アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 12 -
溢れるほどの薔薇を放るという失策を冒してからは、慎ましく一輪のみを投げ入れるようにした。
投げ入れる際、哨戒 に立つジュリアスと何度か眼が合い、気まずい思いをした。
ふと見れば、サンベリアはいよいよぐったりしていた。腹を押えて俯いている。
「大丈夫ですか?」
光希が声をかけると、アースレイヤもリビライラも、一見して心配そうに彼女に群れた。しかし、サンベリアの具合を余計に悪化させていることはあきらかである。
彼等と引き離した方がいい。そう判断すると、思い切って東妃の前に跪き、怯えきった双眸を下から仰いだ。
「休みましょう。案内しますから、ついてきてください」
有無をいわさずサンベリアの手をとって立たせると、
「すぐ戻りますね」
貴妃席に並ぶ貴顕 な顔ぶれに、一方的に告げた。
闘技場内部の、関係者区画にある休憩室を人払いして、サンベリアを横に寝かせた。
「傍にいて欲しい人はいますか? 呼んできます」
額に浮かぶ汗の玉を拭いてやりながら訊ねると、サンベリアはか細い声で、近しい仲だという侍女の名を呟いた。護衛兵の一人を遣いにやると、光希は安心させるようにほほえんだ。
「安心してくださいね。サンベリア様……お腹に子供がいるのですか?」
思い切って訊ねると、サンベリアは力なく頷いた。やっぱり、と光希は内心で頭を抱えた。
パールメラ失踪の時に、逃亡すら考えた人だ。さぞ不安な気持ちでいるに違いない。
「姫様!」
恰幅のいい年かさの女が、慌ただしく駆け込んできた。寝椅子に横たわるサンベリアの傍に跪くと、力なく身体に沿う繊手 を、ふっくらした手で包みこむ。
慈しみに溢れた仕草を見て、光希は少し安心した。気の弱いサンベリアにも、心を許せる人はいるらしい。
「馬車と護衛を用意させます。今日はもうお帰りください。皆には、僕から説明しておきます」
さっきから独断の連続だ。恐ろしいが、光希が公宮の権威というのなら許されると信じたい。それに、ルスタムが光希の指示に従ってくれているうちは問題ないだろう。
去り際、サンベリアは感謝の色を瞳に浮かべて、光希に深くお辞儀をした。
「ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありません」
「いいえ……ゆっくり休んでください」
光希が笑みかけると、サンベリアも控えめにほほえんだ。
彼女の今後を思うと、心配になる。何とか、助けてあげられたらいいのだが……
サンベリア達を見送った後、貴妃席に戻る道すがらジュリアスに会った。
どうやら光希を探していたらしい。ほっとした顔で近づいてくる。
「東妃はどうしたのです?」
「今、ルスタム達に送らせたところ」
「何があったのです?」
「彼女、お腹に子供がいるんだ……アースレイヤ皇太子とリビライラ様に挟まれて、具合を悪くしたんだと思う」
光希の言葉に、ジュリアスは眉をひそめた。
「懐妊したのか……」
「サンベリア様はどうなると思う……?」
ジュリアスは沈黙で応えた。表情からは読みとれないが、同じことを考えている気がする。このままでは、リビライラに消されてしまわないだろうか?
「……アースレイヤの思う壺です。東妃のことは忘れてください。できますか?」
ウッ、と呻く光希を、ジュリアスは静かに見下ろした。
「彼女を助けてあげたい」
疲れたようなジュリアスのため息を聞いて、光希は身体を強張らせた。硬くなる頬の両線を両手に包みこみ、ジュリアスは唇に触れるだけのキスをした。
「この話は、今はよしましょう」
賛成……光希は無言で首を縦に振ると、腰を抱かれたまま貴妃席に戻った。
投げ入れる際、
ふと見れば、サンベリアはいよいよぐったりしていた。腹を押えて俯いている。
「大丈夫ですか?」
光希が声をかけると、アースレイヤもリビライラも、一見して心配そうに彼女に群れた。しかし、サンベリアの具合を余計に悪化させていることはあきらかである。
彼等と引き離した方がいい。そう判断すると、思い切って東妃の前に跪き、怯えきった双眸を下から仰いだ。
「休みましょう。案内しますから、ついてきてください」
有無をいわさずサンベリアの手をとって立たせると、
「すぐ戻りますね」
貴妃席に並ぶ
闘技場内部の、関係者区画にある休憩室を人払いして、サンベリアを横に寝かせた。
「傍にいて欲しい人はいますか? 呼んできます」
額に浮かぶ汗の玉を拭いてやりながら訊ねると、サンベリアはか細い声で、近しい仲だという侍女の名を呟いた。護衛兵の一人を遣いにやると、光希は安心させるようにほほえんだ。
「安心してくださいね。サンベリア様……お腹に子供がいるのですか?」
思い切って訊ねると、サンベリアは力なく頷いた。やっぱり、と光希は内心で頭を抱えた。
パールメラ失踪の時に、逃亡すら考えた人だ。さぞ不安な気持ちでいるに違いない。
「姫様!」
恰幅のいい年かさの女が、慌ただしく駆け込んできた。寝椅子に横たわるサンベリアの傍に跪くと、力なく身体に沿う
慈しみに溢れた仕草を見て、光希は少し安心した。気の弱いサンベリアにも、心を許せる人はいるらしい。
「馬車と護衛を用意させます。今日はもうお帰りください。皆には、僕から説明しておきます」
さっきから独断の連続だ。恐ろしいが、光希が公宮の権威というのなら許されると信じたい。それに、ルスタムが光希の指示に従ってくれているうちは問題ないだろう。
去り際、サンベリアは感謝の色を瞳に浮かべて、光希に深くお辞儀をした。
「ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありません」
「いいえ……ゆっくり休んでください」
光希が笑みかけると、サンベリアも控えめにほほえんだ。
彼女の今後を思うと、心配になる。何とか、助けてあげられたらいいのだが……
サンベリア達を見送った後、貴妃席に戻る道すがらジュリアスに会った。
どうやら光希を探していたらしい。ほっとした顔で近づいてくる。
「東妃はどうしたのです?」
「今、ルスタム達に送らせたところ」
「何があったのです?」
「彼女、お腹に子供がいるんだ……アースレイヤ皇太子とリビライラ様に挟まれて、具合を悪くしたんだと思う」
光希の言葉に、ジュリアスは眉をひそめた。
「懐妊したのか……」
「サンベリア様はどうなると思う……?」
ジュリアスは沈黙で応えた。表情からは読みとれないが、同じことを考えている気がする。このままでは、リビライラに消されてしまわないだろうか?
「……アースレイヤの思う壺です。東妃のことは忘れてください。できますか?」
ウッ、と呻く光希を、ジュリアスは静かに見下ろした。
「彼女を助けてあげたい」
疲れたようなジュリアスのため息を聞いて、光希は身体を強張らせた。硬くなる頬の両線を両手に包みこみ、ジュリアスは唇に触れるだけのキスをした。
「この話は、今はよしましょう」
賛成……光希は無言で首を縦に振ると、腰を抱かれたまま貴妃席に戻った。