アッサラーム夜想曲
第3部:アッサラームの獅子 - 13 -
力を出し切ったせいか、高熱が続き寝込む羽目になった。
渾身の刀身彫刻をユニヴァースは褒めてくれたが、ジュリアスは面白くなさそうであった。
「もう、こんなに疲れ切ってしまって……どうしてユニヴァースの為に……」
光希の額に浮かぶ汗を甲斐甲斐しく拭き取りながら、ジュリアスはぶつぶつと文句をいっている。
違う、自分の為にやったことだ。やっと、ジュリの力になれる――そういいたくとも、口を開く気力が無い。
「自慢されましたよ。全く、彼には宝の持ち腐れです。私なら百の力を引き出せるものを……でも、そのせいで貴方が倒れてしまうなら、どんな力もいりません。無理はしないでください」
彼は今、どんな顔をしているのだろう。顔を見たい……それなのに、どうしても眼を開けられない。
「光希がそこまで心を砕くとは思いませんでした。武装親衛隊に任命したのは私ですが、こんなことなら任命しなければ良かった……」
そんなことをいわないで欲しい。すぐに治すから――いいたいのに、意識は曖昧模糊 に霞んでいく。
「……き、光希? お早うございます。もう出掛けますが、ナフィーサとルスタムがついていますからね」
ぼんやりした意識の向こうで、ジュリアスが心配そうに見下ろしている。
時間の感覚がない。いつの間にか、夜が明けたようだ……
起き上がれずにいると、宥めるように肩を押された。寝ていていいよ、と優しい声がいう。汗で張りついた前髪を撫でられ、額に唇が落ちる。意識は再び沈んでいった。
「殿下はまだ……」
時々、ナフィーサの声も聞こえた。
「光希、もう二日も水しか口にしていない。少しは食べないと……」
気がつくと外は暗く、隣にジュリアスがいた。
疲れているだろうに、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。軟体生物のように力の入らない光希の身体を、自分の胸にもたれかけさせ、スープを口元へと運ぶ。
きちんと呑み込んだつもりが、嚥下出来ずに唇から零れていった。ジュリアスは何もいわず、口元を拭う。
申し訳ない……
親鳥が雛鳥にそうするように、口移しでスープは与えられた。それでも半分は唇から流れてしまい、ジュリアスの手や光希の寝間着を汚した。一人で食事も出来ない我が身が情けなくて、視界が潤む。
「可哀相に……」
零れる涙を、ジュリアスは唇で優しくぬぐった。
「今日、ユニヴァースから面会の申し入れがありました。断りましたよ。もう除名してやりたい……早く元気になってくださいね」
五日寝込んだ果てに、光希は復調した。
テラスで食事する光希を見て、ジュリアスやナフィーサ、屋敷の召使達はほっとした顔をしている。
とにかく腹が空いていた。
久々の食事にも関わらず、旺盛な食欲に溢れている。だから痩せないのだろうか? あれだけ寝込んだのに、少しも痩せていないとは……頑固な脂肪が憎々しい。
「ねぇ、ユニヴァースは元気にしてる?」
ジュリアスは不満そうに柳眉をひそめた。
「元気ですよ。貴方を心配していました」
「そっか……」
「人の心配より、自分の心配をしてください」
「うん、心配掛けてごめん。本当に大丈夫だから、ジュリもう行っていいよ?」
「追い払おうとしないでください。もう少しだけ、元気な光希の姿を見ていたいんです」
「追い払おうなんて……もぐもぐ……」
食事の手を休めない光希を見て、ジュリアスは嬉しそうに眼を細めた。皿を傍へ寄せたり、光希の頬についたパン屑を取ったり、何かと構ってくる。
「良かった、元気になって」
「ありがとう。もしジュリが病気になったら、僕が看護してあげるからね」
そういうと、ジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしています。では、そろそろいきますね。光希は病み上がりなのですから、無理しないように」
「はーい。いってらっしゃい」
座ったまま見送った。
一人になると、言われた通り屋敷の中で、というよりも寝台の上で過ごした。暇潰しに遊戯室でボードゲームでもしようと思ったら、ナフィーサに連れ戻されたのだ。
「殿下、もう! 今日くらいは大人しくしていてくださいっ」
どういうことだ……自分よりずっと幼いナフィーサに、子供を躾けるように叱られてしまった。
