アッサラーム夜想曲
ハヌゥアビスの進撃 - 2 -
ユニヴァースの目測通り、三日後にはサルビア軍の先行部隊が、赤い旗を閃かせて眼前に現れた。
待ち構えていたアッサラーム軍は、高地の布陣から投射機を用いて一網打尽にしようとしたところ、一射もできずに戸惑いの声を上げた。
「おのれ……っ、サルビアめ!」
「それが人間のすることか!」
「卑怯だぞ!」
彼等は捕まえたアッサラームの同胞達を丸裸にし、縄で横一列に繋いで柵のように並べて前進して来たのだ。
同胞を傷つけたくないアッサラーム軍は、有利な高地を押さえ、万全の布陣を敷きながらも、投射攻撃をしあぐねていた。
「うわ、えげつなー……」
西連合部隊とアッサラーム軍の混成部隊に、騎兵隊前衛として配置されていたユニヴァースも、その光景を見るなり思わず眉をひそめた。
ただでさえサルビア兵を前に血が騒ぐのに、怒りが上乗せされて何度も腰に佩 いたサーベルを手で撫でた。
「おのれぇ! 許せぬ!!」
激昂しやすいヤシュム将軍も、これを見るなり鬼の形相で怒鳴り散らした。
だが、それは彼に限ったことではない。
捕虜を肉壁とする蛮行もそうだが、誇り高いアッサラームの獅子を裸に繋ぐ侮辱は、全てのアッサラーム兵を激怒させた。
激した吶喊 が天を突く!
総大将の作戦指示も待たず、ヤシュムは独断で動いた。
捕虜による柵の切れ目、すなわち片翼の側面へ狙いを定めて疾風のように駆け出したのだ。
日頃ヤシュムと行動を共にする精鋭達は、将軍の突飛な行動に慣れたもので、すぐさま後に続いた。ユニヴァースもその流れに乗って駆け出すと、馬を加速させて先方部隊にちゃっかり混じった。
「何だ、貴様ぁっ!?」
「隊を乱すな!」
将軍に続く精鋭からは怒声を浴びたが、気にせず駆けた。ヤシュムがどのように仕掛けるのか興味がある。見逃しては勿体ない。
ヤシュムは右翼から勢いよく斬り込んだ。
頑強に見えたサルビアの右翼に配された重装歩兵は、実際に剣を交えるとユニヴァースから見ても、大して手応えを感じなかった。闘志も低く、完全に怒れるアッサラーム軍に威圧されている。
頭に血が昇っていても、ヤシュムはきちんと組し易い配列を読んでいたのだ。
特攻したヤシュム率いるアッサラーム軍は、間もなくサルビア軍の右翼を好調に蹴散らし始めた。
更にアーヒムも、ヤシュム同様に右翼へ駆け込む機動を見せている。
ユニヴァースは後続する味方を見やり、思わす感心した。
合図も何もあったものではなかったが、気付けば斜線陣を為していたのだ。 特攻したヤシュムをアーヒムが補佐する形で、敵の片翼から斬り込む布陣が自然とできていた。
やがてアッサラーム陣営がサルビア陣営の背後を捕えると、敵の指揮官はこちらの捕虜を放置して、部隊を解体すると蜂の子を散らすように撤退してしまった。
ヤシュム達は追撃を試みたが、敵はてんでばらばらに走る為、一掃には至らなかった。
しかし、捕虜達を無事に救い出すことに成功し、兵達の顔は一様に晴れやかだ。囚われの身ですっかり衰弱してしまった同胞達も、安堵したように笑顔を浮かべている。
「逃げ足だけは早い奴らめ」
近くにいたので、文句を言うヤシュムの傍へ寄ってみた。
「将軍、やりましたね!」
「おぅ、ユニヴァースか」
彼はユニヴァースを見るなり名を呼んだ。まだまだ平兵士のユニヴァースだが、いろいろと有名人なので、どこへ行っても大抵の人間に周知されている。
「いきなり特攻したから焦りましたよ」
将軍に対する口調ではないが、ヤシュムは気にした様子もなく口を開いた。
