アッサラーム夜想曲
花冠の競竜杯 - 27 -
ポルカ・ラセの玄関広間に足を踏み入れたジュリアスは、部屋の隅に目をやり、思わず眉をひそめた。
なぜ、光希はヘイヴンといるのだろう? 人目を憚るようにして……しかも、他の男の上着を羽織っている。だぶっとした襟や袖は、どう見ても光希の体格にあっていない。ヘイヴンのものだろうか?
一体、どういう状況なのだろうか。これまでにはなかった、親密な空気が二人の間に流れているように感じられる。
訝しみながら二人の傍へ寄ると、ぱっと光希は振り向いて、満面の笑みを顔に浮かべた。
「ジュリ!」
その笑みの眩しさときたら。熱烈な歓迎を受けて、ジュリアスは幾らか警戒をほどいた。
「遅くなりました。大丈夫ですか? 具合が悪いと聞きましたよ」
いつもより火照っている頬を両手で挟むと、光希はほっとしたように表情を緩めた。だが、ジュリアスが厳しい眼差しをヘイヴンに向けると、すぐに顔に焦りを浮かべた。
「急に具合が悪くなって、休ませてもらっていたんだ。ヘイヴンさんはとてもよくしてくれたよ」
ジュリアスは、壁を背にして立っている支配人を一瞥すると、探るような視線を光希に向けた。
「どうして、彼の上着を羽織っているんです?」
「えっと……」
気まずそうに視線を逸らす光希を見つめて、ジュリアスは片方の眉をあげる。だが、彼の具合の方が心配で、眉間の皺をすぐにほどいた。
「辛いですか?」
光希はどう答えたものか迷った。この場で本当のことを打ち明ける勇気はない。周囲の視線から少しでも隠れるように、ジュリアスに身体を寄せた。
「少し楽になってきた。ごめん、馬車まで送ってくれる?」
「もちろんです。歩けますか?」
「うん」
ジュリアスは上着を脱ぐと、光希からヘイヴンの上着を剥ぎ取り、変わりに自分の上着を両肩を包みこむようにしてかけた。
「抱いていきましょうか?」
「ううん、歩かせて」
ジュリアスは注意深く光希の顔を見つめた。本当は抱きあげたかったが、彼の意思を尊重して、腰を腕で支えるだけに留めた。遊戯卓に目をやり、ジュリアスはほほえんだ。
「見事ですね、光希。こんなに美しい遊戯卓は見たことがありません」
その言葉を聞いて、光希の具合は一時的に良くなった。
「そう思う?」
「ええ、素晴らしい出来栄えです」
へへ、と光希は軽く笑ったが、実際には、誇らしくて胸がいっぱいだった。彼の賛辞は、これまでに聞いたどんな賛辞よりも嬉しかった。
ジュリアスは腰を屈めると、光希の頬に口づけた。性的な触れ方ではないのに、光希は身体が昂るのを感じて、小声で悪態をついた。
「光希?」
「なんでもない……早く帰ろう」
強張った顔で告げると、ジュリアスは再び心配そうな顔になり、光希の腰をそっと支えた。
光希は、玄関の前まで見送りにやってきたヘイヴンを振り返り、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいえ、我が人生で最良の日ですよ。素晴らしい遊戯卓を授けてくださって、感謝してもしきれません。どうぞ、お大事になさってください」
「ありがとうございます」
光希は暖かな気持ちで会釈をしてから、馬車に乗りこんだ。隣に座るジュリアスが、優しく光希の身体を自分の膝上にもたれかけさせる。
「……ありがとう」
「目を閉じて、楽にして」
「うん」
光希はいわれた通りに、目を瞑った。もう大丈夫。ジュリアスがきてくれた。窮地を脱したのだ。
……それにしても、なんだってこんな事態になってしまったのだろう?
いつもの知恵熱でないことは確かだ。身体は汗ばむほど熱いのだが、けだるい熱で、下半身の昂りは一向に治まる気配がない。
心当たりがあるとすれば、朝飲んだ滋養剤だ。あれの正体は、夜に利く強壮剤の類じゃなかろうか?
