アッサラーム夜想曲
ハヌゥアビスの進撃 - 3 -
姿は見えないが、梢を不気味に揺らして、とんでもなく巨大なものが、徐々に近づいていることだけは判る。
大地を揺るがす地響きと共に、地上の小石はカタカタと小刻みに揺れた。
あと数日もすれば、重量四足騎竜が姿を見せることであろう――
+
ユニヴァースは野営で寛いでいるところを、軍議をかわす将達の天幕に呼ばれた。
少々緊張しながら中へ入ると、ムーン・シャイターンはユニヴァースが着席するのを待ってから、地図上の駒をいったん取り払い、一から説明を始めた。
「整理しよう。間もなくサルビアの本陣が攻めてくるが、思っていた以上に重量四足騎竜の数が多い。そこで……対飛竜戦で使われる横に長い短形 で臨もうと思う。中隊の三段構成にして、十分な間隙 を空ける。騎竜が突進してきたら柔軟に躱 せ。右翼騎兵部隊の指揮をヤシュム、左翼騎兵部隊の指揮をアーヒム、中央は私が受け持つが、ハヌゥアビスが出てきたら応戦に追われて、まともに指揮は執れなくなるだろう。そこで――」
「――もしかして、俺に指揮を?」
空気を読んで言葉を継いだら、間髪入れずに机を囲んでいた全員からつっこまれた。
「おい」
「阿呆か」
「馬鹿か」
「なわけあるか」
「……ユニヴァースに遊撃隊を任せたいのです。間隙の合間に立ち、騎竜が攻めてきたらシャイターンの神力で足止めしてください」
「なるほどぉ……」
さらりと言われたが、相当な苦労を伴う予感がする。できるだろうか?
長くはもたないが、人よりも神力には長けている。
束の間であれば剛剣をもってして、はるか重たい騎竜でも斬り伏せられる……かもしれない。
「重量四足騎竜に暴れられると、対戦車用に苦労して打ち込んだ杭が無駄になります。戦車は無視してもいいので、とにかく重量四足騎竜を狙ってください」
「――っ!」
あの苦労が水の泡になるなんて……悪夢でしかない。身の内に俄然、闘志が湧いてきた。
「俺の精鋭から、三百の騎兵を預けよう。好きに使うといい」
ヤシュムの言葉に思わず目を輝かせた。小隊といえど、指揮を任されたのは初めてだ。
「ありがとうございます!」
+
数日後。サルビア軍は進軍と共に派手な銅鑼の音を響かせ、巨大な重量四足騎竜を連れて現れた。巨大な竜が一踏みするたびに、大きく地面が揺れる。
覚悟はしていたが、とにかく大きい。踏まれたら即死であろう……。
巨大な竜の後ろには、大鎌を車軸に取り付けた戦車の姿も見えた。あれに轢かれたら、鎧ごと切り刻まれてしまう。
軽装神速を攻撃の主とするアッサラーム軍と違い、サルビア軍は装備からしてまるで違う。全てが巨大で重い。
ユニヴァースは気合いを入れると、隣に立つ自分よりも背の高い男――デメトリスを見上げた。ヤシュムから預かった、三百の隊をまとめる将だ。
「デメトリス。俺は、かなり自由に動くから……頑張ってついてきて。これと狙いを定めた奴に俺が襲い掛かったら、全員で一斉に襲い掛かって」
「かしこまりました」
いかにも有能そうな歴戦の将――デメトリスは、ユニヴァースの緩い指示にも力強く首肯で応じる。
小隊を与えられたところで、指揮などあってないようなものであったが、ユニヴァース率いる三百の小隊は、阿鼻叫喚な戦場において意外なほど光った。
「次はあれだ! 行くぞ!」
先ずユニヴァースが人並み外れた跳躍で重量級の騎竜に駆け上り、背の馭者 を片付ける。次いで、強肩の弓隊が正確な騎射で柔い急所を狙い、ユニヴァースが神力をもってサーベルを突き立てると、巨大な重量四足騎竜も地面に跪いた。
抜群の切れ味に、ユニヴァースはサーベルを見てにんまりする。鉄 の刀身には、武神シャイターンの力を秘めた彫刻が彫られている。
以前、花嫁 に手ずから彫ってもらったものだ。
