アッサラーム夜想曲
ノーヴァ海岸防衛戦 - 4 -
空を覆うほどのサルビア軍を見て、ルーンナイトは既視感に襲われた。
怖いくらい、ジャファールの予期した通りの布陣だったからだ。つくづく彼の深謀遠慮 には敬服させられる。
いやはや、この光景を見せてやりたいものだ。自画自賛するのではないか?
おかげで布陣は読めた――
敵の最前線は、空を覆うほどの横隊包囲陣。その背後の陣形は縦隊で、一見攻めやすそうに見えるが、弱点と見せかけた罠だ。
縦隊の中隊単位で疎散 させ、いかにも隙間から脱出ができるように見せかけているが、一度入ったが最後、中隊単位ながらも密集隊列を維持している重装飛竜に鏖殺 されて終わる。
そして、この正面に集中せざるをえない周到な包囲網こそ罠だ。
サルビア軍は精鋭を中央にぶつけてアッサラーム軍を足止めし、その間に別部隊が迂回して上陸を狙ってくるだろう。
二重、三重にも張り巡らせた布陣の罠を、ルーンナイト一人では到底読み切れなかった。
決して、一人ではない――
ノーヴァを生き抜いた精鋭達。
ジャファールとアルスランの託してくれた、対サルビアの計略。戦場の士気の高さ。
ムーン・シャイターンから受け継いだ中央後方支隊。
アースレイヤの送ってくれたアッサラームからの援軍。
今この場に立ち、共に前線へ向かう、アッサラームの全将兵達。
畢竟 。
あらゆる力に支えられて、今ここにルーンナイトは立っている。
+
――伝令。迎撃開始! 緩やかに前線を押し出し、第一飛竜隊投射開始!
杖で機動合図を送ると、伝令がすぐに発煙筒に火を点ける。
ついに前線が衝突した。鋭い飛竜の咆哮が空に響き渡る。
サルビア軍は最初から総攻撃を仕掛けてきた。探り合いなどせず、前線を押し上げてくる。
敵の中央布陣から、精鋭部隊が前線に滲み出してくると、ルーンナイトは一度前線を下げさせた。
――伝令。前線部隊、元ノーヴァの小隊と交代、正対を仕切り直し! 遠慮はいらない。敵の精鋭を思いっきり叩け!
敵の精鋭が突出してきたら、こちらも最精鋭――報復に燃える元ノーヴァ兵を当てて、敵の猛攻を防いだ。四百の元ノーヴァ兵を機動連携に組み入れず、突破戦力とする作戦である。
“殲滅せよ”というルーンナイトの指示に、元ノーヴァ兵は一騎当千の働きを見せた。意気衝天の闘志で、迷いも恐れもなく果敢に斬りこんでいく。
互いの精鋭同士の衝突では、アッサラームが押しているとルーンナイトは判断した。思わず杖を握る手に力が入る。
当然だ。闘志が違う!
斬りこんでいる彼等も、手応えを感じているだろう。ジャファールなら、そろそろ引きの合図を出すのだろうが……いい空気だ。こういう時は攻めて良し!
青い軍旗に追い風が吹く――
ルーンナイトの押しの強さは、このノーヴァ防衛戦においては功を奏した。
というのも、サルビア軍の総指揮官は、ジャファールの周到な計略を闘い抜いてきた為、本人も知らずうちに、非常に用心深くなっていた。
どんな些細な動きも見逃すまいと慎重になり、ルーンナイトが勢いで攻める時にも、裏があるのでは……と深読みし過ぎて、何事においても起動が遅れた。
実際、ルーンナイトも作戦の本筋はジャファールの計略に沿っている為、サルビアの総指揮官は、ジャファールの匂いを嗅ぎとっては惑乱させられた。
相対する将――ルーンナイトの本質を掴めず、まるでジャファールの亡霊と闘っているような、不気味な恐ろしさを感じとり、本陣勢力を二分する迂回起動に踏み込めずにいた。
そして、敵が陥るその心理を、ジャファールは読み切っていた。
計略図に記された通りである。
“……敵は疑心に囚われ、追撃の手を緩める。前線の進撃速度が落ちれば、迂回起動を足踏みしている証拠。機を逃さず北から伏撃すべし”
今こそが伏撃の「機」だろう。ルーンナイトは決然と眼前を睨 め付けるや、機動を指示する指揮杖を振り上げた。
――伝令。今を逃すな。敵の背後に食らいつけ!
