アッサラーム夜想曲
再会 - 8 -
― 『再会・八』 ―
本陣が国門に戻ってきてから、二十日。
前線撤退、凱旋行軍は概ね順調に進んでおり、床を埋め尽くさんばかりにいた負傷兵達も、大分数を減らしていた。
光希は最近、衛兵の手伝いをする傍ら、クロガネ隊の手伝いをしている。
前線で斥候 に就いてたサイードやケイトも国門に戻ってきており、クロガネ隊の工房は活気を取り戻していた。
屑鉄の匂いの漂う工房。
ここには、いつも誰かしらいる。特にアルシャッドは、アッサラームにいる時よりも、今の方が工房に籠っているくらいだ。サイードも戻ってきたので、クロガネ隊加工班班長代理から解放されて、気楽そうにしている。
多忙なアルシャッドが、のんびりしている姿は非常に珍しい。
今なら、偉大な先輩にいろいろ聞ける。この機を逃さんと、光希はある計画を練っていた。まだ誰にも打ち明けていない。
その日、工房で作業しているところに、偶々アルスランがやってきた。サイードとの会話が一段落するのを見計らって、光希は近づいた。
「アルスラン、いい?」
「殿下」
「こんにちは。あの、お願いがあるんですけど……傷、大分良くなりましたよね。採寸させてくれませんか?」
「採寸?」
「はい。上を全部、脱いで欲しいんですけれど」
途端に周囲はざわついた。
「……なぜ?」
アルスランの怪訝そうな顔を見て、光希は焦った。順序が逆であった。説明もせず、いきなり脱げと言われても困るだろう。
光希はアルシャッドを呼ぶと、作業台の上に、まだ構想段階の図面を拡げてみせた。
「上手く出来るか判らないんですけど……挑戦してみたいことがあるんです」
上からアルシャッドが覗きこんでいる。光希は気合を入れて説明を始めた。
「右腕の代わりになる、人工の“義手”を造りたいんです」
「あ、なるほど……」
流石、アルシャッドは飲みこみが早い。図面を見て、何を造ろうとしているのか判ったらしい。一方、アルスランは戸惑った表情を浮かべている。
「アルスランの場合、切断面が上腕だから、こんな風に肩からベルトをつけて固定します。肘関節、それから五本の指と関節を造ります。武器を仕込むこともできるかもしれない……どうでしょうか?」
「それは……どのように作るのですか?」
今や工房にいる全隊員が、顔を寄せ合って図面を覗きこんでいる。お粗末な落描きを見られているようで、恥ずかしくなってきた。
「この図面は、僕の引いた初期案だから、あんまりじっと見ないで」
「材料は?」
早速アルシャッドに突っ込みを受けて、そうなんです、と光希は肩を落とした。
「皮膚に触れるから、素材から考えないといけないんですけど、骨組みは鉄 で外側を別素材で覆うか、あるいはあえて骨組みを見せるか……課題はいっぱいあるし、作れるかも判らないんですけど、挑戦してみたいんです。いいでしょうか?」
「どうして、そこまでなさるんですか?」
アルスランは心底判らない、という顔で光希を見下ろした。蒼氷色 の双眸にたじろぎかけたが、負けじと見つめ返した。
「僕が、そうしたいから。やらせてくれませんか。他の人の役に立つかもしれない。もちろん完成しても、使う、使わないはアルスランの自由だから」
真剣に見上げると、今度はアルスランの方がたじろいだ。ふ、と目元を和ませて、光希の頭を撫でる。
「いいも何も、私が止めることではないでしょう。私でよければ協力しますよ」
安堵する光希を、アルスランは感慨深そうに見下ろした。
「今のお言葉、サリヴァン師を思い出しました。いかなる運命が横たわろうとも、最善を尽くさねばならない。後に続く者の励みとなるから――」
「……はいっ。ありがとうございます!」
早速、アルスランに上半身裸になってもらい、切断面の確認を始めた。壊死や炎症を起こさず、綺麗に塞がったことだけは、不幸中の幸いである。
昔、膝下を失ったアメフト選手が、技術とリハビリの結晶で、強烈なプレーに耐えうるまで復活した話を聞いたことがある。あれを成しうるには、肉体改造が必要だ。この世界で、流石にそこまでの最新医療は望めない。先ずは被せること、固定することから考えなくては……
「――殿下、殿下っ!」
気付けば、幾つもの焦った声に呼ばれていた。アルシャッドまで焦った顔をしている。後ろからいきなり肩を抱きしめられ、アルスランから引き離された。
「何をしているのですか?」
「ジュリッ」
訝しむ表情を見て、光希は唐突に閃いた。
「誤解しないでねっ!? 医学の進歩の為に、一肌脱いでもらっているんだ。あ、うまいこと言った!」
「「「殿下」」」」
「おや、うまい……」
一息に言い切ると、周囲から呆れた眼差しと共に、総突っ込みが入った。いや、アルシャッドだけは感心したような視線をくれている。
ジュリアスに始めからきちんと説明すると、一応納得してくれた。そして、徐 にアルシャッドの名を呼んだ。
