アッサラーム夜想曲

帰還 - 4 -

 ― 『帰還・四』 ―




「この体勢で……?」

 不安の滲んだ声を聞いて、宥めるように肩や首に口づけた。
 向かい合わせに抱き合い、少し浮かした身体に猛りを押し当てると、光希も力を抜いて、受け入れる体勢を整える。

「挿れるよ」

「あ、ぅ……」

 震える身体のあちこちに口づけながら、肉襞を押し広げ、奥まで少しずつ押し入る……ぐぷっと香油の弾ける音が鼓膜を叩いた。光希の熱に包まれてゆく。

「あっ!」

 全て納めると、光希は高い声を上げた。恥じ入るように唇を噛みしめる。また……そんなに噛みしめるから、唇を傷つけるのだ。

「息を吐いて、口で……」

 唇に指で触れると、思い出したように噛みしめを解く。吐息を洩らして、濡れた眼差しでジュリアスを見上げた。
 昂りに、どくりと熱が溜まる。黒い眼差しに囚われたまま、きつく抱きしめて、光希の最奥まで征服する。

「……っ……は、ぅ」

 様子を見ながら突き上げると、小柄な身体を艶めかしく揺らし、感じ入る声を漏らした。
 窓から斜めに差し込む星明かりが、白い肌を仄かに煌めかせる。
 何て美しいのだろう……心の全てを奪われる。光希を喩えるのなら、果たして何がふさわしいのだろう。
 匂い立つジャスミンの香り。風に靡くクロッカス。雨上がりに煌めく菫。シャイターンの与えたもう雨……慈雨。渇きを潤す雨雫。
 大袈裟ではなく、あらゆる神秘と、この世の美しいものを全て合わせても、尚足りないように思う。
 神々しさに胸を打たれながら、同時にあさましい欲望を掻きたてられる。
 慈しみたいという穏やかな気持ちの裏には、凶暴な欲望がある。
 こんなにも美しいものを、征服する悦び――
 神力が昂ると、特にそう。慈愛よりも、強い恋情、燃えるような執着が勢いを増す――誰にも渡さない……絶対に!
 陶然とした顔を両手に包むと、光希は目線を合わせることを恥ずかしがる。閉じた瞼に口づけて「眼を開けて」と囁いた。

「や……ぁっ」

 快楽に溶けた顔でジュリアスを見つめる。それでいい。ジュリアスに抱かれているのだと判って。貴方は私の花嫁なのだから――言葉の代わりに、甘い身体を強く突き上げた。

「あ……っ……んぅっ」

 震動が強すぎて、辛そうに浮かす身体を今度は優しく包みこむ。激情を押さえなくては……光希は、優しく抱かれることを好むから。
 身体を繋げたまま寝台に横たえ、片足を肩に乗せて足を大きく割り開く。
 波間をたゆたうような、ゆったりとした抽挿を再開すると、光希は熱に浮かされたようにジュリの名を繰り返し呼んだ。

「気持ちいい?」

「うん……」

 素直に頷く。ここまで理性が溶けきると、何を尋ねても、限りなく素直に応えてくれる。
 高みに追いやっては、直前で動きを止める。
 訴えるような眼差しに、言わんとすることは判る。もう少し身体を揺らしていたいけれど……あまり疲れさせては可哀相か。屹立に手を添えて熱を煽った。

「あ、ん……、あ、あぁ……っ」

 追い上げると、光希は間もなく、身体を震えさせて吐精した。互いの身体の間を飛沫で濡らす。
 余韻に震える痴態を見下ろしながら、ジュリアスもまた光希の中で果てた。
 熱の奔流を感じて、組み敷いた身体は力なく震える。
 殆ど意識をやるように、くたりと横たわる光希を抱きしめて、額や頬に唇を押し当てた。

「光希?」

 返事はない。少々……いや、かなり疲れさせてしまったようだ。

「ごめんね」

 小声に囁くと、濡れた身体を拭いて全て綺麗にした。乱れた寝台も整え、弛緩する身体を横たえてやる。

 +

 暫く眠りに落ちていた光希は、やがて眼を覚ますと、ジュリアスを視界に映して眼を和ませた。

「辛くないですか?」

 少々罪悪感を抱きながら問いかけると、光希は微笑んだ。

「平気」

「すみません……」

 どうにもならない謝罪を口に乗せると、光希は小さく吹き出した。

「なんで謝るの」

「疲れたでしょう?」

「まぁね、でもいいよ……僕もしたかったから」

 後半を、殆ど消え入るように囁く。光希にしては、かなり珍しい睦言だ。やはり恥ずかしいらしく、照れ臭げに顔を伏せる。
 その様子を愛でるように見下ろしていると、手を伸ばしてジュリアスの視界を塞ごうとしてきた。
 逆に伸ばされた手を取り、掌に口づける。柔らかな肌を吸うと、光希は小さく息を呑んだ。甘さを含んだ視線で、ジュリアスを見上げる。
 その瞬間――
 言葉ではとても言い表せない想いが、胸に溢れた……。
 誰よりも愛している。
 視線、零れる吐息、優しい言葉、甘い身体……彼の全てに囚われている。今も、これからもずっと。