アッサラーム夜想曲
再会 - 10 -
― 『再会・十』 ―
ふと、さっきから一言も喋らないローゼンアージュが気になった。
「アージュは、どこかお勧めの場所を知ってる?」
光希が尋ねると、全員の視線がローゼンアージュに集中する……が、彼は全く動じず、巴旦杏 の実を頬張っている。
マイペースな少年は斜め上に視線を動かし、暫し黙考すると、光希に視線を戻した。
「少し遠いですけど、“金の刺繍”という隊商宿 の一階で、数百種もの紅茶を飲めます。殿下は、お好きかもしれません」
「意外にまともですね……」
ナフィーサは失礼なことを口走った。ユニヴァースは、合法だろうな? ともっと失礼なことを口走った。
「ありがとう。覚えておくよ」
不満げなローゼンアージュに慌てて笑顔を向けると、彼は小さく頷き、再び食べ始めた。
「殿下、祝福日なら、旧市街で蚤の市も楽しめますよ。私も時々足を運んで、掘り出しものを見つけるんです。風笛 やアコーディオンの大道芸も楽しめますよ」
ナディアの言葉に、光希は瞳を輝かせた。
「へぇー! 蚤の市。それも行ってみたいな」
「ジュリは?」
光希は笑顔のまま、隣に座るジュリアスを見上げた。
「ん?」
「どこかお勧めの場所はある?」
「ありますよ」
全員の注目を集めたが、後で教えます、と明かしてくれなかった。まぁ、後で教えてくれるのなら文句はない。
アッサラームに帰るのが今から待ち遠しい。光希はまだ見たことのない、ダリア・エルドーラ市場や蚤の市、茶葉の香る隊商宿 を思い浮かべて、胸を躍らせた。
そのあとも話は盛り上がり、延々と食べて飲んで……朝課の鐘が鳴る頃、お開きとなった。
光希とジュリアスが退散する時も、ヤシュムやアーヒムは新しい酒瓶の口を切っていたので、まだまだ飲む気らしいが……。
私室に戻ると、光希は早速アッサラームの地図を引っ張り出した。さっき教えてもらった情報を、紙面に書き留めていく。
「――あ、ジュリのお勧めの場所ってどこ?」
振り向いて声をかけると、ジュリアスは傍へきて地図を指差した。
「桟橋?」
「荷揚げの終わった、行商の艀 に乗れる場所が幾つかあるんです。きっと光希は気に入ると思いますよ」
「へぇー、それはぜひ乗ってみたい」
聖都アッサラームは、街中をアール川とカルプロス川の大河が横断する、砂漠の巨大オアシス、水の都でもある。街中には無数の運河が張り巡らされており、情緒ある木造の小型帆船も入ってくるのだ。
「さっきは、どうして教えてくれなかったの?」
「……少し面白くなかったんです。光希が何を聞いても、嬉しそうにしているから」
「ジュリと一緒に行けると思うから、嬉しいんだよ!」
光希が笑うと、ジュリアスも淡く笑んで光希の頭を撫でた。
「美味しい料理を、食べに行こうね。ジュリアスにご馳走したい」
自分で働いて得たお金で、ジュリアスに何かしてあげたい。それは、光希のささやかな夢の一つであった。
クロガネ隊勤務のおかげで、配給金が結構貯まっている。散財は皆無に等しいので、一日遊び倒しても困りはしないだろう。
「なら、昼は光希、夜は私がご馳走するということで、どうですか?」
「いいよ!」
光希が満面の笑みを浮かべると、ジュリアスは眼を細めて頬にキスをした。
+
二人がアッサラームに戻れるのは、年が明けてからである。
終戦から九十余日。アッサラームを出発してから、実に十ヵ月もの月日が流れていた。
ふと、さっきから一言も喋らないローゼンアージュが気になった。
「アージュは、どこかお勧めの場所を知ってる?」
光希が尋ねると、全員の視線がローゼンアージュに集中する……が、彼は全く動じず、
マイペースな少年は斜め上に視線を動かし、暫し黙考すると、光希に視線を戻した。
「少し遠いですけど、“金の刺繍”という
「意外にまともですね……」
ナフィーサは失礼なことを口走った。ユニヴァースは、合法だろうな? ともっと失礼なことを口走った。
「ありがとう。覚えておくよ」
不満げなローゼンアージュに慌てて笑顔を向けると、彼は小さく頷き、再び食べ始めた。
「殿下、祝福日なら、旧市街で蚤の市も楽しめますよ。私も時々足を運んで、掘り出しものを見つけるんです。
ナディアの言葉に、光希は瞳を輝かせた。
「へぇー! 蚤の市。それも行ってみたいな」
「ジュリは?」
光希は笑顔のまま、隣に座るジュリアスを見上げた。
「ん?」
「どこかお勧めの場所はある?」
「ありますよ」
全員の注目を集めたが、後で教えます、と明かしてくれなかった。まぁ、後で教えてくれるのなら文句はない。
アッサラームに帰るのが今から待ち遠しい。光希はまだ見たことのない、ダリア・エルドーラ市場や蚤の市、茶葉の香る
そのあとも話は盛り上がり、延々と食べて飲んで……朝課の鐘が鳴る頃、お開きとなった。
光希とジュリアスが退散する時も、ヤシュムやアーヒムは新しい酒瓶の口を切っていたので、まだまだ飲む気らしいが……。
私室に戻ると、光希は早速アッサラームの地図を引っ張り出した。さっき教えてもらった情報を、紙面に書き留めていく。
「――あ、ジュリのお勧めの場所ってどこ?」
振り向いて声をかけると、ジュリアスは傍へきて地図を指差した。
「桟橋?」
「荷揚げの終わった、行商の
「へぇー、それはぜひ乗ってみたい」
聖都アッサラームは、街中をアール川とカルプロス川の大河が横断する、砂漠の巨大オアシス、水の都でもある。街中には無数の運河が張り巡らされており、情緒ある木造の小型帆船も入ってくるのだ。
「さっきは、どうして教えてくれなかったの?」
「……少し面白くなかったんです。光希が何を聞いても、嬉しそうにしているから」
「ジュリと一緒に行けると思うから、嬉しいんだよ!」
光希が笑うと、ジュリアスも淡く笑んで光希の頭を撫でた。
「美味しい料理を、食べに行こうね。ジュリアスにご馳走したい」
自分で働いて得たお金で、ジュリアスに何かしてあげたい。それは、光希のささやかな夢の一つであった。
クロガネ隊勤務のおかげで、配給金が結構貯まっている。散財は皆無に等しいので、一日遊び倒しても困りはしないだろう。
「なら、昼は光希、夜は私がご馳走するということで、どうですか?」
「いいよ!」
光希が満面の笑みを浮かべると、ジュリアスは眼を細めて頬にキスをした。
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二人がアッサラームに戻れるのは、年が明けてからである。
終戦から九十余日。アッサラームを出発してから、実に十ヵ月もの月日が流れていた。