「そういえば、よくついて来たな。だが気を引き締めておけよ。あっけなく引き下がったのは、偵察が目的だからだ。じきに本腰を入れて攻めて来るぞ」
「明日から人海戦術で工事するって聞きましたけど、本当ですか?」
「うむ」
「斥候 隊の報告では、稜線 の向こうには何もなかったんですよね?」
先日の歩哨 任務で見た光景を報告したところ、思いのほか上層は重く受け止め、明日からの工事に踏み切るらしいのだ。
「念のためムーン・シャイターンが遠視をされたのだ。そしたら、彼方を無数の鳥が飛び立ち、舞い降りようとしないことが、昨夜新たに判ったのだ」
「それって……何かが、茂みに隠れながら、こちらに向かっているということですか?」
訝しげな声に、ヤシュムは首肯で応じる。
「いかにも。戦車隊は読んでいたが、重量四足騎竜まで遠路はるばる連れて来たらしい」
「え……っ!」
大木すら踏み倒す重量級の竜が戦場を闊歩 すれば、味方は大混乱だろう。対決に備えるには、確かに大掛かりな工事が必要だ。
「とまぁ、明日からしばらく工事だ。頑張れよ! 上等兵」
ヤシュムに肩を叩かれて、ユニヴァースはがっくりと項垂れた。
面倒な肉体労働は大嫌いだ……。
翌日から、ジュリアスらの指揮で、高地から見下ろす平地に大掛かりな工事が進められた。
布陣の両翼には、塹壕 ――味方が身を守るために使う溝――を延伸させ、その端末部には抵抗力の期待できる要塞状の築城工事をなさしめた。
湿地気候の中での肉体労働は、作業に携わる全アッサラーム兵を辟易させた。
ユニヴァースも然り。
日に日に荒んだ眼つきになり、いつの日か将軍になったら、雑事は全て人任せにしよう……なんて碌でもないことを考え始めたりもした。
ようやく完成目途が立ち、地獄の土木作業から解放された――ように思えた。
「いよぉーし、よくやった!」
ヤシュムの労いの声に、汗水流していたアッサラーム軍兵達からワッと歓喜の声が上がる。
「休憩の後は、杭の打設作業だぞぉ――!」
次いで響き渡った容赦ない指示に、顔を輝かせていたアッサラーム軍兵達は、その場に崩れ落ちた。ユニヴァースも顔から地面にぶっ倒れる。剣を振るっていた方が余程ましだと思いながら。
待ち構えていたアッサラーム軍は、高地の布陣から投射機を用いて一網打尽にしようとしたところ、一射もできずに戸惑いの声を上げた。
「おのれ……っ、サルビアめ!」
「それが人間のすることか!」
「卑怯だぞ!」
彼等は捕まえたアッサラームの同胞達を丸裸にし、縄で横一列に繋いで柵のように並べて前進して来たのだ。
同胞を傷つけたくないアッサラーム軍は、有利な高地を押さえ、万全の布陣を敷きながらも、投射攻撃をしあぐねていた。
「うわ、えげつなー……」
西連合部隊とアッサラーム軍の混成部隊に、騎兵隊前衛として配置されていたユニヴァースも、その光景を見るなり思わず眉をひそめた。
ただでさえサルビア兵を前に血が騒ぐのに、怒りが上乗せされて何度も腰に
「おのれぇ! 許せぬ!!」
激昂しやすいヤシュム将軍も、これを見るなり鬼の形相で怒鳴り散らした。
だが、それは彼に限ったことではない。
捕虜を肉壁とする蛮行もそうだが、誇り高いアッサラームの獅子を裸に繋ぐ侮辱は、全てのアッサラーム兵を激怒させた。
激した
総大将の作戦指示も待たず、ヤシュムは独断で動いた。
捕虜による柵の切れ目、すなわち片翼の側面へ狙いを定めて疾風のように駆け出したのだ。
日頃ヤシュムと行動を共にする精鋭達は、将軍の突飛な行動に慣れたもので、すぐさま後に続いた。ユニヴァースもその流れに乗って駆け出すと、馬を加速させて先方部隊にちゃっかり混じった。
「何だ、貴様ぁっ!?」