最初の一匹こそ時間を要したものの、日を重ね、数をこなすうちに手慣れてきた。蜂が一斉に襲いかかるように次々と片付けていくのに、そう時間はかからなかった。
ユニヴァース達がやっかいな竜を斬り伏せる度に、味方から歓声が上がる。
「いよっし! デメトリスッ!」
竜から飛び降りると、頼りになる副官が無傷で駆け寄ってきた。
「ユニヴァース殿、お見事です」
思わず笑みを浮かべた。
目立った竜は、あらかた駆逐した。パニックに陥 ってサルビア陣営を走る竜も何頭かいるが、敵陣営を荒してくれる分には問題ない。
更に数日が経ち――
圧倒的不利な兵力差にありながらも、周囲を見渡せば、概ねアッサラーム軍が善戦していた。
サルビアの凶悪な戦車も杭に阻止され、合間から軽装歩兵が槍を投げて果敢に交戦している。
日が経つにつれ、戦車に乗った馭者は、次第に焦り、冷静さを失い始めていた。
ついには後続する味方軍の方へ戦車を乗り戻そうとして、隊列は混乱に陥り退 き色が見えてきた。
あとひと粘りだ。
手応えを感じていると、バリバリ……ッと空が割れるような、この世の終わりのような強烈な音が、辺り一面に響いた。
ユニヴァースもデメトリスも、咄嗟にその場に膝をついた。空が割れるほどの落雷があったのだと思ったが、そうではなかった。
神の与えたもう力の顕現 ――シャイターンとハヌゥアビスが激突したのだ!
そうと悟や、ユニヴァースは駆け出した。
「ユニヴァース殿!」
デメトリスの声を振り切って、音が聞こえた方へと走った。ついに始まったのだ。
恐るべき神力を宿した宝石持ち同士の、神々の威信をかけた頂上決戦。
この目で見たい……!
二人の姿は、はっきりとは見えないけれど、眩い閃光の向こうで超常の神力がぶつかっていることだけは分かった。
空に走る青い閃光は、ムーン・シャイターンの操る青い雷炎の力。全てを呑み込むような重苦しい黒い濃霧は、ハヌゥアビスの操る死の呪い。
ハヌゥアビスは、サルビア人特有の灰色の肌に、血のように赤い目をしていた。
二人は火花を散らして神懸 りの剣戟 を繰り出している。
――あれこそ、俺の目指す剣だ。
空気はびりびりと震え、衝撃で砕けたあらゆる破片が飛び散り、肌を掠 めれば血が噴き出した。
これ以上近付くのは危険かもしれない。しかし……もっと近くで見たい。
「――いけませんっ! ユニヴァース殿っ!!」
足を踏み出したところを、後ろからデメトリスに引き留められた。
「障 りとなる!」
大地を抉るような衝撃に、両軍共に引かざるをえなかった。超常を操る総大将同士の一騎打ちを、全員が離れたところから固唾を呑んで見守る。
しかし、三日三晩続いた激戦のさなか、ノーヴァが壊滅した――。
大地を揺るがす地響きと共に、地上の小石はカタカタと小刻みに揺れた。
あと数日もすれば、重量四足騎竜が姿を見せることであろう――
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ユニヴァースは野営で寛いでいるところを、軍議をかわす将達の天幕に呼ばれた。
少々緊張しながら中へ入ると、ムーン・シャイターンはユニヴァースが着席するのを待ってから、地図上の駒をいったん取り払い、一から説明を始めた。
「整理しよう。間もなくサルビアの本陣が攻めてくるが、思っていた以上に重量四足騎竜の数が多い。そこで……対飛竜戦で使われる横に長い
「――もしかして、俺に指揮を?」
空気を読んで言葉を継いだら、間髪入れずに机を囲んでいた全員からつっこまれた。
「おい」
「阿呆か」
「馬鹿か」
「なわけあるか」
「……ユニヴァースに遊撃隊を任せたいのです。間隙の合間に立ち、騎竜が攻めてきたらシャイターンの神力で足止めしてください」
「なるほどぉ……」
さらりと言われたが、相当な苦労を伴う予感がする。できるだろうか?