機動合図と共に、伝令がすかさず進撃を伝えるべく発煙筒に火を点ける。
サルビア軍の背後はがら空きだ。完全に狙い通り。恐ろしいほど思い描いた通りに、戦況が動く。
鳥肌を覚えずにはいられない。まるで、隣にアルスランとジャファールが立ってくれているようだ。
あらゆる力に背中を押され、機動合図と共に叫んだ。
「行けぇ――っ! 前線を押し返せ!!」
北の空に伏していたムエザ将軍は、ルーンナイトの指示に素早い機動で応じた。サルビアの無防備な背後に一斉に襲いかかる!
死角からの伏撃に、サルビア軍は大いに狼狽えた。
「中央を叩け!」
サルビア軍が陣形を崩したところに一斉攻撃を命じると、全隊が光矢の如く敵陣を襲い、大いに痛手を負わせた。
立て直しを迫られたサルビア軍は、撤退命令を出さざるをえなかった。衝突と共に勝負をつける算段でいたサルビア軍は大いなる誤算である。
+
初日を乗り切り天幕に将を集めると、互いの肩を叩き合った。
命を落とした者もいる――しかし、最も恐怖とされた激突初日のサルビアの猛攻を防衛し切ったのだ。
「お見事でした」
天幕にムエザ将軍が現れると、ルーンナイトはつい癖で最敬礼をしそうになり、将軍本人に止められた。
「皇子、ここでの総大将は貴方だ」
「先生が、きてくれるとは思いませんでした」
「宮殿にいても退屈ですからな」
寛いだ様子で人の悪い笑みを浮かべるも、向ける眼差しは、手塩にかけた弟子を見るそれであった。
「はは、相変わらずですね」
「初日の勢いは大切です。今日の功績は大きい」
労いと共に肩を叩かれ、ルーンナイトも大きく頷いた。
「ありがとうございます」
幸先の良い開戦を迎えられたが……まだ始まったばかりだ。日を重ねるごとに、戦況は厳しくなるだろう。
孤立したノーヴァの空同様、ここも長くはもたない。
だが、何としてもムーン・シャイターンがハヌゥアビスに勝利するまでは、ここを生かさなくては……。
最後は、士気の高さがものを言う。
翌日も、ルーンナイトは戦いの前に将を集め、黒牙の切っ先を合わせた誓願を立てた。
「決して倒れるな。前線に立ち続けろ。今日を乗り越え、再び全員でここに集まるぞ!」
「「オォッ!!」」
一日を乗り越えるごとに、天幕に集う将の数は一人、また一人と減って行ったが、ルーンナイトはこの誓願を、闘いの前に必ず行った。
一方――
中央陸路も戦況は激化していた。
シャイターンとハヌゥアビスの、神力を解放した頂上決戦が繰り広げられているのだ。
東の空は、まるで天が割れたような轟音を響かせ、青い閃光を走らせた。
その凄まじさは、時にノーヴァ海岸を攻めるサルビア軍を恐怖させるほどであった。
+
ノーヴァ海岸の激突から十五日。
夜戦明けの野営地は、寝静まりかえっている。
サルビアの絶え間ない猛攻に、ノーヴァ海岸を守る兵の疲労は限界に近づいていた。
“撤退を見誤るな。”
襟に留めた翼の章に指で触れながら、アースレイヤの言葉を思い返す。限界はどこにあるのか。今こそジャファールの苦慮が判る。
一進一退の攻防の行方を、神のみぞ知るというのなら……祈らずにはいられない。
――シャイターン。どうかアッサラームを嘉 したもう。
怖いくらい、ジャファールの予期した通りの布陣だったからだ。つくづく彼の
いやはや、この光景を見せてやりたいものだ。自画自賛するのではないか?
