アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 13 -
貴妃席にジュリアスと戻ると、アースレイヤ達に笑顔で迎えられた。
彼等が声をかける前に、ス……とジュリアスはさりげなく光希の隣に立ち、視線を遮った。
思うところは大いにあるが、今は観戦に集中する。試合は大分進み、ユニヴァースの準決勝戦が始まるところだ。
「ユニヴァースだよ、勝てるかな」
「勝てるでしょう」
ジュリアスは即答した。実際、その予想通り、ユニヴァースの圧勝に終わった。二、三、剣を閃かせたと思ったら、相手は腕から血を流して蹲ってしまったのだ。
「大丈夫かな……?」
蒼い顔で訊ねる光希の肩を抱き寄せ、衛生兵が控えていますから、とよく判らない慰めをジュリアスは口にした。
ともかく、光希は薔薇を一輪手に取り、投げ入れようとして……ふと隣に立つジュリアスを見上げた。
「……どうぞ、投げれば?」
ジュリアスは、どこか投げやりに呟いた。
微妙な空気だが、試合を見ていたのに彼にだけ投げ入れないのもどうかと思い、光希は花束から一輪を抜いて投げ入れた。
ユニヴァースは貴妃席を見上げて、嬉しそうに手を振っている。据わった視線を頬に感じながら、光希も控えめに振り返した。
ついに決勝戦。
会場は割れんばかりの喝采に包まれた。
それぞれの組の勝利者――ユニヴァースと、初戦を勝ち抜いた両利きの兵士は、正面対峙でサーベルを構える。
試合開始の銅鑼 が鳴り、両者同時に駆け出した。
閃きが早すぎて眼が追いつかないが、どちらも紙一重で躱 しているように見える。
互角に見えたが、しばらくするとユニヴァースが押し始めた。激しい応戦を続けながら、少しずつ陣の淵へと相手を追いやる。
キィンッ!
最後は対戦相手が踏鞴 を踏む形で、陣の外へ追い出された。
ワッ、と会場は震えるほど沸き立った。
「うぉ――っ! ユニヴァース優勝!?」
固唾を呑んで見守っていた光希も、思わず叫んだ。
会場が煩くて声は殆ど通らない。隣を仰ぐと、そのようです、とジュリアスは気のない声で返事した。
儀礼に則り、貴妃席からも花が投げ入れられた。頑なに拒んでいたアンジェリカも投げ入れている。
光希も投げ入れようとしたら、上からひょいとジュリアスの手が伸びてきて、花を奪われた。奪っておきながら、至極どうでも良さそうにそれを投げ入れる。
「何で?」
「別に?」
二人の間にだけ、なんともいえない沈黙が流れた。
外野は楽しそうだ。初々しいですわ、リビライラは呟き、皇子二人も愉しそうに見ている。
これで模擬戦も終了かと思いきや、進行役は最後の演目と称し、優勝者に挑戦権を与えた。
優勝者に与えられる褒章の一つで、階級問わず名指しで実剣勝負を挑める権利だ。
指名を受けた方に拒否権はない。日頃は手の届かない階級相手に、公式の場で挑めるので、毎年大いに盛り上がるとか。
わくわくしながら見守っていると、ユニヴァースはこちらを見上げてサーベルの剣尖 を貴妃席に向け――
「シャイターンッ!」
凛然と吠えた。
オォ――ッ!! 殆ど怒号のような歓声が響き渡る。
今日一番、闘技場が沸いた。
興奮した観客達が石床を足で踏み鳴らし、その振動が貴妃席まで伝わってくる。人の強烈な足踏みで地面が揺れる!
