ジュリアスはなだめるようにくちびるにキスをした。
「これが最後です……お願い」
 彼がめったに口にしない“お願い”の威力は凄まじかった。
「うぅぅ……ずるい……っ」
 ジュリアスに甘えられると、なんでもしてあげたくなる。光希は真っ赤な顔で呻くと、四つん這いになり、上半身を伏せて尻を高くあげた。
「ありがとう。力を抜いて……ゆっくり挿れますから」
 いわれた通りに四肢から力を抜くと、先端を蕾に宛がわれた。さんざん貫かれたそこは、ぬぷぷっ……といともたやすく飲みこんでいく。
「ン……」
 奥まで剛直をみしめると、もはや何度目か判らぬ緩やかな律動が始まった。
「夢で……こんな風にされた?」
「ち、ちが……っ……あぁッ」
「そう、違います。光希を抱いているのは、は……私です。忘れないで……っ」
 敏感な奥処おくかを攻められて、光希はすすり泣きながら、何度も頷いた。
「ふ、……見えなくても、私を感じて、思い浮かべて。貴方に触れられるのは、私だけです!」
 ぎりぎりまで引き抜いてから、ずちゅっと最奥まで貫かれて、視界に白い星が散った。
「あふッ、ン! ……ぁ……わかったから、も、疲れたよぅ……」
 恥も外聞もなく涙声で訴えると、ジュリアスは律動をごく緩やかなものにした。繋がったまま横向きに寝転がり、背中から光希を優しく抱きしめる。
 波間をたゆたうように、押しては引いて……ゆったりした抽挿ちゅうそうが繰り返され、光希は恍惚の表情を浮かべた。
「気持ちいい?」
「ん……」
「これは……?」
 優しく囁かれながら、性器を揉みしだかれる。
「ン……気持ちいい……」
「これも好き……?」
 片方の乳首を指に摘まれて、もう片方は口に含まれた。そっと吸いあげらると、光希の腰は電流が流れたみたいに撥ねた。
「んっ……好き……ぁ、ふぁ……っ」
「目を閉じて、私に抱かれている姿を想像してみて」
 その官能的な囁きは、確かに光希に魔法をかけた。目を閉じても鮮明にジュリアスが見える。
「貴方に触れるくちびるも、指も……それは全部、私の愛撫です……忘れないで」
 想像のなかで――現実でも――驚くほど巧みに動くくちびる、舌、指……彼によってもたらされる快感が、夜毎のおぞましい妄想を塗り替えていく。
「あぁ、はぁ、ん……っ」
「この豊かな胸に触れて、つんとした頂を口を含むのは、私だけ……」
 優しく頂を吸われて、光希は腰をくねらせた。
 抽挿ちゅうそうが早くなり、淫らに突きあげてくる。耳に艶めいた吐息が触れてぞくぞくする。
 紅くちあがった乳首を、ぢゅうっと吸いあげられた瞬間、脳が白くけた。
「あ、あぁ~――……っ」
 光希が極めたあとに、ジュリアスも達した。奥処おくかを熱い飛沫に濡らされながら、自らもおびただしい精液を噴きあげた錯覚がしたが、実際には何もでていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
 光希は荒い息をつきながら、ごろんとジュリアスの方を向いて、同じく息を乱しているジュリアスの肩に頭を乗せた。
「……すごい、ぁ、悪夢が吹き飛んだ……」
 くぐもった声でいうと、ジュリアスは光希の頭を優しく撫でた。
「夢のなかでも私を想ってください」
「……忘れたくても忘れられないよ……もおぉ、朝からやりすぎだよ~……っ」
 赤くなった顔を両手に沈めて、光希が呻くと、ジュリアスは低く、喉の奥で笑った。
 濃厚な情交を終える頃には、昼をとっくに過ぎていた。
 熱烈に交わったせいで光希はぐったりさせられたが、よどんだ気持ちは消えていた。
 ジュリアスに至っては、これ以上ないというほど艶々溌溂としている。軍服に着替えて颯爽と凛々しく、先ほどまでの妖艶な姿は幻かなと思うほどだ。
 ふたりは中庭に面したテラスで、遅い昼餉を共にしていた。
 大きなアカシアの、あざやかな緑の葉の天蓋から淡い陽が射している。
