アッサラーム夜想曲

ノーヴァ海岸防衛戦 - 2 -

 ルーンナイト率いる飛竜隊は、青い軍旗を閃かせてノーヴァの空を翔けた。
 目指すは国門の北、ノーヴァ海岸である。
 かつて聖戦の舞台となったスクワド砂漠よりも、更に東端にある海と陸の境目、断崖絶壁。航路と陸路では攻め込めない、空を行くしかない難関地形だ。
 最速で翔けた甲斐があり、サルビアの進撃より早く海岸に布陣せしめた。

「今回、最初から判りきっていることがある」

 絶壁を見下ろしながら呟くと、歴戦の将、副官のカシカが隣に並んだ。

「兵力差でございますか?」

「サルビアとの兵力差はもちろんだが……向こうはノーヴァを落として勢いづいている。寄り道せず最速で、真っ直ぐ西へ攻め込んでくるだろう」

 いかにも確信めいた口調で告げると、カシカは一つ頷き、厳しい眼差しを空に向けた。

「いかにも。夜戦になる可能性もありますな」

「そうだ。知りがたきことかげの如く、動くこと雷のふるうが如し……」

 ジャファールに託された計略図と、眼前に広がる絶壁を見て、ルーンナイトは感心せずにはいられなかった。

「ジャファール将軍の言ですか?」

「ああ……向こうは、こちらの軍勢を十万で見積もっている。後方支隊の五万、アッサラームから五万。しかし実際は、向こうにとって未知の勢力、公宮勢力五万の軍勢が隠されている。この敵の死角にある五万は大きい」

「戦闘隊形の幅も広がりますな」

をもって直となす。ジャファールの言に乗って、秘められた五万はノーヴァの北を迂回させる。向こうが神速で懐に飛びこんできたところを伏撃させる。がら空きの背後を美味しくいただきだ」

 カシカはルーンナイトの手元を覗きこみながら、感心したように頷いた。

「ジャファール将軍は真に天才ですな。この計略図、未来を見てきたとしか思えませぬ。隠された五万の軍勢を、どうやって知りえたのか……」

「本当だな。今この場にいてくれたら、どれほど心強いか……」

 弱気を口にしたと悟り、途中で止めた。今は、考えても仕方のないことだ。

「ルーンナイト皇子」

 名を呼ばれて振り向くと、クロガネ隊のケイト一等兵が立っていた。彼はアッサラームと通門拠点間の伝令を務める一人だ。

「ケイト、状況はどうだ?」

 線の細い少年兵は大体いつも緊張しているが、今日の表情は明るいように見える。これは期待できそうだ。

「吉報です。一つ、明日の夕刻には、ムエザ将軍率いる十万の援軍が、西の空から現れる見込みです。二つ、通門拠点に運ばれたアルスラン将軍が目を覚ましました。早速指揮を執り、各所への連絡も加速し始めています」

重畳ちょうじょう!」

 思わず、カシカと共に笑顔になった。
 援軍も然りだが、アルスランの回復も喜ばしい。ルーンナイトの抜けた国門は、ここへきてからも心に巣食う憂慮であった。
 彼がいれば、国門は問題ない。花嫁のことも支えてくれるだろう。これで前線に専念できる。
 それに援軍を率いるムエザ将軍は、東西を駆けた皇帝を傍らで支え続けた、誰もが認める歴戦の将だ。今も皇帝の麾下きか部隊をまとめる宮殿の守護神として、周囲からの信は厚い。また、ルーンナイトの幼少時に、剣の稽古をつけてくれた師でもあった。

「陛下には、よくお礼申し上げねばな」

「ご武運を……そうおっしゃっていたそうです」

 変わらぬ豪胆な笑みが思い浮かび、ふっと笑みが洩れた。稽古をつけてもらう度に、容赦なく壁まで吹っ飛ばされたものだ。

「先生なら、俺の指示など不要だろう。ジャファールの計略を活かす。五万を率いて北に回り、伏撃に備えよとだけ伝えて欲しい。天幕に書簡がある。持って行ってくれ」

「御意」

 ケイトの背中を見送った後、カシカに肩を叩かれた。

「心強いですな」

「さっきの弱音は、忘れてくれ」

「ふはは……」

 何でも把握している副官の存在とは、やっかいなものだ。

「中央の吉報が待ち遠しいな」

「そうですな……皇子、ムエザ将軍に連携機動の仔細を伝えなくてよろしいのですか? 今なら伝令に託せます」

「俺の仕事は、ここで踏ん張ることだ。先生も勝手にやれる。下手に連携なぞ意識したら、あっという間に全滅するぞ」

 あっけらかんと言えば、カシカの瞳は呆れを含んで細められた。

「相変わらず、大雑把でいらっしゃる……」

「ふはは!」

 何を今更。カシカの真似をして笑い飛ばしてやった。