アッサラーム夜想曲

クロガネの応援歌 - 1 -

 大戦が終結し、欠けた人員の補充も兼ねて、クロガネ隊に新人が配属されることになった。
 光希の所属する工作班にも、十名の配属が決まった。
 そのうちの五名は成人したばかりの少年達で、光希より背も低く、整った顔立ちはあどけなさを残している。腰に佩いたサーベルも重たそうだ。
 クロガネ隊の伝統として、一年以上勤務した者には、直属の弟子がつく。光希がアルシャッドに師事するように、他の者にも決まった師匠がいて、自分の成長と共に弟子がつき、技術を後衛へと伝えていくのだ。
 光希は既にクロガネ隊に三年勤めているが、特異な身分ゆえ、これまで弟子を持たなかった。
 その暗黙の了解に、一石を投じたのはアルシャッドである。
 彼は、新人が投入されることを機に、光希に弟子をつけることを提案したのだ。なかには案じる声もあったが、サイードの後押しもあり実現した。
 一人だけを弟子にして不平が生まれぬよう、ケイトが補佐につく形で、三人の弟子をとることに決まった。
 教育をしたことのない光希は緊張しつつも楽しみにしており、自分とアルシャッドのように良好な関係を築いていけることを期待していた。

 記号アム・ダムール四五三年。四月一〇日。
 初々しい三人の少年達は、背を伸ばし、かかとをきっちりと揃えて光希の前に立った。青い瞳を期待と希望に煌めかせて、まだ丸みのある頬を仄かに染めている。
「お会いできて、光栄です! シャイタンーンの花嫁ロザイン
「いやいや、そんな……」
 一点の曇りもない憧憬の眼差しを向けられて、光希は頭を掻いた。周囲を見渡せば、同僚達はにやにやしながら眺めている。
「毎年の名物だけど、大戦を乗り切って箔がつきましたなぁ。今年は勢いが違う」
 からかうように、禿頭とくとうのサイードがいった。
 光希が苦笑で応えると、面白がるような顔つきのケイトと目が遭った。彼は誤魔化すように咳払いをすると、胸に手を当てて少年達に向き直った。
「僕はケイトです。殿下と共に、君達の指導に当たります。判らないことがあれば、遠慮せずに訊いてください」
 柔和な笑みでケイトがいうと、三人は元気よく返事をした。スヴェンはケイトに目が釘づけになっている。一目惚れか?
 楽しくなりそうな予感に、光希は密かに胸を躍らせた。
 新人が増えると職場は活気づく。いつもに増して騒がしく、毎日怒号や笑え声が明るい工房に響き渡った。
 十日も経つ頃には、三人の間に差が生まれ始めた。
 同時に教えていても、呑みこみ方や速度が違う。
 最も覚えが早いのはスヴェンで、天性の才に恵まれていた。要領も愛想も良く、器用に何でもそつなくこなすので、早くも将来を嘱望しょくぼうされている。純情な一面もあり、頬を染めてケイトに話しかける様子などは見ていて微笑ましい。
 パシャは個性派で、単純な課題を与えても、思いもよらぬ見事な結果で応えてみせる。才能豊かなのだが、いささか飽きっぽい性質をしており、単調な作業が続くとやる気をなくす。
 二人の影に隠れてあまり注目されないノーアは、三人の中で一番の努力家で、人が嫌がる単調作業も率先して引き受けている。内向的な性質で、自分から人に声をかけることは苦手なようだ。呑みこみも遅く、たがねを持つ段階になると、一度はいらぬ傷をつけてしまう。
 ここ最近よく見かける光景は、失敗の多いノーアをスヴェンがからかい、気まぐれにパシャが口を挟むというものだ。
 三人の中で中心的な役割を担っているのは、スヴェンである。
 日が経つにつれて、その傾向は顕著になった。苦戦するノーアの世話を焼き、我関せずなパシャに声をかけて、三人で励もうとしている。
 互いに切磋琢磨していってほしいものだが、ノーアは大分苦戦しているようだ。他の二人が優秀過ぎて、追いつくことに必死に見える。
 自然と、光希もケイトもノーアに時間を割くことが増えていった。ケイトを好いているスヴェンはこれが面白くなく、些細なことでノーアに突っかかるようになった。
 今も、終課の鐘が終わっても席を立とうとしないノーアを、物言いたげな顔でスヴェンは見下ろしている。
「あと何が残ってるの? 手伝おうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫、自分でやれるから」
 申し出をやんわりと断られ、スヴェンは複雑そうな表情を浮かべた。
「ノーアさ、あんまり工房に居残るなよ」
「うん……でも、僕だけ遅れてるから」
 ノーアはぎこちない笑みを浮かべていったが、次のスヴェンの言葉に笑みを消した。
「お前があんまり工房に詰めてると、終課であがる俺等がさぼってるように見えるじゃん」
「え……」
「俺、自分が残るのも好きじゃないけど、人が残るのも嫌なんだよ」
「そっか……んと、気にしないで。これは僕の仕事だし、大分やりかけちゃって、手渡すのも中途半端だから」
「そうか?」
「うん」
「……後で先輩に教えてもらってんの?」
「いや、独りでできる作業だから」
 どこか妬心の滲んだスヴェンの口調に、ノーアも強張った表情で答えている。
 手先を動かしながら、背中に聞こえてくる彼等の会話に光希の意識は引っ張られた。
 隣を見ると物言いたげなケイトと目があって、どうする? と目配せをした。
 声をかけようか、どうしようか……躊躇っているうちに、スヴェンは工房を出ていってしまった。ちなみに、パシャはとうに帰っている。
 独り残ったノーアは、のろのろと手を動かし始めた。気のせいではなく、背中に元気がないようだ。
 人に迷惑をかけずに自力で頑張りたいノーア。そんなノーアを見ていて、効率が悪いと不満を覚えるスヴェン。
 第三者としては、どちらの気持ちも判る。
 三人の中で、ノーアの努力の比重は最も大きいだろう。彼に求められている課題は山ほどある。それは仕方がない。
 ただ、彼等はもっと、お互いの状況に気を配れるようになるといい。できれば、そのことに自分達で気付いて欲しかった。