アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 7 -
ぎゅうっと胸に剣を抱きしめる光希の頭を、ジュリアスは優しく撫でた。
「無理をさせては……と思っていましたが、六日後の合同模擬演習を見にきませんか?」
「合同模擬演習?」
確か、毎年恒例の軍主催の宮廷行事の一つだ。宮殿敷地内にある円形闘技場で開催されると聞いている。
「はい、陛下もお見えになりますが、一般にも公開されますし、堅苦しいものではありません。いい気晴らしになると思います」
「へぇ……そういえば、闘技場には入ったことないなぁ」
鍛錬所の後ろに、巨大な円形闘技場があることは知っている。古代ローマを彷彿とさせる建造物には、以前から興味があった。眼を輝かせる光希を見て、ジュリアスは嬉しそうに言葉を継ぐ。
「軍事演習とはいえ、アッサラームの獅子の中でも、見栄えのする若い隊員による剣舞 披露もあったり、なかなか華やかですよ」
「へぇー! 行進と模擬戦だけじゃないんだ」
「模擬戦も、各隊代表による勝ち残り戦で、頂上決戦はかなり盛り上がりますよ。毎年、賭博を取り締まるのに苦労しているくらいです」
「面白そうだね。誰が出るんだろう?」
「懲罰部隊に配属されなければ、騎馬隊第一の代表は間違いなくユニヴァースだったのですけれどね」
「えっ、そうなの」
光希は目を瞠った。
「素行に問題はありますが、優秀ですよ。幹部から要望もきていますし、帰還が間に合えば、参加させるつもりです」
「へぇー……じゃあアージュは? かなり強いんじゃないの?」
「そうですね。間違いなく歩兵隊一の戦力ですが……辞退したようですね。興味ないようなので、当日はルスタムと一緒に光希の護衛をしてもらいます」
彼の雄姿も見てみたいが、傍にいてくれるのは嬉しい。
それにしても、思った以上に面白そうだ。光希は日本にいた頃、友人と陸上自衛隊の富士総合火力演習を見学したことがある。
間近で見ると迫力が違うものだ。民間への軍事披露ならば、ぜひ見てみたい。
「楽しみだな。元々、宮廷行事だから強制参加だと思っていたけど」
「強制というわけではありません。ただ、光希は公宮の貴妃席から観戦することになります。西妃 や東妃 も同席しますが、構いませんか?」
「僕は構わないけど……」
答えながら微妙な気持ちになった。
以前ジュリアスに頼んで暗殺対象の宮女を助けた際、不幸にもアースレイヤの東妃に勘違いをさせてしまい、逃亡に至らせた経緯がある。
あれ以来、公式の場で何度か顔を合わせてはいるが、今でもその時のことを打ち明けられずにいる。極秘事項故、今後も叶わないだろう。
「光希が出席しても四貴妃の席は埋まりませんので、空いた一席には、ナディアの婚約者、アンジェリカ・ラスフィンカが招待されると思います」
「へぇ、ナディア将軍の?」
ナディア・カリッツバーグはアッサラーム軍の大将の一人で、ジュリアスの側近でもある。背中まで流れる灰銀髪の美しい青年だ。婚約者がいたとは知らなかった。
「はい。ナディアに心酔している、少々煩い娘ではありますが……裏表のない性格ですから、光希とは話が合うかもしれません」
ジュリアスが女性に対して、好意的な批評をするのは珍しい。
「アンジェリカ姫は、幾つなの?」
「確か十六歳です」
「へぇ、ナディア将軍は二十六歳だよね? 結構年が離れているね」
「そうですか? 十歳差なら近い方でしょう」
「そうなの? それにしても、ジュリとは一緒に観戦できないのかぁー」
どうせなら、光希も一般観客席か、軍関係者席から観戦したかった。
「私は監視する立場ですから、基本的には観客席に降りていけません。ですが、貴妃席にも少しは顔を出せますよ」
「本当? ジュリは演習に参加しないの?」
「入隊した当初は剣舞や試合に出ていましたよ。今はもう人にやらせて、観戦するだけのいい身分です」
ジュリアスは、ふふ、と愉しそうに笑った。
「そっかぁ、でも残念だな。ジュリの剣舞見てみたかった。きっと、すごく恰好いいんだろうね」
光希は、入隊当初のジュリアスを思い浮かべてみた。今より背も低く、天使のようにあどけない顔をして、でもやっぱり凛々しくて――きっと、皆の先頭に立って活躍していたのだろう。
「剣舞で良ければ、いつでもお見せしますよ」
「見せてよー。ジュリが試合に参加した時は、優勝したの? 大歓声だったでしょう?」
「そうですね……それなりに」
控えめに微笑むジュリアスを見て、光希は彼の謙遜を悟る。間違いなく、大歓声を浴びて華麗に勝利したに違いない。
「楽しみだな、合同模擬演習」