「かしこまりました」
アルシャッドは心得たように、光希に代わってアルスランの採寸を始めるのであった。
光希の“義手”への挑戦――ここから長い月日をかけて、鉄 の新たな可能性が編み出されることになるのだが……それはまた、別の話である。
本陣が国門に戻ってきてから、二十日。
前線撤退、凱旋行軍は概ね順調に進んでおり、床を埋め尽くさんばかりにいた負傷兵達も、大分数を減らしていた。
光希は最近、衛兵の手伝いをする傍ら、クロガネ隊の手伝いをしている。
前線で
屑鉄の匂いの漂う工房。
ここには、いつも誰かしらいる。特にアルシャッドは、アッサラームにいる時よりも、今の方が工房に籠っているくらいだ。サイードも戻ってきたので、クロガネ隊加工班班長代理から解放されて、気楽そうにしている。
多忙なアルシャッドが、のんびりしている姿は非常に珍しい。
今なら、偉大な先輩にいろいろ聞ける。この機を逃さんと、光希はある計画を練っていた。まだ誰にも打ち明けていない。
その日、工房で作業しているところに、偶々アルスランがやってきた。サイードとの会話が一段落するのを見計らって、光希は近づいた。
「アルスラン、いい?」
「殿下」
「こんにちは。あの、お願いがあるんですけど……傷、大分良くなりましたよね。採寸させてくれませんか?」
「採寸?」
「はい。上を全部、脱いで欲しいんですけれど」
途端に周囲はざわついた。
「……なぜ?」
アルスランの怪訝そうな顔を見て、光希は焦った。順序が逆であった。説明もせず、いきなり脱げと言われても困るだろう。
光希はアルシャッドを呼ぶと、作業台の上に、まだ構想段階の図面を拡げてみせた。
「上手く出来るか判らないんですけど……挑戦してみたいことがあるんです」
上からアルシャッドが覗きこんでいる。光希は気合を入れて説明を始めた。
「右腕の代わりになる、人工の“義手”を造りたいんです」
「あ、なるほど……」
流石、アルシャッドは飲みこみが早い。図面を見て、何を造ろうとしているのか判ったらしい。一方、アルスランは戸惑った表情を浮かべている。
「アルスランの場合、切断面が上腕だから、こんな風に肩からベルトをつけて固定します。肘関節、それから五本の指と関節を造ります。武器を仕込むこともできるかもしれない……どうでしょうか?」
「それは……どのように作るのですか?」
今や工房にいる全隊員が、顔を寄せ合って図面を覗きこんでいる。お粗末な落描きを見られているようで、恥ずかしくなってきた。
「この図面は、僕の引いた初期案だから、あんまりじっと見ないで」
「材料は?」
早速アルシャッドに突っ込みを受けて、そうなんです、と光希は肩を落とした。
「皮膚に触れるから、素材から考えないといけないんですけど、骨組みは
「どうして、そこまでなさるんですか?」
アルスランは心底判らない、という顔で光希を見下ろした。
「僕が、そうしたいから。やらせてくれませんか。他の人の役に立つかもしれない。もちろん完成しても、使う、使わないはアルスランの自由だから」
真剣に見上げると、今度はアルスランの方がたじろいだ。ふ、と目元を和ませて、光希の頭を撫でる。
「いいも何も、私が止めることではないでしょう。私でよければ協力しますよ」
安堵する光希を、アルスランは感慨深そうに見下ろした。
「今のお言葉、サリヴァン師を思い出しました。いかなる運命が横たわろうとも、最善を尽くさねばならない。後に続く者の励みとなるから――」
「……はいっ。ありがとうございます!」
早速、アルスランに上半身裸になってもらい、切断面の確認を始めた。壊死や炎症を起こさず、綺麗に塞がったことだけは、不幸中の幸いである。
昔、膝下を失ったアメフト選手が、技術とリハビリの結晶で、強烈なプレーに耐えうるまで復活した話を聞いたことがある。あれを成しうるには、肉体改造が必要だ。この世界で、流石にそこまでの最新医療は望めない。先ずは被せること、固定することから考えなくては……
「――殿下、殿下っ!」
気付けば、幾つもの焦った声に呼ばれていた。アルシャッドまで焦った顔をしている。後ろからいきなり肩を抱きしめられ、アルスランから引き離された。
「何をしているのですか?」
「ジュリッ」
訝しむ表情を見て、光希は唐突に閃いた。
「誤解しないでねっ!? 医学の進歩の為に、一肌脱いでもらっているんだ。あ、うまいこと言った!」
「「「殿下」」」」
「おや、うまい……」
一息に言い切ると、周囲から呆れた眼差しと共に、総突っ込みが入った。いや、アルシャッドだけは感心したような視線をくれている。
ジュリアスに始めからきちんと説明すると、一応納得してくれた。そして、
「かしこまりました」
アルシャッドは心得たように、光希に代わってアルスランの採寸を始めるのであった。
光希の“義手”への挑戦――ここから長い月日をかけて、