アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 28 -

 ジュリアスは手を光希の黒髪に差し入れて頭を支え、強く唇を押しつけた。
「ふぁっ……んんっ」
 舌を差し入れられ、口内を荒される。苛立ちをぶつけるような、少し乱暴なキスなのに、いつもより感じてしまう。舌を搦められ、吸いあげられ、舌先に軽く歯をたてられると、光希は腰からくずおれそうになった。
「んッ……っッ……はぁっ……」
 口づけは永く続き、静かな部屋に二人の荒い息遣いだけが響いた。
 しまいには光希がぐったりもたれると、ジュリアスは自分の上着を光希にかけて、横抱きにして持ちあげた。
「ジュリ?」
「このまま運びますよ。じっとしていなさい」
「……うん」
 廊下へ出ると、心配そうな顔のナフィーサが待っていた。ジュリアスは彼を一瞥すると、なんでもないことのようにいった。
「長湯して、のぼせたみたいです。彼の世話は私がするから、今夜はもう下がっていいですよ」
「畏まりました。どうかお大事に……お休みなさいませ」
 ナフィーサは心配そうにしながら、頭をさげた。彼に申し訳なく思いながら、光希は小さく頷いた。
 部屋に着くまで、二人とも口をきかなかった。光希の方は、これからの展開を想像して、少し緊張していた。
 寝室に入ると、開け放した窓から蝋のように白いジャスミンが香り、もの憂げな香が部屋に満ちていた。
 寝台におろされ、青い瞳に見つめられると、光希の全身は期待と恐怖に震えた。長くて形のよい指に、頬を撫でられる。
「……この間は、貴方が私を拘束しましたよね。今夜は私の番です」
 光希は吃驚びっくりして目を瞠った。
「縛るの?」
「そうしてもいいけれど、道具を使わなくても拘束できますよ」
「ど、どうやって?」
 質問には答えず、ジュリアスは気だるい笑みを浮かべた。光希を誘うように、ゆっくりと指先で腕を撫でおろしていく。羽のような触れ方なのに、火傷したように熱い。指先まで到達すると、ジュリアスは光希の手を裏返して、掌に唇を押しつけた。
「あ……」
「どんな風に感じますか?」
「どんなって……」
「手に触れただけなのに、全身を震わせて、すごく気持ちよさそうな顔をしているから」
「……違うし」
 光希がむっと眉を寄せると、ジュリアスはふっと笑った。艶めいた表情に、光希はどきりとする。
「服を脱いで」
「……」
「貴方が脱ぐ姿を、見ていたい」
 頭がくらくらする……光希は命令に逆らうことができなかった。操られたように、ぎこちない所作で襟に指をかける。釦を一つずつ外していき、ゆったりした袖から腕を抜いた。上半身裸になり、ジュリアスをそっと見ると、その先を視線で促された。
「……全部脱いでください」
 掠れた声でいわれて、光希の心臓はどきん、と高鳴った。手が震えそうになりながら、下も脱ぎ捨てる。前を隠したい衝動をこらえて視線に耐えていると、ジュリアスは低めた声でいった。
「……あの男の前で、貴方は下着を濡らしていたの?」
 視線を落とし、下着にはしたない沁みができているのを見て、光希は真っ赤になった。
「違うよ」
「本当に? 全く……どんな目で貴方を見ていたのか――腹立たしいな」
 剣呑な声に光希は怯んだ。
「下着も脱いで」
「……」
「全部脱いでください」
「……」
 震える手で下着を脱いで、股間を手で隠す。白い裸身を、燃えるような青い瞳が見つめている。
「隠さないで。全部見せてください」
「……」
「私の言葉に従ってください。私のいうとおりに」
 光希が手をどかすと、ジュリアスはそこに視線を落とした。
「親密そうに会話をしていましたね。あの男は、昂りに気がついていたのでしょう?」
「……僕の気を紛らわそうと、気を遣って話しかけてくれていたんだ。彼はいい人だよ」
 ジュリアスは薄笑いを浮かべた。
「いい人? 貴方の昂りを見て、興奮するような男が?」
 嘲弄の響きに、光希は険しい顔をした。
「それは、いいすぎだよ。僕に対しても、彼に対しても失礼だよ」
「本当に紳士なら、そのような状態の私の花嫁ロザインと二人きりになるはずがない。部屋の外で待っているべきでした」
 ジュリアスは苛立ったように蜜を零している屹立を、指で軽く弾いた。
「あっ」
 濡れた屹立に指を這わせて、ねっとりと扱きあげる。蜜に濡れた指を唇にもっていき、見せつけるように口に含んだ。
「ほら……やっぱり、誘惑の味がする」
「やめて……」
 泣きそうな顔になっている光希の唇に、ジュリアスは濡れた指をもぐらせた。
「やめ……ん、や……やめて……っ」
「嘘つきな唇ですね。こんなに濡らしているくせに」
「んぅ……」
 キスで腫れた唇の端から端まで、長い指が輪郭をかたどっていく。見つめ合ったまま、光希は悩ましげに眉をひそめた。
「……この唇で、あの男を誘ったんですか?」
 光希が非難の眼差しを向けると、ジュリアスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そんな目で睨んだって、私を昂らせるだけですよ」
「……怒らないでよ」
「怒らせないでください」
「ごめん……確かに僕が軽率だったよ」
「全くです。貴方は普段から軽率なことが多すぎます。いい加減に直してください」
「……」
 しょげたように眉を寄せる光希を見ても、ジュリアスは赦す気になれなかった。
「覚悟してくださいね。優しくできそうにありませんから」
 耳に囁かれ、光希は震えた。何をされるのか身構えていると、胸の膨らみを指先でちょん、と突かれて、身体に電流が走った。
「ッ」
 息を呑む光希に、動かないで、とジュリアスは囁く。
「貴方は、勝手に動いてはいけませんよ……私の指がどんな風に触れているか、ちゃんと目を開けて見ていてください」
 光希は朱くなって、ジュリアスの指を見つめた。
 形の良い指が、ぷっくりした胸に触れている。指先は乳暈にゅううんをかすめて、焦らすように丸みを帯びた腹をくだり、黒い茂みに降りていく……
「ジュリ」
 頼りげない声をジュリアスは無視した。きざしている中心を優しくこすりあげて、快感を堪えている光希の様子を眺める。
「後ろを向いて」
 なるべく厳しく聴こえるように命じた。光希は逡巡し、緊張した様子で後ろを向く。
「壁に手をついて」
「なんで?」
「私のいう通りに」
「……」
 戸惑いつつ壁に手をつくと、後ろから耳を食まれて、光希はあえかな吐息を唇から漏らした。
「……怖いですか?」
 ジュリアスが耳元で囁くと、光希は肩を縮めた。少し、とか細い声で答える。
 指で背中の線をたどっていく。腰がひくひくと震えている。反射的なものだと判っているが、とても刺激的な光景だった。情欲を煽られ、下肢は痛いほど張り詰めている。
 ジュリアスが服を脱いで、後ろから光希の顔の両脇に腕をつくと、彼はびくっと肩を震わせた。耳殻じかくに唇で触れると、首をすくめて震えだす。
「や……」
 首すじや肩に唇を押しあてる度に、光希は快感を堪えるように声をあげた。いたぶるような愛撫はしばらく続き、やがて光希は、恐る恐る肩越しにジュリアスを振り返った。
「……怒らないで。もう許して。これじゃ生殺しだよ」
 ジュリアスは光希の腰を引き寄せると、後ろから昂ったものを押しつけた。