長くはもたないが、人よりも神力には長けている。
束の間であれば剛剣をもってして、はるか重たい騎竜でも斬り伏せられる……かもしれない。
「重量四足騎竜に暴れられると、対戦車用に苦労して打ち込んだ杭が無駄になります。戦車は無視してもいいので、とにかく重量四足騎竜を狙ってください」
「――っ!」
あの苦労が水の泡になるなんて……悪夢でしかない。身の内に俄然、闘志が湧いてきた。
「俺の精鋭から、三百の騎兵を預けよう。好きに使うといい」
ヤシュムの言葉に思わず目を輝かせた。小隊といえど、指揮を任されたのは初めてだ。
「ありがとうございます!」
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数日後。サルビア軍は進軍と共に派手な銅鑼の音を響かせ、巨大な重量四足騎竜を連れて現れた。巨大な竜が一踏みするたびに、大きく地面が揺れる。
覚悟はしていたが、とにかく大きい。踏まれたら即死であろう……。
巨大な竜の後ろには、大鎌を車軸に取り付けた戦車の姿も見えた。あれに轢かれたら、鎧ごと切り刻まれてしまう。
軽装神速を攻撃の主とするアッサラーム軍と違い、サルビア軍は装備からしてまるで違う。全てが巨大で重い。
ユニヴァースは気合いを入れると、隣に立つ自分よりも背の高い男――デメトリスを見上げた。ヤシュムから預かった、三百の隊をまとめる将だ。
「デメトリス。俺は、かなり自由に動くから……頑張ってついてきて。これと狙いを定めた奴に俺が襲い掛かったら、全員で一斉に襲い掛かって」
「かしこまりました」
いかにも有能そうな歴戦の将――デメトリスは、ユニヴァースの緩い指示にも力強く首肯で応じる。
小隊を与えられたところで、指揮などあってないようなものであったが、ユニヴァース率いる三百の小隊は、阿鼻叫喚な戦場において意外なほど光った。
「次はあれだ! 行くぞ!」
先ずユニヴァースが人並み外れた跳躍で重量級の騎竜に駆け上り、背の
抜群の切れ味に、ユニヴァースはサーベルを見てにんまりする。
以前、
最初の一匹こそ時間を要したものの、日を重ね、数をこなすうちに手慣れてきた。蜂が一斉に襲いかかるように次々と片付けていくのに、そう時間はかからなかった。
ユニヴァース達がやっかいな竜を斬り伏せる度に、味方から歓声が上がる。
「いよっし! デメトリスッ!」
竜から飛び降りると、頼りになる副官が無傷で駆け寄ってきた。
「ユニヴァース殿、お見事です」
思わず笑みを浮かべた。
目立った竜は、あらかた駆逐した。パニックに
更に数日が経ち――
圧倒的不利な兵力差にありながらも、周囲を見渡せば、概ねアッサラーム軍が善戦していた。
サルビアの凶悪な戦車も杭に阻止され、合間から軽装歩兵が槍を投げて果敢に交戦している。
日が経つにつれ、戦車に乗った馭者は、次第に焦り、冷静さを失い始めていた。
ついには後続する味方軍の方へ戦車を乗り戻そうとして、隊列は混乱に陥り
あとひと粘りだ。
手応えを感じていると、バリバリ……ッと空が割れるような、この世の終わりのような強烈な音が、辺り一面に響いた。
ユニヴァースもデメトリスも、咄嗟にその場に膝をついた。空が割れるほどの落雷があったのだと思ったが、そうではなかった。
神の与えたもう力の
そうと悟や、ユニヴァースは駆け出した。
「ユニヴァース殿!」
デメトリスの声を振り切って、音が聞こえた方へと走った。ついに始まったのだ。
恐るべき神力を宿した宝石持ち同士の、神々の威信をかけた頂上決戦。
この目で見たい……!
二人の姿は、はっきりとは見えないけれど、眩い閃光の向こうで超常の神力がぶつかっていることだけは分かった。
空に走る青い閃光は、ムーン・シャイターンの操る青い雷炎の力。全てを呑み込むような重苦しい黒い濃霧は、ハヌゥアビスの操る死の呪い。
ハヌゥアビスは、サルビア人特有の灰色の肌に、血のように赤い目をしていた。
二人は火花を散らして
――あれこそ、俺の目指す剣だ。
空気はびりびりと震え、衝撃で砕けたあらゆる破片が飛び散り、肌を
これ以上近付くのは危険かもしれない。しかし……もっと近くで見たい。
「――いけませんっ! ユニヴァース殿っ!!」
足を踏み出したところを、後ろからデメトリスに引き留められた。
「
大地を抉るような衝撃に、両軍共に引かざるをえなかった。超常を操る総大将同士の一騎打ちを、全員が離れたところから固唾を呑んで見守る。
しかし、三日三晩続いた激戦のさなか、ノーヴァが壊滅した――。