(アンジェリカ~……何をくれたんだよ、もう……)
彼女には、問い詰める必要がありそうだ。ちょうど、明日は温室でお茶をする約束をしている。
明日会ったら容赦しないぞ――光希にしては物騒な感情を抱いた。
とりあえずは、早く邸に戻って湯浴みをしたい。身体はどんどん熱くなっていく。爆発する前に身体の熱を鎮めなければならない。
だが、邸までもつかどうか……馬車の振動すら、驚異的な官能の刺激となって襲いかかるのだ。声が漏れないよう、光希は何度も歯を食いしめねばならなかった。
どうにか苦行に耐えて邸に戻ると、ジュリアスもナフィーサも心配して、光希をすぐに寝台へ連れていこうとした。
「……ごめん、汗をかいて気持ち悪いんだ。湯浴みさせてくれる?」
「具合が悪いのだから、今夜は拭くだけにした方が良いかもしれませんよ」
ジュリアスの言葉に、ナフィーサも頷いている。だが光希はかぶりを振った。
「お願いだ、入らせて」
「では手伝います」
当然のように申し出るジュリアスを仰いで、光希は困った。この状態を知られたくない。
「いいよ、一人で入りたいから」
上着の襟をぎゅっと胸の前で掻き合わせて歩き出すと、追い駆けるようにジュリアスがついてきた。
「明日の朝ではいけませんか?」
「今じゃないと駄目なんだ」
「余計に具合を悪くしますよ」
「今じゃないと駄目なんだよ。判って、ジュリアス。今じゃないと、駄目なんだよ」
大切なことなので二回いった。もはや涙目である。必死さの滲んだ哀訴 に、ジュリアスは困ったような顔をした。仕方なさそうに頷く。
「……判りました。ナフィーサ、外で待っているように」
「かしこまりました」
ナフィーサは真剣な顔で頷いた。ふらふらしている光希を見て、中までついていきたそうな様子をみせたが、ぐっと堪えて浴室の扉をしめた。
部屋に満ちる静寂に、光希はこれ以上はないというほどの安らぎを覚えた。
「やっと一人になれた……」
思わず独り言を呟きながら、裸になり、椅子に腰かける。
天を向く屹立に手を添えて、上下に扱き始める。一人で処理することがめっきり減っているので、なんだか新鮮に感じられた。
「はふ」
浅い呼吸を繰り返しながら、すぐに放熱を迎えた。目を閉じて余韻に浸っていたが、いつになっても、身体の熱が引いていく気配を感じられない。訝しんで股間を見下ろすと、白濁に濡れた屹立は、衰えることなく天を向いていた。
「え……」
普段であれば、吐精すれば身体の熱が引くのに、未だ衰えずに昂っている。
(マジかよ……)
戸惑いつつ、昂りに手を添えて二度目の放熱を遂げたが、変化はない。普段ではありえないことだ。
気を紛らわせようと、身体を洗ってみたり、水を浴びてみたり、湯船につかってみたり、いろいろと試みたが結果は芳しくない。
「ううぅ……」
最終的に、木椅子に腰かけて光希は半泣きになった。何をしても衰える気配がない。昂りに手を添えても、もはや酩酊したような熱が持続するだけで、放熱の感覚がこみあげてこない。
「――殿下? 大丈夫でございますか?」
ナフィーサだ。光希は顔をあげて、浴室の外に向かって声をはりあげた。
「だ、大丈夫!」
湯浴みに時間をかけすぎたのだ。さっさと処理して外へ出なくては。焦って擦りあげるが、絶頂に近づく気配も、昂りが治まる気配もない。
諦めて浴室を出たものの、着替えが問題だった。寝室着も黒羅紗の羽織も生地が薄くて、昂った前を隠してくれない。丸めた麻布で前を押さえてみたが、余計に不自然だった。
「……」
もう、この事態を一人で処理することは無理なのかもしれない。
光希はがっくりと項垂れ、観念した。扉を閉めたまま、外で待機しているナフィーサに呼びかける。
「ナフィーサ、いる?」
「はい! ここに」
「ごめん、ジュリを呼んできてくれる?」
「畏まりました」
速足で去っていく足音を聞きながら、光希は目を閉じた。どう説明したものか……頭を悩ませているうちに足音が戻ってきた。
「光希? 入りますよ」
「どうぞ」
背を向けていた光希は、ジュリアスが扉をしめる様子を肩ごしに確認して、視線を伏せた。
「大丈夫ですか?」