「ジュリ、指名されたのっ!?」
腕を組んで見下ろしていたジュリアスは、不敵な笑みを浮かべると、サーベルをすらりと抜いて、闘技場に立つユニヴァースに剣尖を向けた。
見惚れるほど恰好良くて、心臓がどきどきする。
歓声が煩すぎて、思わず両耳を手で塞いだ。
興奮した観客が、ボロボロと二階から零れ落ちている。危ないったらない。周囲の兵士が慌てて収拾している。
その様子をハラハラしながら見ていると、いきなり抱きしめられた。
「――っ、ん!」
おとがいをすくわれて、上向いた途端に唇を塞がれた。しっとり唇を重ねて軽く吸われる。顔を離すと、すぐ近くで青い双眸が優しく細められた。
「いってきます。私が勝ったら、手に余るほどの花を、投げ入れてくださいね」
ジュリアスは光希の手をとると、恭しく甲に口づけた。冷やかす外野を無視して、光希はしっかり頷いた。
「頑張れ、ジュリッ!!」
ジュリアスは輝くような笑みを閃かせると、石縁に手をかけるや、軽やかに飛び降りた。 慌てて闘技場を見下ろすと、ジュリアスは既に舞台に向かって歩き始めていた。
最終演目。
挑戦者――優勝者ユニヴァースと、アッサラーム大将、ジュリアスとの試合が幕を開けた。
彼等が声をかける前に、ス……とジュリアスはさりげなく光希の隣に立ち、視線を遮った。
思うところは大いにあるが、今は観戦に集中する。試合は大分進み、ユニヴァースの準決勝戦が始まるところだ。
「ユニヴァースだよ、勝てるかな」
「勝てるでしょう」
ジュリアスは即答した。実際、その予想通り、ユニヴァースの圧勝に終わった。二、三、剣を閃かせたと思ったら、相手は腕から血を流して蹲ってしまったのだ。
「大丈夫かな……?」
蒼い顔で訊ねる光希の肩を抱き寄せ、衛生兵が控えていますから、とよく判らない慰めをジュリアスは口にした。
ともかく、光希は薔薇を一輪手に取り、投げ入れようとして……ふと隣に立つジュリアスを見上げた。
「……どうぞ、投げれば?」
ジュリアスは、どこか投げやりに呟いた。
微妙な空気だが、試合を見ていたのに彼にだけ投げ入れないのもどうかと思い、光希は花束から一輪を抜いて投げ入れた。
ユニヴァースは貴妃席を見上げて、嬉しそうに手を振っている。据わった視線を頬に感じながら、光希も控えめに振り返した。
ついに決勝戦。
会場は割れんばかりの喝采に包まれた。
それぞれの組の勝利者――ユニヴァースと、初戦を勝ち抜いた両利きの兵士は、正面対峙でサーベルを構える。
試合開始の
閃きが早すぎて眼が追いつかないが、どちらも紙一重で
互角に見えたが、しばらくするとユニヴァースが押し始めた。激しい応戦を続けながら、少しずつ陣の淵へと相手を追いやる。
キィンッ!
最後は対戦相手が
ワッ、と会場は震えるほど沸き立った。
「うぉ――っ! ユニヴァース優勝!?」
固唾を呑んで見守っていた光希も、思わず叫んだ。
会場が煩くて声は殆ど通らない。隣を仰ぐと、そのようです、とジュリアスは気のない声で返事した。
儀礼に則り、貴妃席からも花が投げ入れられた。頑なに拒んでいたアンジェリカも投げ入れている。
光希も投げ入れようとしたら、上からひょいとジュリアスの手が伸びてきて、花を奪われた。奪っておきながら、至極どうでも良さそうにそれを投げ入れる。
「何で?」
「別に?」
二人の間にだけ、なんともいえない沈黙が流れた。
外野は楽しそうだ。初々しいですわ、リビライラは呟き、皇子二人も愉しそうに見ている。
これで模擬戦も終了かと思いきや、進行役は最後の演目と称し、優勝者に挑戦権を与えた。
優勝者に与えられる褒章の一つで、階級問わず名指しで実剣勝負を挑める権利だ。
指名を受けた方に拒否権はない。日頃は手の届かない階級相手に、公式の場で挑めるので、毎年大いに盛り上がるとか。
わくわくしながら見守っていると、ユニヴァースはこちらを見上げてサーベルの
「シャイターンッ!」
凛然と吠えた。
オォ――ッ!! 殆ど怒号のような歓声が響き渡る。
今日一番、闘技場が沸いた。
興奮した観客達が石床を足で踏み鳴らし、その振動が貴妃席まで伝わってくる。人の強烈な足踏みで地面が揺れる!
「ジュリ、指名されたのっ!?」
腕を組んで見下ろしていたジュリアスは、不敵な笑みを浮かべると、サーベルをすらりと抜いて、闘技場に立つユニヴァースに剣尖を向けた。
見惚れるほど恰好良くて、心臓がどきどきする。
歓声が煩すぎて、思わず両耳を手で塞いだ。
興奮した観客が、ボロボロと二階から零れ落ちている。危ないったらない。周囲の兵士が慌てて収拾している。
その様子をハラハラしながら見ていると、いきなり抱きしめられた。
「――っ、ん!」
おとがいをすくわれて、上向いた途端に唇を塞がれた。しっとり唇を重ねて軽く吸われる。顔を離すと、すぐ近くで青い双眸が優しく細められた。
「いってきます。私が勝ったら、手に余るほどの花を、投げ入れてくださいね」
ジュリアスは光希の手をとると、恭しく甲に口づけた。冷やかす外野を無視して、光希はしっかり頷いた。
「頑張れ、ジュリッ!!」
ジュリアスは輝くような笑みを閃かせると、石縁に手をかけるや、軽やかに飛び降りた。 慌てて闘技場を見下ろすと、ジュリアスは既に舞台に向かって歩き始めていた。
最終演目。
挑戦者――優勝者ユニヴァースと、アッサラーム大将、ジュリアスとの試合が幕を開けた。