アッサラーム夜想曲

帰還 - 3 -

 ― 『帰還・三』 ―




 長い一日の終わり。
 朝課の鐘が鳴り響き、雑事を切り上げ寝室に入ると、光希はまだ起きていた。上体を手で支えるようにして、寝台に座っている。
 清らかな星明かりを浴びて、白い頬に神秘的な陰翳を落とす様子に、知らずため息をつく。
 隣に腰をおろし、肩を抱き寄せておとがいに手を添えた。ゆっくり唇を合わせると、たちまち口づけは深くなる。
 自然に唇が離れると、光希は遠慮がちに口を開いた。

「ジュリ、今日は早めに寝たいんだ……」

「疲れましたか?」

 無理もない、長旅を終えて凱旋に臨んだのだ。もう眠っているかと思っていた。

「明日は、久しぶりに工房に行きたいから……実は、アンジェリカとも約束があって、あんまり疲れるわけには……」

「なんですって?」

「え?」

 不思議そうに見上げて、首を傾ける。つい、呆れた眼差しで見下ろしてしまった。

「夜のしじまに、私というものが在りながら……少々不作法ではありませんか?」

 少々恨みがましい声が出た。光希の顔に焦りが浮かぶ。判っていないところがまた……。

「え、えっ?」

 肩を押すと、小柄な身体はあっけなく寝台に倒れる。
 黒髪を散らす顔の左右に肘をついて、腕の中に閉じ込めた。戸惑いの浮かぶ視線を搦め捕る。
 言われなくても、今夜は静かに休ませてあげるつもりでいたのに。疲れているだろうから……。
 でも、人に会う為だと言うのなら、遠慮なんていらないのでは?
 抱きたい。光希の身体に植えつけてやりたくなる。身の内に宿る熱を――
 顔を寄せて唇を塞いだ。あがく腕に拒絶を感じて、かき抱く腕に力を込める。

「ん……っ」

 柔らかな唇を割り開いて、口内を潤す滴を吸い上げた。この人の唇は、どうしてこんなに甘いのだろう……。
 微かな息遣いが闇に満ちる。
 口づけの合間に昂りを下肢に押しつけると、光希はおののくように身体を震わせた。視線を合わせようと見下ろせば、恥じ入るように顔を横に倒す。
 知らず笑みが漏れる。何度抱いても、この人の初々しい反応は変わらない。目にする度に心を奪われる。

「一度だけなら、いい……?」

 耳元に囁くと、光希は顔を背けたまま、大きく眼を見開いた。唇で頬に触れると、驚くほど熱い。
 素直な人だ。
 くすりと笑ったのがいけなかったのか、光希はジュリアスを押しのけようと、柔らかい手で顔に触れてきた。
 彼の拒絶なんて、いとも簡単に封じ込められる。

「ふ……っ」

 やりようはいくらでも――柔い掌に吸いつけば、それだけで身体を跳ねさせ、あえかな声をあげる。
 繻子しゅすに手を忍ばせ、滑らかな肌を撫で上げながら、胸元までたくしあげた。露わになる白い肌を眺めてから、唇で触れる。

「……っ……ん」

 色づいた胸の先端を指で倒し、光希の顔を覗きこんだ。どくりと熱が溜まる。悦楽を堪えて唇を噛みしめる表情は、普段からは想像もつかないほど艶めいている。
 天真爛漫な笑顔にも癒されるが、甘く匂い立つ艶姿にも心を掻きたてられる。もう、止められない。
 しかし、あまり時間をかけては疲れさせてしまう。けれど、一度しか味わえのなら時間をかけて味わいたい……。
 埒もない思いにふけりながら、つんと尖る乳首を指で愛でる。ふと光希の顔を見つめて、頬を滑る滴を見た途端、心臓が止まりかけた。

「光希?」

 そんなに嫌だったのだろうか。

「『チガゥッ、オレ』なんでもな……っ」

 光希は、取り乱したような声で囁いた。滑り落ちた涙を、乱暴に手で拭っている。その手を取ろうと身じろいだ拍子に、下肢が擦れて気付いた。光希もまた昂らせていることに。
 照れているのか――
 少し触れ合っただけで、光希もまた昂らせている。
 ジュリアスと同じように、求めてくれている。胸の内は燃えるように熱くなった。光希の身体の隅々まで愛でて、味わいたい欲求に支配される。
 顔を落として、色づく肌を吸いながら、彼の昂りに手で触れた。あやすように撫でるだけで、快感を逃がすように身体を震わせる。

「――は……っ、ん……っ!」

 甘い声……。
 光希はいつも声を押さえようとする。誰も入ってこない寝室に二人きりでいても。
 もっと聞いていたいのに……。
 声を引き出したくて、何度も白い肌に吸いつく。薄い肌は、少し吸いつくだけで赤く色づく。
 抱く度につい跡を残してしまうのは、そうした事情もある。後々眼で見て楽しめるから――言えば、怒らせそうだが……。
 服を全て取り払い、裸で抱きしめた。吐息が零れそうだ。この瞬間に勝る幸福感なんてない。

「光希……」

 上気した顔を上向かせ、唇から、顎の先に口づける。唇でなぞるように、首筋、鎖骨……胸、順に唇で辿り、最後に顔を下げて昂りを口に含んだ。

「や……っ……あっ、んぅっ」

 細切れに届く、抑えきれない嬌声を聞きながら、指に香油を絡めて後ろへ持っていく。双丘の奥を解しながら、震えている屹立を上下に吸い上げてやる。
 淫靡に立つ水音は、ジュリアスの身体も熱くさせる。このまま、かしてやりたいが、昇りつめれば熱も冷めてしまう。だから、最後まではしない。理性を溶かして、心身の準備を整えるだけ。

「もう少し我慢して」

 うつ伏せに組み敷いて、あわいを指でなぞる。跳ねる身体を宥めるように、空いた背中に何度も唇を落としていく。唇を落とす度に、弓なりにしなる背中に強くそそられる。
 指は大した抵抗もなく、潜りこんで行く。後ろは最初から少し解れていた。
 今夜、求められるであろうことを予期して、あらかじめ準備をしている姿を思うと、いじらしく感じる。どこまでも蕩かしてやりたい。

「あ、ぅ……んっ」

 後孔を舌で愛すると、光希は恥じらうように足を閉じようとする。
 いつもそう、押し開こうとすると恥じらって、微かな抵抗を見せるのだ。どうしてそんなことを……と小声に尋ねられたこともある。
 彼の身体なら、隅々まで愛せる自信がある。例え足が泥に汚れていようとも、光希であれば舌で清められる。
 指を三本、ばらばらに動かして抜き差しできるようになると、光希の身体を起こして、向かい合わせに抱き合う。
 見上げる黒い双眸は、蜜のように溶ける……ジュリアスを映して、熱を訴えている。