「うん……あのね、たぶんアンジェリカにもらった薬のせいなんだ……な、なんか身体が変で」
光希はおずおずとジュリアスの方を向くと、股間の上から手を離した。彼の視線がそこに落ちるのを感じて、情けない心地で項垂れた。
「ナフィーサには、いわないでくれる? ……他の人には気づかれなくない」
「……異変を感じたのは、いつからですか?」
「思えば、飲んだ直後から少しおかしかった。ポルカ・ラセで設置を終えたあと、昂ってきて……」
ジュリアスは険しい表情で光希を見つめた。
「ポルカ・ラセで何か口にしましたか?」
「水は飲んだけど、違うと思う。絶対とはいえないけど……」
「……ヘイヴンと一緒にいましたよね。まさか、彼がよからぬ真似を?」
「違うよ!」
「彼の上着をかけていましたね。光希の状態に気がついていたのですか?」
「う、うん……」
光希は上目遣いにジュリアスを仰ぎ、彼の機嫌が下降していくのを見て視線を伏せた。
沈黙。
萎縮する光希を見ても、ジュリアスは優しく慰める気持ちになれなかった。
なるほど……玄関広間の隅で、二人が親密そうにしていた理由が判った。切羽詰まった光希の事情に気がついて、上着を差し出す光景が目に浮かぶ。ヘイヴンはポルカ・ラセの支配人として、当然の気配りをしたのであろう。ジュリアスが到着したあとは、光希を気遣いつつも距離をとり、節度のある振る舞いをしていた。彼が悪いわけではない。だが、釈然としない。
これは、嫉妬だ。
弱っている光希に寄り添い、上着をかけるのはジュリアスであるべきだったはずだ。
(……過ぎたことだが)
怒りを押しこみ冷静になると、幾らか視線を和らげて、咎めるように光希を見つめた。
「事情は判りましたが、そんな状態に陥っている時に、彼を傍に寄せるとは感心しませんね」
「……ヘイヴンさんは、親切だったよ」
「光希」
不機嫌な声に気圧され、光希はおどおどと視線を泳がせた。
「私を見て」
両手で顔を挟まれ、正面からじっと見つめられる。軽く首筋を撫でられただけで、爪先まで熱いものが走り、光希は唇をかみしめた。
「貴方を少し罰したい気分です」
熱のこもった青い瞳を見て、光希は慄いたように震えた。期待、それとも恐怖? 判らないが、背筋がぞくぞくして、思わずジュリアスに蕩けてしまいそうになる。
こんな状態で彼に触れられたらどうなってしまうのだろう……頭の片隅に思いながら、唇を奪われた。
なぜ、光希はヘイヴンといるのだろう? 人目を憚るようにして……しかも、他の男の上着を羽織っている。だぶっとした襟や袖は、どう見ても光希の体格にあっていない。ヘイヴンのものだろうか?
一体、どういう状況なのだろうか。これまでにはなかった、親密な空気が二人の間に流れているように感じられる。
訝しみながら二人の傍へ寄ると、ぱっと光希は振り向いて、満面の笑みを顔に浮かべた。
「ジュリ!」
その笑みの眩しさときたら。熱烈な歓迎を受けて、ジュリアスは幾らか警戒をほどいた。
「遅くなりました。大丈夫ですか? 具合が悪いと聞きましたよ」
いつもより火照っている頬を両手で挟むと、光希はほっとしたように表情を緩めた。だが、ジュリアスが厳しい眼差しをヘイヴンに向けると、すぐに顔に焦りを浮かべた。
「急に具合が悪くなって、休ませてもらっていたんだ。ヘイヴンさんはとてもよくしてくれたよ」
ジュリアスは、壁を背にして立っている支配人を一瞥すると、探るような視線を光希に向けた。
「どうして、彼の上着を羽織っているんです?」
「えっと……」
気まずそうに視線を逸らす光希を見つめて、ジュリアスは片方の眉をあげる。だが、彼の具合の方が心配で、眉間の皺をすぐにほどいた。
「辛いですか?」
光希はどう答えたものか迷った。この場で本当のことを打ち明ける勇気はない。周囲の視線から少しでも隠れるように、ジュリアスに身体を寄せた。
「少し楽になってきた。ごめん、馬車まで送ってくれる?」
「もちろんです。歩けますか?」
「うん」
ジュリアスは上着を脱ぐと、光希からヘイヴンの上着を剥ぎ取り、変わりに自分の上着を両肩を包みこむようにしてかけた。
「抱いていきましょうか?」
「ううん、歩かせて」