「では、しっかり休んで、体調を整えないといけませんね」
長い指に、撥ねた黒髪を撫でられながら、光希は明るい気持ちで、そうだね、と応えた。
「無理をさせては……と思っていましたが、六日後の合同模擬演習を見にきませんか?」
「合同模擬演習?」
確か、毎年恒例の軍主催の宮廷行事の一つだ。宮殿敷地内にある円形闘技場で開催されると聞いている。
「はい、陛下もお見えになりますが、一般にも公開されますし、堅苦しいものではありません。いい気晴らしになると思います」
「へぇ……そういえば、闘技場には入ったことないなぁ」
鍛錬所の後ろに、巨大な円形闘技場があることは知っている。古代ローマを彷彿とさせる建造物には、以前から興味があった。眼を輝かせる光希を見て、ジュリアスは嬉しそうに言葉を継ぐ。
「軍事演習とはいえ、アッサラームの獅子の中でも、見栄えのする若い隊員による
「へぇー! 行進と模擬戦だけじゃないんだ」
「模擬戦も、各隊代表による勝ち残り戦で、頂上決戦はかなり盛り上がりますよ。毎年、賭博を取り締まるのに苦労しているくらいです」
「面白そうだね。誰が出るんだろう?」
「懲罰部隊に配属されなければ、騎馬隊第一の代表は間違いなくユニヴァースだったのですけれどね」
「えっ、そうなの」
光希は目を瞠った。
「素行に問題はありますが、優秀ですよ。幹部から要望もきていますし、帰還が間に合えば、参加させるつもりです」
「へぇー……じゃあアージュは? かなり強いんじゃないの?」
「そうですね。間違いなく歩兵隊一の戦力ですが……辞退したようですね。興味ないようなので、当日はルスタムと一緒に光希の護衛をしてもらいます」
彼の雄姿も見てみたいが、傍にいてくれるのは嬉しい。
それにしても、思った以上に面白そうだ。光希は日本にいた頃、友人と陸上自衛隊の富士総合火力演習を見学したことがある。
間近で見ると迫力が違うものだ。民間への軍事披露ならば、ぜひ見てみたい。
「楽しみだな。元々、宮廷行事だから強制参加だと思っていたけど」
「強制というわけではありません。ただ、光希は公宮の貴妃席から観戦することになります。
「僕は構わないけど……」
答えながら微妙な気持ちになった。
以前ジュリアスに頼んで暗殺対象の宮女を助けた際、不幸にもアースレイヤの東妃に勘違いをさせてしまい、逃亡に至らせた経緯がある。
あれ以来、公式の場で何度か顔を合わせてはいるが、今でもその時のことを打ち明けられずにいる。極秘事項故、今後も叶わないだろう。
「光希が出席しても四貴妃の席は埋まりませんので、空いた一席には、ナディアの婚約者、アンジェリカ・ラスフィンカが招待されると思います」
「へぇ、ナディア将軍の?」
ナディア・カリッツバーグはアッサラーム軍の大将の一人で、ジュリアスの側近でもある。背中まで流れる灰銀髪の美しい青年だ。婚約者がいたとは知らなかった。
「はい。ナディアに心酔している、少々煩い娘ではありますが……裏表のない性格ですから、光希とは話が合うかもしれません」
ジュリアスが女性に対して、好意的な批評をするのは珍しい。
「アンジェリカ姫は、幾つなの?」
「確か十六歳です」
「へぇ、ナディア将軍は二十六歳だよね? 結構年が離れているね」
「そうですか? 十歳差なら近い方でしょう」
「そうなの? それにしても、ジュリとは一緒に観戦できないのかぁー」
どうせなら、光希も一般観客席か、軍関係者席から観戦したかった。
「私は監視する立場ですから、基本的には観客席に降りていけません。ですが、貴妃席にも少しは顔を出せますよ」
「本当? ジュリは演習に参加しないの?」
「入隊した当初は剣舞や試合に出ていましたよ。今はもう人にやらせて、観戦するだけのいい身分です」
ジュリアスは、ふふ、と愉しそうに笑った。
「そっかぁ、でも残念だな。ジュリの剣舞見てみたかった。きっと、すごく恰好いいんだろうね」
光希は、入隊当初のジュリアスを思い浮かべてみた。今より背も低く、天使のようにあどけない顔をして、でもやっぱり凛々しくて――きっと、皆の先頭に立って活躍していたのだろう。
「剣舞で良ければ、いつでもお見せしますよ」
「見せてよー。ジュリが試合に参加した時は、優勝したの? 大歓声だったでしょう?」
「そうですね……それなりに」
控えめに微笑むジュリアスを見て、光希は彼の謙遜を悟る。間違いなく、大歓声を浴びて華麗に勝利したに違いない。
「楽しみだな、合同模擬演習」
「では、しっかり休んで、体調を整えないといけませんね」
長い指に、撥ねた黒髪を撫でられながら、光希は明るい気持ちで、そうだね、と応えた。