アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 30 -
典礼儀式の後、大事をとって光希は公宮に戻された。
夜も更けた頃、荒々しく軍靴 を鳴らす音と共に、ジュリが工房へやってくる。
「光希!」
やはり怒っている。作業していた手を休めると、溜息を堪えて振り向いた。
「お帰り。どうなった?」
「片付けてきましたよ。なぜあんな真似を?」
「今日に限って、違うものが見えたんだ。ジュリに言う暇がなかった。ごめんなさい……」
「確かに、ゴブレットには致死量の毒が塗られていました。結果として、東妃 を救えましたが……神力をあのように示すのは早計でしたよ」
「でも他に思いつかなかったんだ」
ジュリは作業台の傍へ近寄ると、歯痒げに見下ろす。光希は上目遣いに仰ぎ見ると、気になっていたことを口に乗せた。
「……サンベリア様は、もう大丈夫?」
「ええ、宿舎に入りました。毒を仕込んだ神官は既に事切れていましたが、他の内通者は捕えました。四貴妃を神官宿舎に入れるなど前代未聞ですが……貴方の予見の前では、その驚きも霞んでしまいましたね」
「いけなかった……?」
「喉から手が出るほど欲しい情報ですからね。光希を軍議に連れてくるよう、散々言われましたよ……」
厭わしげにこめかみを指で押さえ、青い瞳は半ば伏せられた。
「僕は構わないよ。皆に知らせるべきだと思う」
「反対です」
「知っていることを、伝えるだけだよ」
「利用されるだけです」
「利用してくれていいんだよ。僕だってアッサラームの人間なんだから!」
「その前に私の花嫁 です!」
苛々しげに言い捨てる。光希は気圧され身体を引きかけたが、気を取り直すように口を開いた。
「とにかく……明日はクロガネ隊に行くよ」
「幹部連中が貴方を血眼 で探しているんですよ? 行けば、即連行されます」
「そ、そうなの?」
ジュリは険を解くと、思慮深い眼差しで光希を見つめた。
「大戦に向けて情勢は緊迫しています。相手の行軍経路、兵力、戦略が判れば遥かに優位に立てる。その答えが貴方にあるのなら、たとえ花嫁からでも引き出そうとするでしょう」
「僕は嬉しいよ。ジュリや皆の力になれることが。大した力には、なれないかもしれないけど……協力は惜しまないよ」
立ち上がると、苦慮の窺える眼差しを見つめ返した。ジュリは哀しげにため息をつく。
「それでも……私は光希を巻き込みたくありません」
手をとられ、甲に口づけられた。慈しむように、何度も柔らかく吸われる。逆にジュリの手をとると、ぎゅっと両手で包みこんだ。
「ありがとう。僕も同じ気持ちなんだよ。ジュリを助けたいんだ……手伝えることがあるなら、何でもしたいんだよ」
不意に腕を引かれて抱きしめられた。軍服に顔をうずめると、いつもより少し早いジュリの鼓動が伝わってくる。
「もう、光希が悩む姿を見たくありません」
「いいんだよ。僕の心配よりジュリは自分の心配をしてよ」
おとがいをすくわれて顔をあげると、首を伸ばしてキスを受け入れた。首に腕を回した途端、深いものへ変わっていく。
「ん……」
ジュリの額の宝石を通して、シャイターンが光希を見ている……ジュリの恋情のような深い想いを向けられている、そう感じることがある。
――俺を大切だと思ってくれるなら、絶対にジュリを守って。傷つけたら許さない……!
脅すように訴える。苦笑と共に、願いは聴き容 れられた気がした――
夜も更けた頃、荒々しく
「光希!」
やはり怒っている。作業していた手を休めると、溜息を堪えて振り向いた。
「お帰り。どうなった?」
「片付けてきましたよ。なぜあんな真似を?」
「今日に限って、違うものが見えたんだ。ジュリに言う暇がなかった。ごめんなさい……」
「確かに、ゴブレットには致死量の毒が塗られていました。結果として、
「でも他に思いつかなかったんだ」
ジュリは作業台の傍へ近寄ると、歯痒げに見下ろす。光希は上目遣いに仰ぎ見ると、気になっていたことを口に乗せた。
「……サンベリア様は、もう大丈夫?」
「ええ、宿舎に入りました。毒を仕込んだ神官は既に事切れていましたが、他の内通者は捕えました。四貴妃を神官宿舎に入れるなど前代未聞ですが……貴方の予見の前では、その驚きも霞んでしまいましたね」
「いけなかった……?」
「喉から手が出るほど欲しい情報ですからね。光希を軍議に連れてくるよう、散々言われましたよ……」
厭わしげにこめかみを指で押さえ、青い瞳は半ば伏せられた。
「僕は構わないよ。皆に知らせるべきだと思う」
「反対です」
「知っていることを、伝えるだけだよ」
「利用されるだけです」
「利用してくれていいんだよ。僕だってアッサラームの人間なんだから!」
「その前に私の
苛々しげに言い捨てる。光希は気圧され身体を引きかけたが、気を取り直すように口を開いた。
「とにかく……明日はクロガネ隊に行くよ」
「幹部連中が貴方を
「そ、そうなの?」
ジュリは険を解くと、思慮深い眼差しで光希を見つめた。
「大戦に向けて情勢は緊迫しています。相手の行軍経路、兵力、戦略が判れば遥かに優位に立てる。その答えが貴方にあるのなら、たとえ花嫁からでも引き出そうとするでしょう」
「僕は嬉しいよ。ジュリや皆の力になれることが。大した力には、なれないかもしれないけど……協力は惜しまないよ」
立ち上がると、苦慮の窺える眼差しを見つめ返した。ジュリは哀しげにため息をつく。
「それでも……私は光希を巻き込みたくありません」
手をとられ、甲に口づけられた。慈しむように、何度も柔らかく吸われる。逆にジュリの手をとると、ぎゅっと両手で包みこんだ。
「ありがとう。僕も同じ気持ちなんだよ。ジュリを助けたいんだ……手伝えることがあるなら、何でもしたいんだよ」
不意に腕を引かれて抱きしめられた。軍服に顔をうずめると、いつもより少し早いジュリの鼓動が伝わってくる。
「もう、光希が悩む姿を見たくありません」
「いいんだよ。僕の心配よりジュリは自分の心配をしてよ」
おとがいをすくわれて顔をあげると、首を伸ばしてキスを受け入れた。首に腕を回した途端、深いものへ変わっていく。
「ん……」
ジュリの額の宝石を通して、シャイターンが光希を見ている……ジュリの恋情のような深い想いを向けられている、そう感じることがある。
――俺を大切だと思ってくれるなら、絶対にジュリを守って。傷つけたら許さない……!
脅すように訴える。苦笑と共に、願いは聴き