おかげで布陣は読めた――
敵の最前線は、空を覆うほどの横隊包囲陣。その背後の陣形は縦隊で、一見攻めやすそうに見えるが、弱点と見せかけた罠だ。
縦隊の中隊単位で
そして、この正面に集中せざるをえない周到な包囲網こそ罠だ。
サルビア軍は精鋭を中央にぶつけてアッサラーム軍を足止めし、その間に別部隊が迂回して上陸を狙ってくるだろう。
二重、三重にも張り巡らせた布陣の罠を、ルーンナイト一人では到底読み切れなかった。
決して、一人ではない――
ノーヴァを生き抜いた精鋭達。
ジャファールとアルスランの託してくれた、対サルビアの計略。戦場の士気の高さ。
ムーン・シャイターンから受け継いだ中央後方支隊。
アースレイヤの送ってくれたアッサラームからの援軍。
今この場に立ち、共に前線へ向かう、アッサラームの全将兵達。
あらゆる力に支えられて、今ここにルーンナイトは立っている。
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――伝令。迎撃開始! 緩やかに前線を押し出し、第一飛竜隊投射開始!
杖で機動合図を送ると、伝令がすぐに発煙筒に火を点ける。
ついに前線が衝突した。鋭い飛竜の咆哮が空に響き渡る。
サルビア軍は最初から総攻撃を仕掛けてきた。探り合いなどせず、前線を押し上げてくる。
敵の中央布陣から、精鋭部隊が前線に滲み出してくると、ルーンナイトは一度前線を下げさせた。
――伝令。前線部隊、元ノーヴァの小隊と交代、正対を仕切り直し! 遠慮はいらない。敵の精鋭を思いっきり叩け!
敵の精鋭が突出してきたら、こちらも最精鋭――報復に燃える元ノーヴァ兵を当てて、敵の猛攻を防いだ。四百の元ノーヴァ兵を機動連携に組み入れず、突破戦力とする作戦である。
“殲滅せよ”というルーンナイトの指示に、元ノーヴァ兵は一騎当千の働きを見せた。意気衝天の闘志で、迷いも恐れもなく果敢に斬りこんでいく。
互いの精鋭同士の衝突では、アッサラームが押しているとルーンナイトは判断した。思わず杖を握る手に力が入る。
当然だ。闘志が違う!
斬りこんでいる彼等も、手応えを感じているだろう。ジャファールなら、そろそろ引きの合図を出すのだろうが……いい空気だ。こういう時は攻めて良し!
青い軍旗に追い風が吹く――
ルーンナイトの押しの強さは、このノーヴァ防衛戦においては功を奏した。
というのも、サルビア軍の総指揮官は、ジャファールの周到な計略を闘い抜いてきた為、本人も知らずうちに、非常に用心深くなっていた。
どんな些細な動きも見逃すまいと慎重になり、ルーンナイトが勢いで攻める時にも、裏があるのでは……と深読みし過ぎて、何事においても起動が遅れた。
実際、ルーンナイトも作戦の本筋はジャファールの計略に沿っている為、サルビアの総指揮官は、ジャファールの匂いを嗅ぎとっては惑乱させられた。
相対する将――ルーンナイトの本質を掴めず、まるでジャファールの亡霊と闘っているような、不気味な恐ろしさを感じとり、本陣勢力を二分する迂回起動に踏み込めずにいた。
そして、敵が陥るその心理を、ジャファールは読み切っていた。
計略図に記された通りである。
“……敵は疑心に囚われ、追撃の手を緩める。前線の進撃速度が落ちれば、迂回起動を足踏みしている証拠。機を逃さず北から伏撃すべし”
今こそが伏撃の「機」だろう。ルーンナイトは決然と眼前を
――伝令。今を逃すな。敵の背後に食らいつけ!
