アッサラーム夜想曲

帰還 - 6 -

 ― 『帰還・六』 ―




 凱旋から数日。
 アッサラームの名だたる驍将ぎょうしょうは、大神殿に召集された。
 東西戦争の論功行賞――アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の名誉元帥である、アデイルバッハ・ダガー・イスハーク皇帝自ら、戦績を挙げた兵士を労い、褒美を与える場である。
 今回の論功の場には要人に限らず、多くのアッサラーム領民も招き入れられた。
 サルビア軍への決勝を印象づけたい、宮殿側の戦略も透けて見えたが、式の劈頭へきとうから沸き起こる盛大な喝采を見れば、大成功と言わざるをえないであろう。
 アデイルバッハ皇帝は、論功行賞において度量の深さを見せた。
 武功を立てた将兵らにはもちろん、前線を退いた負傷兵らにも己の懐から恩賞――肥沃な土地、宝物等の金品の数々――を与えたのだ。
 ジャファールにもノーヴァ壊滅を失態とせず、五万の軍勢で二十万を討ち取った武功を先ず讃えた。
 彼の人望が功を奏し、観衆から一際大きな喝采を浴びる。ジュリアスとしても、極めて妥当な恩賞と思えたが……、

「身に余る光栄です。私にかような恩恵を賜る資格はございません」

 当の本人は蒼白になり、上奏するも――

「そなたがいらぬと申しても、他に与える適任がおらぬ。好きにするがいい」

 皇帝の言葉を覆すには至らず。恐縮そうに受け取るのであった。
 余談だが……彼は後日、下賜された恩賞を部下に分け与えると、自らは鎮魂の儀式を行ったという。
 また、腕を失ったアルスランには、より多くの褒章が与えられた。
 それらの幾つは、最前線からの撤退に代わるものだ。
 前線を翔ける飛竜隊最速の乗り手を欠いたことは、サルビア軍に決勝しても尚、多くの者を落胆させたが、本人は穏やかな笑みを浮かべていた。
 余談だが……彼もまた、下賜された恩賞の殆どを部下に与えてしまった。ジャファールと共に鎮魂の儀式に臨み、暫しアッサラームで静かな日々を送る。新たなくろがねの右腕で前線を翔けるのは、まだ先のことである。
 論功は、若き将兵らにも公平に行われた。
 中央陸路において、大きな武功を立てた上等兵の一人――ユニヴァースは、いつになく緊張した面差しで、実父でもあるサリヴァンの前に立った。

「……立派でしたよ」

 声をかけられて、誇らしげに頷く。向き合う姿は父子そのものだ。
 勲章を下賜され浮かべた笑みは、一遍の驕(おご)りも無く、実に澄明ちょうめいなものであった。
 彼は軍功の大きさから、二階級進み、下士官訓練を経てから軍曹への着任が約束された。
 これまで、持って生まれた才覚に振り回されていたように見えたが、この遠征を経て、芯のある自信を身に着けたように思う。将として駆ける日も、案外そう遠くはないかもしれない。
 国門で気丈に励んだ光希にも、クロガネ隊代表として恩賞を与えられた。
 授与の様子は、アースレイヤあたりの演出を感じたが……観衆は沸き、何より涙する光希の姿を見たら、ジュリアスの胸も熱くなった。

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 私邸に戻った後、光希は下賜された勲章を見て、ぽつりと呟いた。

「これは、ジュリのおかげなんだ」

「私?」

「うん……」

 それきり黙ってしまう。傍で見下ろすと、ややあって口を開く。

「迷った時は、いつもお手本にしていた。ジュリならこうするかなって」

 驚かされた。そんな風に考えていてくれるとは……知らなかった。

「再会した時、ジュリに恥ずかしくないように、その都度、自分なりに判断してきたつもり」

「光希……」

「だから、ジュリのおかげなんだ」

「光栄です。そんな風に言ってもらえて」

 面映ゆい気持ちで礼を口にすると、ジュリアスを映す双眸はたちまち涙で潤んだ。透明な黒水晶のようだ。

「嬉しいよ。認めてもらえた……誇らしい」

 涙が雫になる前に、光希は素早く目元を拭う。少し赤い目元で、晴れやかに笑った。

「ありがとう」

「――……」

 言葉に言い表せないほど、光希への想いが膨れ上がる。愛しいとも、誇らしいとも……眩し過ぎて、触れられないとすら思う。
 動けずにいると、光希の方から腕を回して抱きついてきた。抱擁を強請るように、隙間なく身体を寄せて。
 光希に惹かれる瞬間は数えきれないほどあるが、こんな風に不意打ちで感動させられ、揚句、無防備に傍へ寄られると……取るべき行動に迷う。
 我に返り、空いた背中を抱きしめると、腕の中で「やったねー」と機嫌よく笑った。澄み切った喜びが伝わってくる。

「私も人の前に立つ時は、いつも光希に恥じぬように……そう意識しています」

 光希は顔をあげると、じっとジュリアスを見上げる。

「他の誰にどう思われようと、貴方の期待だけは裏切りたくないから」

 本心を明かして額に口づけると、光希は眼元に朱を散らして額を押さえた。黒水晶のような瞳には、ジュリアスしか映していない。
 ふと気付く。自分がそうであるように、彼もまた、ジュリアスに見惚れているということに。
 胸の内に喜びがこみあげる。彼の視線を独占できる……これほど嬉しいことがあるだろうか。
 光希は視線一つで、こんなにも満たしてくれる。