「隊を乱すな!」
将軍に続く精鋭からは怒声を浴びたが、気にせず駆けた。ヤシュムがどのように仕掛けるのか興味がある。見逃しては勿体ない。
ヤシュムは右翼から勢いよく斬り込んだ。
頑強に見えたサルビアの右翼に配された重装歩兵は、実際に剣を交えるとユニヴァースから見ても、大して手応えを感じなかった。闘志も低く、完全に怒れるアッサラーム軍に威圧されている。
頭に血が昇っていても、ヤシュムはきちんと組し易い配列を読んでいたのだ。
特攻したヤシュム率いるアッサラーム軍は、間もなくサルビア軍の右翼を好調に蹴散らし始めた。
更にアーヒムも、ヤシュム同様に右翼へ駆け込む機動を見せている。
ユニヴァースは後続する味方を見やり、思わす感心した。
合図も何もあったものではなかったが、気付けば斜線陣を為していたのだ。 特攻したヤシュムをアーヒムが補佐する形で、敵の片翼から斬り込む布陣が自然とできていた。
やがてアッサラーム陣営がサルビア陣営の背後を捕えると、敵の指揮官はこちらの捕虜を放置して、部隊を解体すると蜂の子を散らすように撤退してしまった。
ヤシュム達は追撃を試みたが、敵はてんでばらばらに走る為、一掃には至らなかった。
しかし、捕虜達を無事に救い出すことに成功し、兵達の顔は一様に晴れやかだ。囚われの身ですっかり衰弱してしまった同胞達も、安堵したように笑顔を浮かべている。
「逃げ足だけは早い奴らめ」
近くにいたので、文句を言うヤシュムの傍へ寄ってみた。
「将軍、やりましたね!」
「おぅ、ユニヴァースか」
彼はユニヴァースを見るなり名を呼んだ。まだまだ平兵士のユニヴァースだが、いろいろと有名人なので、どこへ行っても大抵の人間に周知されている。
「いきなり特攻したから焦りましたよ」
将軍に対する口調ではないが、ヤシュムは気にした様子もなく口を開いた。
「そういえば、よくついて来たな。だが気を引き締めておけよ。あっけなく引き下がったのは、偵察が目的だからだ。じきに本腰を入れて攻めて来るぞ」
「明日から人海戦術で工事するって聞きましたけど、本当ですか?」
「うむ」
「
先日の
「念のためムーン・シャイターンが遠視をされたのだ。そしたら、彼方を無数の鳥が飛び立ち、舞い降りようとしないことが、昨夜新たに判ったのだ」
「それって……何かが、茂みに隠れながら、こちらに向かっているということですか?」
訝しげな声に、ヤシュムは首肯で応じる。
「いかにも。戦車隊は読んでいたが、重量四足騎竜まで遠路はるばる連れて来たらしい」
「え……っ!」
大木すら踏み倒す重量級の竜が戦場を
「とまぁ、明日からしばらく工事だ。頑張れよ! 上等兵」
ヤシュムに肩を叩かれて、ユニヴァースはがっくりと項垂れた。
面倒な肉体労働は大嫌いだ……。
翌日から、ジュリアスらの指揮で、高地から見下ろす平地に大掛かりな工事が進められた。
布陣の両翼には、
湿地気候の中での肉体労働は、作業に携わる全アッサラーム兵を辟易させた。
ユニヴァースも然り。
日に日に荒んだ眼つきになり、いつの日か将軍になったら、雑事は全て人任せにしよう……なんて碌でもないことを考え始めたりもした。
ようやく完成目途が立ち、地獄の土木作業から解放された――ように思えた。
「いよぉーし、よくやった!」
ヤシュムの労いの声に、汗水流していたアッサラーム軍兵達からワッと歓喜の声が上がる。
「休憩の後は、杭の打設作業だぞぉ――!」
次いで響き渡った容赦ない指示に、顔を輝かせていたアッサラーム軍兵達は、その場に崩れ落ちた。ユニヴァースも顔から地面にぶっ倒れる。剣を振るっていた方が余程ましだと思いながら。