機動合図と共に、伝令がすかさず進撃を伝えるべく発煙筒に火を点ける。
サルビア軍の背後はがら空きだ。完全に狙い通り。恐ろしいほど思い描いた通りに、戦況が動く。
鳥肌を覚えずにはいられない。まるで、隣にアルスランとジャファールが立ってくれているようだ。
あらゆる力に背中を押され、機動合図と共に叫んだ。
「行けぇ――っ! 前線を押し返せ!!」
北の空に伏していたムエザ将軍は、ルーンナイトの指示に素早い機動で応じた。サルビアの無防備な背後に一斉に襲いかかる!
死角からの伏撃に、サルビア軍は大いに狼狽えた。
「中央を叩け!」
サルビア軍が陣形を崩したところに一斉攻撃を命じると、全隊が光矢の如く敵陣を襲い、大いに痛手を負わせた。
立て直しを迫られたサルビア軍は、撤退命令を出さざるをえなかった。衝突と共に勝負をつける算段でいたサルビア軍は大いなる誤算である。
+
初日を乗り切り天幕に将を集めると、互いの肩を叩き合った。
命を落とした者もいる――しかし、最も恐怖とされた激突初日のサルビアの猛攻を防衛し切ったのだ。
「お見事でした」
天幕にムエザ将軍が現れると、ルーンナイトはつい癖で最敬礼をしそうになり、将軍本人に止められた。
「皇子、ここでの総大将は貴方だ」
「先生が、きてくれるとは思いませんでした」
「宮殿にいても退屈ですからな」
寛いだ様子で人の悪い笑みを浮かべるも、向ける眼差しは、手塩にかけた弟子を見るそれであった。
「はは、相変わらずですね」
「初日の勢いは大切です。今日の功績は大きい」
労いと共に肩を叩かれ、ルーンナイトも大きく頷いた。
「ありがとうございます」
幸先の良い開戦を迎えられたが……まだ始まったばかりだ。日を重ねるごとに、戦況は厳しくなるだろう。
孤立したノーヴァの空同様、ここも長くはもたない。
だが、何としてもムーン・シャイターンがハヌゥアビスに勝利するまでは、ここを生かさなくては……。
最後は、士気の高さがものを言う。
翌日も、ルーンナイトは戦いの前に将を集め、黒牙の切っ先を合わせた誓願を立てた。
「決して倒れるな。前線に立ち続けろ。今日を乗り越え、再び全員でここに集まるぞ!」
「「オォッ!!」」
一日を乗り越えるごとに、天幕に集う将の数は一人、また一人と減って行ったが、ルーンナイトはこの誓願を、闘いの前に必ず行った。
一方――
中央陸路も戦況は激化していた。
シャイターンとハヌゥアビスの、神力を解放した頂上決戦が繰り広げられているのだ。
東の空は、まるで天が割れたような轟音を響かせ、青い閃光を走らせた。
その凄まじさは、時にノーヴァ海岸を攻めるサルビア軍を恐怖させるほどであった。
+
ノーヴァ海岸の激突から十五日。
夜戦明けの野営地は、寝静まりかえっている。
サルビアの絶え間ない猛攻に、ノーヴァ海岸を守る兵の疲労は限界に近づいていた。
“撤退を見誤るな。”
襟に留めた翼の章に指で触れながら、アースレイヤの言葉を思い返す。限界はどこにあるのか。今こそジャファールの苦慮が判る。
一進一退の攻防の行方を、神のみぞ知るというのなら……祈らずにはいられない。
――シャイターン。どうかアッサラームを