寝込んでいる間に、確実に年上の威厳は劣化したようだ。
渾身の刀身彫刻をユニヴァースは褒めてくれたが、ジュリアスは面白くなさそうであった。
「もう、こんなに疲れ切ってしまって……どうしてユニヴァースの為に……」
光希の額に浮かぶ汗を甲斐甲斐しく拭き取りながら、ジュリアスはぶつぶつと文句をいっている。
違う、自分の為にやったことだ。やっと、ジュリの力になれる――そういいたくとも、口を開く気力が無い。
「自慢されましたよ。全く、彼には宝の持ち腐れです。私なら百の力を引き出せるものを……でも、そのせいで貴方が倒れてしまうなら、どんな力もいりません。無理はしないでください」
彼は今、どんな顔をしているのだろう。顔を見たい……それなのに、どうしても眼を開けられない。
「光希がそこまで心を砕くとは思いませんでした。武装親衛隊に任命したのは私ですが、こんなことなら任命しなければ良かった……」
そんなことをいわないで欲しい。すぐに治すから――いいたいのに、意識は
「……き、光希? お早うございます。もう出掛けますが、ナフィーサとルスタムがついていますからね」
ぼんやりした意識の向こうで、ジュリアスが心配そうに見下ろしている。
時間の感覚がない。いつの間にか、夜が明けたようだ……
起き上がれずにいると、宥めるように肩を押された。寝ていていいよ、と優しい声がいう。汗で張りついた前髪を撫でられ、額に唇が落ちる。意識は再び沈んでいった。
「殿下はまだ……」
時々、ナフィーサの声も聞こえた。
「光希、もう二日も水しか口にしていない。少しは食べないと……」
気がつくと外は暗く、隣にジュリアスがいた。
疲れているだろうに、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。軟体生物のように力の入らない光希の身体を、自分の胸にもたれかけさせ、スープを口元へと運ぶ。
きちんと呑み込んだつもりが、嚥下出来ずに唇から零れていった。ジュリアスは何もいわず、口元を拭う。
申し訳ない……
親鳥が雛鳥にそうするように、口移しでスープは与えられた。それでも半分は唇から流れてしまい、ジュリアスの手や光希の寝間着を汚した。一人で食事も出来ない我が身が情けなくて、視界が潤む。
「可哀相に……」
零れる涙を、ジュリアスは唇で優しくぬぐった。
「今日、ユニヴァースから面会の申し入れがありました。断りましたよ。もう除名してやりたい……早く元気になってくださいね」
五日寝込んだ果てに、光希は復調した。
テラスで食事する光希を見て、ジュリアスやナフィーサ、屋敷の召使達はほっとした顔をしている。
とにかく腹が空いていた。
久々の食事にも関わらず、旺盛な食欲に溢れている。だから痩せないのだろうか? あれだけ寝込んだのに、少しも痩せていないとは……頑固な脂肪が憎々しい。
「ねぇ、ユニヴァースは元気にしてる?」
ジュリアスは不満そうに柳眉をひそめた。
「元気ですよ。貴方を心配していました」
「そっか……」
「人の心配より、自分の心配をしてください」
「うん、心配掛けてごめん。本当に大丈夫だから、ジュリもう行っていいよ?」
「追い払おうとしないでください。もう少しだけ、元気な光希の姿を見ていたいんです」
「追い払おうなんて……もぐもぐ……」
食事の手を休めない光希を見て、ジュリアスは嬉しそうに眼を細めた。皿を傍へ寄せたり、光希の頬についたパン屑を取ったり、何かと構ってくる。
「良かった、元気になって」
「ありがとう。もしジュリが病気になったら、僕が看護してあげるからね」
そういうと、ジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしています。では、そろそろいきますね。光希は病み上がりなのですから、無理しないように」
「はーい。いってらっしゃい」
座ったまま見送った。
一人になると、言われた通り屋敷の中で、というよりも寝台の上で過ごした。暇潰しに遊戯室でボードゲームでもしようと思ったら、ナフィーサに連れ戻されたのだ。
「殿下、もう! 今日くらいは大人しくしていてくださいっ」
どういうことだ……自分よりずっと幼いナフィーサに、子供を躾けるように叱られてしまった。
寝込んでいる間に、確実に年上の威厳は劣化したようだ。