アッサラーム夜想曲
第3部:アッサラームの獅子 - 20 -
「……本当に、解放してくれますか?」
ヴァレンティーンは穏やかに笑んだ。
「お約束をいただければ」
「約束?」
誓約書のようなものだろうか? 男は椅子から立ち上がると、鉄柵の扉に近付き、鍵に手を伸ばした。
「私の“声”になるというのなら、従順に囀 っていただかなくては」
ガシャン。鍵の外れる音が、やけに大きく響く。光希は椅子から身体を起こすと、扉が開く前に部屋の後方へ下がった。
「何をする気ですか?」
「怯えなくてもよろしい。私は約束を守る男です。最初に、丁重にもてなすと約束いたしました」
男はゆっくりと近づいてくる。
「嘘。僕を袋に押し込めて、荷物のように連れてきた」
決然と睨 めつける光希を見て、ヴァレンティーンは含み笑いを漏らした。
「大変申し訳ありませんでした。縄で肌を痛めたと聞いています。診てさしあげますから、こちらへ」
「こないでください」
「ふ……小鳥を追いかけているようだ」
部屋の外周に背をつけたまま、じりじりと後じさる。卓に置かれた小箱を手に取った。
「ふ、それを私に投げるおつもりですか?」
その通りだ。少しでも近づいたら投げつけてやる。
寝台を迂回しようとしたら、男は急に手を伸ばしてきた。手にした小箱を投げつけて必死に逃げる。
大きな音が鳴り、旦那様! と檻の外から危ぶむ声が聞こえた。
「大事ない。扉だけ見ておけ。殿下、あまり暴れては傷が増えますよ」
「なら、何もしないで……僕を傷つけたら、シャイターンは絶対に貴方を許さない!」
精一杯きつい口調で吠えたが、ヴァレンティーンは愉快そうに哄笑 した。
掌の上で弄ばれているようだ。
緩急をつけて追い詰められる度に、焦ってあちこち身体をぶつけてしまう。調度品や壁飾りは床に落ち、水差しや杯が床に落ちて砕け散った。
『痛 ぅ……っ』
逃げる途中、素足で破片を踏んだ。痛みに立ち止まった瞬間、後ろから抱きすくめられた。
「暴れるからですよ」
「嫌だ! 離して!」
「小さな身体ですねぇ……花嫁 は、いとけない子供のようだ」
雅な雰囲気の男だが、拘束する腕は鋼のようだった。手足をばたつかせても、びくともしない。
ヴァレンティーンは光希を抱きすくめたまま寝台に近付く。顔から血の気が引いた。
「嫌だっ! 離して、降ろしてー―っ!」
声を張り上げたら声が枯れた。喉が痛い。げほげほと背を丸めて咽 ると、寝台に降ろされ、両手首を押さえつけられた。欲の浮いた双眸に見下ろされる――
「シャイターンも溺れる身体、味わってみたいと思っていました」
嘘だろ……勘違いであって欲しかったが、この男は本当に、光希を欲望の対象として見ているらしい。
顔が近づいてきて、顔を横に倒したら、涙の滲んだ眦 を舌で舐められた。
「甘い涙ですねぇ」
嫌悪と恐怖。涙は増々溢れた……心は悲鳴を上げる。
「やめて」
「ふ、抵抗はお終いですか?」
「ごめんなさい。離してください。嫌だ……怖い……ふ……っ」
「お可愛らしい……生娘のようだ」
襟の合わせに手が滑り込む。おぞましい感触に、ぞぞ……と鳥肌が立った。
「嫌だぁッ!!」
絶望しかけた時――
ドォンッ!! 耳を聾 する衝撃音が響き渡った。
ヴァレンティーンは穏やかに笑んだ。
「お約束をいただければ」
「約束?」
誓約書のようなものだろうか? 男は椅子から立ち上がると、鉄柵の扉に近付き、鍵に手を伸ばした。
「私の“声”になるというのなら、従順に
ガシャン。鍵の外れる音が、やけに大きく響く。光希は椅子から身体を起こすと、扉が開く前に部屋の後方へ下がった。
「何をする気ですか?」
「怯えなくてもよろしい。私は約束を守る男です。最初に、丁重にもてなすと約束いたしました」
男はゆっくりと近づいてくる。
「嘘。僕を袋に押し込めて、荷物のように連れてきた」
決然と
「大変申し訳ありませんでした。縄で肌を痛めたと聞いています。診てさしあげますから、こちらへ」
「こないでください」
「ふ……小鳥を追いかけているようだ」
部屋の外周に背をつけたまま、じりじりと後じさる。卓に置かれた小箱を手に取った。
「ふ、それを私に投げるおつもりですか?」
その通りだ。少しでも近づいたら投げつけてやる。
寝台を迂回しようとしたら、男は急に手を伸ばしてきた。手にした小箱を投げつけて必死に逃げる。
大きな音が鳴り、旦那様! と檻の外から危ぶむ声が聞こえた。
「大事ない。扉だけ見ておけ。殿下、あまり暴れては傷が増えますよ」
「なら、何もしないで……僕を傷つけたら、シャイターンは絶対に貴方を許さない!」
精一杯きつい口調で吠えたが、ヴァレンティーンは愉快そうに
掌の上で弄ばれているようだ。
緩急をつけて追い詰められる度に、焦ってあちこち身体をぶつけてしまう。調度品や壁飾りは床に落ち、水差しや杯が床に落ちて砕け散った。
『
逃げる途中、素足で破片を踏んだ。痛みに立ち止まった瞬間、後ろから抱きすくめられた。
「暴れるからですよ」
「嫌だ! 離して!」
「小さな身体ですねぇ……
雅な雰囲気の男だが、拘束する腕は鋼のようだった。手足をばたつかせても、びくともしない。
ヴァレンティーンは光希を抱きすくめたまま寝台に近付く。顔から血の気が引いた。
「嫌だっ! 離して、降ろしてー―っ!」
声を張り上げたら声が枯れた。喉が痛い。げほげほと背を丸めて
「シャイターンも溺れる身体、味わってみたいと思っていました」
嘘だろ……勘違いであって欲しかったが、この男は本当に、光希を欲望の対象として見ているらしい。
顔が近づいてきて、顔を横に倒したら、涙の滲んだ
「甘い涙ですねぇ」
嫌悪と恐怖。涙は増々溢れた……心は悲鳴を上げる。
「やめて」
「ふ、抵抗はお終いですか?」
「ごめんなさい。離してください。嫌だ……怖い……ふ……っ」
「お可愛らしい……生娘のようだ」
襟の合わせに手が滑り込む。おぞましい感触に、ぞぞ……と鳥肌が立った。
「嫌だぁッ!!」
絶望しかけた時――
ドォンッ!! 耳を