ジュリアスは注意深く光希の顔を見つめた。本当は抱きあげたかったが、彼の意思を尊重して、腰を腕で支えるだけに留めた。遊戯卓に目をやり、ジュリアスはほほえんだ。
「見事ですね、光希。こんなに美しい遊戯卓は見たことがありません」
その言葉を聞いて、光希の具合は一時的に良くなった。
「そう思う?」
「ええ、素晴らしい出来栄えです」
へへ、と光希は軽く笑ったが、実際には、誇らしくて胸がいっぱいだった。彼の賛辞は、これまでに聞いたどんな賛辞よりも嬉しかった。
ジュリアスは腰を屈めると、光希の頬に口づけた。性的な触れ方ではないのに、光希は身体が昂るのを感じて、小声で悪態をついた。
「光希?」
「なんでもない……早く帰ろう」
強張った顔で告げると、ジュリアスは再び心配そうな顔になり、光希の腰をそっと支えた。
光希は、玄関の前まで見送りにやってきたヘイヴンを振り返り、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいえ、我が人生で最良の日ですよ。素晴らしい遊戯卓を授けてくださって、感謝してもしきれません。どうぞ、お大事になさってください」
「ありがとうございます」
光希は暖かな気持ちで会釈をしてから、馬車に乗りこんだ。隣に座るジュリアスが、優しく光希の身体を自分の膝上にもたれかけさせる。
「……ありがとう」
「目を閉じて、楽にして」
「うん」
光希はいわれた通りに、目を瞑った。もう大丈夫。ジュリアスがきてくれた。窮地を脱したのだ。
……それにしても、なんだってこんな事態になってしまったのだろう?
いつもの知恵熱でないことは確かだ。身体は汗ばむほど熱いのだが、けだるい熱で、下半身の昂りは一向に治まる気配がない。
心当たりがあるとすれば、朝飲んだ滋養剤だ。あれの正体は、夜に利く強壮剤の類じゃなかろうか?
(アンジェリカ~……何をくれたんだよ、もう……)
彼女には、問い詰める必要がありそうだ。ちょうど、明日は温室でお茶をする約束をしている。
明日会ったら容赦しないぞ――光希にしては物騒な感情を抱いた。
とりあえずは、早く邸に戻って湯浴みをしたい。身体はどんどん熱くなっていく。爆発する前に身体の熱を鎮めなければならない。
だが、邸までもつかどうか……馬車の振動すら、驚異的な官能の刺激となって襲いかかるのだ。声が漏れないよう、光希は何度も歯を食いしめねばならなかった。
どうにか苦行に耐えて邸に戻ると、ジュリアスもナフィーサも心配して、光希をすぐに寝台へ連れていこうとした。
「……ごめん、汗をかいて気持ち悪いんだ。湯浴みさせてくれる?」
「具合が悪いのだから、今夜は拭くだけにした方が良いかもしれませんよ」
ジュリアスの言葉に、ナフィーサも頷いている。だが光希はかぶりを振った。
「お願いだ、入らせて」
「では手伝います」
当然のように申し出るジュリアスを仰いで、光希は困った。この状態を知られたくない。
「いいよ、一人で入りたいから」
上着の襟をぎゅっと胸の前で掻き合わせて歩き出すと、追い駆けるようにジュリアスがついてきた。
「明日の朝ではいけませんか?」
「今じゃないと駄目なんだ」
「余計に具合を悪くしますよ」
「今じゃないと駄目なんだよ。判って、ジュリアス。今じゃないと、駄目なんだよ」
大切なことなので二回いった。もはや涙目である。必死さの滲んだ
「……判りました。ナフィーサ、外で待っているように」
「かしこまりました」
ナフィーサは真剣な顔で頷いた。ふらふらしている光希を見て、中までついていきたそうな様子をみせたが、ぐっと堪えて浴室の扉をしめた。
部屋に満ちる静寂に、光希はこれ以上はないというほどの安らぎを覚えた。
「やっと一人になれた……」
思わず独り言を呟きながら、裸になり、椅子に腰かける。
天を向く屹立に手を添えて、上下に扱き始める。一人で処理することがめっきり減っているので、なんだか新鮮に感じられた。
「はふ」
浅い呼吸を繰り返しながら、すぐに放熱を迎えた。目を閉じて余韻に浸っていたが、いつになっても、身体の熱が引いていく気配を感じられない。訝しんで股間を見下ろすと、白濁に濡れた屹立は、衰えることなく天を向いていた。