 気だるさの余韻で光希は口数少ないが、幾つかの悩みから解放されて、その表情は柔らかい。ジュリアスの方も、穏やかな雰囲気を纏っている。
 食後に檸檬を添えた紅茶が運ばれてくると、ジュリアスは視線で光希を愛でながら訊ねた。
「ほかにはもう、心配事はありませんか?」
 光希がちょっと考える素振りを見せると、青い瞳がきらりと光った。
「この際、すべて話してください」
「……判った。実は、ちょっと気になっていることがあって。ベルテたちのことなんだけど」
「ベルテ?」
「浴室担当のベルテと、その婚約者で厩舎番のアリだよ。
ベルテは浴室担当だから、割と話すんだ。気立てのいい子だよ。それでね……」
 と、光希は事情を話した。
 要約すると、アリの浮気現場を見てしまったこと。ベルテは婚約者の裏切りを知らないかもしれないこと。彼女は今帰郷しており、もうすぐ邸に戻ってくること。それまでには方針を決めたいと思っていること――以上である。
「ジュリはどう思う? 真実を告げることが、彼女のためになると思う?」
「……そうですね。先ず貴方が、召使の人間関係まで悩みの種にすることを知って驚いています」
 と、ジュリアスはいたって真面目な表情で感想を口にした。
 安全であるはずのクロッカス邸にいても、何某なにがしかの事件を見つけられる光希に、ジュリアスはある意味感心していた。
「ジュリ――……」
 光希が軽くにらむと、ジュリスは魅力的な微笑を口元に浮かべた。
「怒らないでください、ただの感想です。アッサラームでは一夫多妻婚も認められていますから、一概に不誠実とは決めつけられませんよ」
 なかには美姫を侍らせたい好色家もいるが、根底にあるのは、富める者が多くを扶養する相互扶助の精神だ。
「そうかもしれないけど……」
 光希は不服げに言葉を濁したあと、ジュリアスの顔の前にぴっと指を立てた。
「でもね、あの二人はずっと仲良しで、婚約までしているんだよ? あんな人目を偲ぶような逢瀬は、浮気にしか見えなかった」
「ここで我々が憶測をしても無益ですよ。当人同士で話しあうほかに、解決の道はないでしょう」
「そうだよねぇ……でもその前に、アリに事実を確認すべきかな?」
「そんなに重い決断ですか? 気まずいのであれば、家長であるベルテの父親に伝えるという方法もありますが」
「それはしたくない」
 光希は即答した。
 アッサラームにおいて家長の決定は光希が思う以上に重い。ベルテの父親が不義と認めた場合に、二人はろくに話しあいもできずに引き裂かれてしまう可能性があるのだ。
「では、私から話しましょうか?」
「ジュリが?」
 光希は困惑げに彼を見つめた。
「ええ。ベルテは今里帰りしているのですよね? 邸に戻ってきたら、関係者を集めて決着をつけましょう」
「……うん……」
 光希が曖昧に頷くと、ジュリアスは微苦笑を浮かべた。
「心配しなくても、公平な判断をするつもりです。まずは双方の話を聞いてみましょう」
「うん」
 今度は光希も笑顔で頷いた。
「もっと早く打ち明けてくれたら良かったのに」
「あはは……」
 と、光希は苦笑い。
 話すのを躊躇っていたのは、公宮で起きた惨劇を見てきたから、という事情もある。
 時の流れは様々な変化を生む。真実が人を救うこともあれば、追い詰めることもある……そして、癒やされる傷もあれば、膿み爛れていく傷もある。
(難しいなぁ……人の心ばかりは、どうにもならない……)
 ものうい溜息をつくと、優しく髪を撫でられた。慈しみに満ちた、えもいわれぬ青い瞳が光希を映している。
 ジュリアスに愛されているという奇跡を、光希はあらためて噛み締めた。
 過保護がたまに辛く、喧嘩もするけれど、強くて恰好よくて、優しくて、頼りになって、光希をとても大事にしてくれる。光希だけのジュリアスだと囁いてくれる彼が愛おしい。
 世界で一番ジュリアスを愛している――心からそう思える幸せを、あらためて噛み締めた。