アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 8 -
療養に専念する光希の元に、見舞いの品々が届けられた。
回復を願う手紙、色とりどりの果物、草花、災厄を祓う様々な水晶 。
公宮を代表して西妃 や東妃 からも届いている。
つばめの紋章の封蝋 は、バカルディーノ家のものだ。更に鈴蘭の意匠があれば、送り主はリビライラと判る。
彼女は毎日のように手紙をくれていた。様々な面を持つ複雑な女 だが、光希の身を案ずる手紙に嘘はない。
サリヴァンからも温かい手紙をもらった。
光希からはなかなか触れられずにいた、ユニヴァースの件にも触れて、何も気にする必要はない、いつでも気兼ねなく大神殿にきてほしい、回復を願っている……と流麗な書体で綴 られていた。
ローゼンアージュからも“回復を祈る”というメッセージと共に、謎の液体の詰まった硝子瓶が届けられた。勇気を出して飲もうとしたが、ナフィーサに止められた。気持ちだけありがたくもらっておく。
クロガネ隊からも、見舞いの手紙や品々が届いた。
アルシャッドの手紙もある。意外すぎる押し花のされた可憐な一筆箋に、彼らしい崩れた字体で、仕事は滞りなく進めている、何も心配せずに療養に専念して欲しい、クロガネ隊への復帰を待っている……そう綴られていた。
クロガネ隊が恋しい。早く元気になって、皆と一緒に働きたい。
軍舎に寝泊まりするジュリアスからも、摘み取ったばかりのように瑞々しい花束が連日届けられた。
花束と一緒にカードが添えられていて、嬉しくもあり照れ臭くもあり……
赤、白、黄色、青……日によって様々な薔薇が届けられた。抱えきれなほどの薔薇を持つジュリアスを想像してみると、驚くほど違和感がない。
”永遠に貴方に尽くします”
”貴方は私の全て。何をしていても可愛らしい人”
”貴方は私の希望であり、誇りです”
顔から火が出そうな台詞ばかりだが、嬉しい。綺麗な字体を指でなぞりながら、にやにやしてしまう。
「殿下、本日も届いておりますよ」
私室で寛いでいると、ナフィーサが手紙や見舞いの品々を持って現れた。
持ちきれない分は召使に運ばせている。朱金の織布 に覆われた、大きな荷物が特に眼についた。
「何だろう?」
一際大きな荷物は光希の目の前に置かれた。はらりと織布が外され、輝きがこぼれる。
「アースレイヤ皇太子から、邪気を祓 う見事な黒水晶 の贈りものです。置き場所に希望はございますか?」
「よく判らないけど……すごく高価じゃない? いいのかなぁ……」
「殿下の回復を願う、アースレイヤ皇太子のお気持ちでしょう」
見舞い品として水晶を送ってくれる人は多いが、これほど大きい水晶は初めてもらった。手紙には“回復を祈る”と一言綴られている。
「いろんな人に心配かけてしまったな……早く復帰したい」
水晶を見つめながら、しみじみと呟いた。
「合同模擬演習まで、あと二日ですよ。殿下の元気なお姿を見れば、皆も喜ぶでしょう」
ナフィーサの言葉に、光希は口元を綻ばせた。
「うん……今度、典礼儀式にも参加しようと思うんだ」
ルスタムの話では、最近、典礼儀式に足を運ぶ隊員が増えているという。光希の回復を祈っているのだろうと。
光希も彼等の為に祈りたい。神も、思い遣りを嘉 みしたもう。
ナフィーサは嬉しそうに頷いた。元は神殿の上級神官を務めていた少年は、例にもれず信心深い。
合同模擬演習まであと二日。
周囲の暖かな想いに癒され、光希は心身ともに元気になりつつある。
屋敷の工房で鉄にも触り始めた。以前のような閃きはないが、倒れるほど思いつめていた、鉄 への焦燥は、いつの間にか霧散していた。
焦っても仕方ない……また一からやり直そう。
思えば、不安に駆られている時は、自分の心配ばかりしていた気がする。
周囲の視線や反応を気にして、花嫁 の資質を問われているのだと果てのない被害妄想に囚われていた。
けれど、連日届けられる手紙や見舞の品々は、光希への思い遣りに溢れたものばかり。
納期を守れ、力ある鉄を、それでも花嫁なのか……そんなことは誰もいっていない。