「え……」
普段であれば、吐精すれば身体の熱が引くのに、未だ衰えずに昂っている。
(マジかよ……)
戸惑いつつ、昂りに手を添えて二度目の放熱を遂げたが、変化はない。普段ではありえないことだ。
気を紛らわせようと、身体を洗ってみたり、水を浴びてみたり、湯船につかってみたり、いろいろと試みたが結果は芳しくない。
「ううぅ……」
最終的に、木椅子に腰かけて光希は半泣きになった。何をしても衰える気配がない。昂りに手を添えても、もはや酩酊したような熱が持続するだけで、放熱の感覚がこみあげてこない。
「――殿下? 大丈夫でございますか?」
ナフィーサだ。光希は顔をあげて、浴室の外に向かって声をはりあげた。
「だ、大丈夫!」
湯浴みに時間をかけすぎたのだ。さっさと処理して外へ出なくては。焦って擦りあげるが、絶頂に近づく気配も、昂りが治まる気配もない。
諦めて浴室を出たものの、着替えが問題だった。寝室着も黒羅紗の羽織も生地が薄くて、昂った前を隠してくれない。丸めた麻布で前を押さえてみたが、余計に不自然だった。
「……」
もう、この事態を一人で処理することは無理なのかもしれない。
光希はがっくりと項垂れ、観念した。扉を閉めたまま、外で待機しているナフィーサに呼びかける。
「ナフィーサ、いる?」
「はい! ここに」
「ごめん、ジュリを呼んできてくれる?」
「畏まりました」
速足で去っていく足音を聞きながら、光希は目を閉じた。どう説明したものか……頭を悩ませているうちに足音が戻ってきた。
「光希? 入りますよ」
「どうぞ」
背を向けていた光希は、ジュリアスが扉をしめる様子を肩ごしに確認して、視線を伏せた。
「大丈夫ですか?」
「うん……あのね、たぶんアンジェリカにもらった薬のせいなんだ……な、なんか身体が変で」
光希はおずおずとジュリアスの方を向くと、股間の上から手を離した。彼の視線がそこに落ちるのを感じて、情けない心地で項垂れた。
「ナフィーサには、いわないでくれる? ……他の人には気づかれなくない」
「……異変を感じたのは、いつからですか?」
「思えば、飲んだ直後から少しおかしかった。ポルカ・ラセで設置を終えたあと、昂ってきて……」
ジュリアスは険しい表情で光希を見つめた。
「ポルカ・ラセで何か口にしましたか?」
「水は飲んだけど、違うと思う。絶対とはいえないけど……」
「……ヘイヴンと一緒にいましたよね。まさか、彼がよからぬ真似を?」
「違うよ!」
「彼の上着をかけていましたね。光希の状態に気がついていたのですか?」
「う、うん……」
光希は上目遣いにジュリアスを仰ぎ、彼の機嫌が下降していくのを見て視線を伏せた。
沈黙。
萎縮する光希を見ても、ジュリアスは優しく慰める気持ちになれなかった。
なるほど……玄関広間の隅で、二人が親密そうにしていた理由が判った。切羽詰まった光希の事情に気がついて、上着を差し出す光景が目に浮かぶ。ヘイヴンはポルカ・ラセの支配人として、当然の気配りをしたのであろう。ジュリアスが到着したあとは、光希を気遣いつつも距離をとり、節度のある振る舞いをしていた。彼が悪いわけではない。だが、釈然としない。
これは、嫉妬だ。
弱っている光希に寄り添い、上着をかけるのはジュリアスであるべきだったはずだ。
(……過ぎたことだが)
怒りを押しこみ冷静になると、幾らか視線を和らげて、咎めるように光希を見つめた。
「事情は判りましたが、そんな状態に陥っている時に、彼を傍に寄せるとは感心しませんね」
「……ヘイヴンさんは、親切だったよ」
「光希」
不機嫌な声に気圧され、光希はおどおどと視線を泳がせた。
「私を見て」
両手で顔を挟まれ、正面からじっと見つめられる。軽く首筋を撫でられただけで、爪先まで熱いものが走り、光希は唇をかみしめた。
「貴方を少し罰したい気分です」
熱のこもった青い瞳を見て、光希は慄いたように震えた。期待、それとも恐怖? 判らないが、背筋がぞくぞくして、思わずジュリアスに蕩けてしまいそうになる。
こんな状態で彼に触れられたらどうなってしまうのだろう……頭の片隅に思いながら、唇を奪われた。