光希が勝手に想像して、恐れ、疑い、傷ついていただけだ。注目を浴びて、期待に応えようと背伸びをして……見栄や虚栄心がなかっただろうか。
ユニヴァースやジュリアスの刀身を彫った時、そんな疚 しい気持ちがあっただろうか。
鉄は心を映す鏡。曇らせていたのは光希自身だ。澄明 さを忘れてやしなかったか。
答えは、もう見えている気がする。
回復を願う手紙、色とりどりの果物、草花、災厄を祓う様々な
公宮を代表して
つばめの紋章の
彼女は毎日のように手紙をくれていた。様々な面を持つ複雑な
サリヴァンからも温かい手紙をもらった。
光希からはなかなか触れられずにいた、ユニヴァースの件にも触れて、何も気にする必要はない、いつでも気兼ねなく大神殿にきてほしい、回復を願っている……と流麗な書体で
ローゼンアージュからも“回復を祈る”というメッセージと共に、謎の液体の詰まった硝子瓶が届けられた。勇気を出して飲もうとしたが、ナフィーサに止められた。気持ちだけありがたくもらっておく。
クロガネ隊からも、見舞いの手紙や品々が届いた。
アルシャッドの手紙もある。意外すぎる押し花のされた可憐な一筆箋に、彼らしい崩れた字体で、仕事は滞りなく進めている、何も心配せずに療養に専念して欲しい、クロガネ隊への復帰を待っている……そう綴られていた。
クロガネ隊が恋しい。早く元気になって、皆と一緒に働きたい。
軍舎に寝泊まりするジュリアスからも、摘み取ったばかりのように瑞々しい花束が連日届けられた。
花束と一緒にカードが添えられていて、嬉しくもあり照れ臭くもあり……
赤、白、黄色、青……日によって様々な薔薇が届けられた。抱えきれなほどの薔薇を持つジュリアスを想像してみると、驚くほど違和感がない。
”永遠に貴方に尽くします”
”貴方は私の全て。何をしていても可愛らしい人”
”貴方は私の希望であり、誇りです”
顔から火が出そうな台詞ばかりだが、嬉しい。綺麗な字体を指でなぞりながら、にやにやしてしまう。
「殿下、本日も届いておりますよ」
私室で寛いでいると、ナフィーサが手紙や見舞いの品々を持って現れた。
持ちきれない分は召使に運ばせている。朱金の
「何だろう?」
一際大きな荷物は光希の目の前に置かれた。はらりと織布が外され、輝きがこぼれる。
「アースレイヤ皇太子から、邪気を
「よく判らないけど……すごく高価じゃない? いいのかなぁ……」
「殿下の回復を願う、アースレイヤ皇太子のお気持ちでしょう」
見舞い品として水晶を送ってくれる人は多いが、これほど大きい水晶は初めてもらった。手紙には“回復を祈る”と一言綴られている。
「いろんな人に心配かけてしまったな……早く復帰したい」
水晶を見つめながら、しみじみと呟いた。
「合同模擬演習まで、あと二日ですよ。殿下の元気なお姿を見れば、皆も喜ぶでしょう」
ナフィーサの言葉に、光希は口元を綻ばせた。
「うん……今度、典礼儀式にも参加しようと思うんだ」
ルスタムの話では、最近、典礼儀式に足を運ぶ隊員が増えているという。光希の回復を祈っているのだろうと。
光希も彼等の為に祈りたい。神も、思い遣りを
ナフィーサは嬉しそうに頷いた。元は神殿の上級神官を務めていた少年は、例にもれず信心深い。
合同模擬演習まであと二日。
周囲の暖かな想いに癒され、光希は心身ともに元気になりつつある。
屋敷の工房で鉄にも触り始めた。以前のような閃きはないが、倒れるほど思いつめていた、
焦っても仕方ない……また一からやり直そう。
思えば、不安に駆られている時は、自分の心配ばかりしていた気がする。
周囲の視線や反応を気にして、
けれど、連日届けられる手紙や見舞の品々は、光希への思い遣りに溢れたものばかり。
納期を守れ、力ある鉄を、それでも花嫁なのか……そんなことは誰もいっていない。
光希が勝手に想像して、恐れ、疑い、傷ついていただけだ。注目を浴びて、期待に応えようと背伸びをして……見栄や虚栄心がなかっただろうか。
ユニヴァースやジュリアスの刀身を彫った時、そんな
鉄は心を映す鏡。曇らせていたのは光希自身だ。
答えは、もう見えている気がする。