アッサラーム夜想曲
第3部:アッサラームの獅子 - 12 -
先日のチャームは思いのほか好評で、他の兵士達からも注文が殺到した。
嬉しい限りである。
望んでくれる全員に渡したいところだが、かなりの数があるので、アルシャッドと相談して、依頼してくれた順に一先ず百まで受注することに決めた。
依頼をこなす合間に、お世話になっている人達――工房の隊員や、屋敷の人間、ジュリアス、ローゼンアージュ、ユニヴァースの分を作る。
ユニヴァースに依頼されている、サーベルの刀身に入れる柄 もようやく方針を決めた。
アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の紋章は、双龍と剣だ。
ならば、験 を担いで昇り龍を入れる。願いを地上から天上へと運び、叶えてくれる聖なる守護龍。
初めての刀身彫刻に不安は募る。精緻な柄になるだろうと覚悟していた通り、下描きから難航した。
独特の黒艶を放つ刀身に、下描きを当てては首を捻る……何故だろう、しっくりこない。
悩んでも答えを得られず、行き詰る度に、気分転換とばかりにチャーム制作に逃げた。
+
夜の帳 に覆われた公宮。
テラスで寛いでいる時を見計らって、光希は完成したチャームをジュリアスに手渡した。彼は小さく眼を瞠ると、忽 ち表情を綻ばせた。
「ありがとうございます。ネームプレートと一緒につけますね」
破顔すると、襟を寛げて首から鎖を引っ張り出した。着用が義務付られている鉄 のネームプレートには、軍の紋章、所属名、名前が記されてる。
鎖に金古美のイニシャルチャームを通すと、ジュリアスは指で摘み、恭しく唇を押し当てた。
「光希が傍にいてくれるみたい」
健気な姿を見て、光希は思わず身を乗り出した。チャームの裏側に、そっとキスをする。
「傍に居るよ」
囁くと、ジュリは嬉しそうに微笑んだ。眩しい笑顔を見て、もっと早く作ってあげれば良かったと後悔した。
チャーム制作が捗る一方で、刀身彫刻は遅々として進まず。
龍の意匠に決めたのに、なぜこうも下描きが上手くいかないのだろう? もう、アルシャッドに泣きついてしまいたい。
「……まぁ、そんなわけで、悩んでるんだ」
工房にユニヴァースが遊びにきた時、光希はつい弱音を吐いた。
「あれ“ノボリリュウ”に決めたって、いっていませんでした?」
「そうなんだけど、守護龍の下描きがどうしてか上手くいかなくて」
「しっくりこないんですね? 俺、守られるって柄じゃないし、守護龍でなくとも、ありがたい御加護なら何であれ嬉しいですよ。シャイターンも闘神ですし」
ユニヴァースの何気ない言葉を聞いて、光希は目を見開いた。
閃いた。
龍は龍でも、願いを聞き届ける守護龍ではなく、悪鬼滅する猛る龍。懐かしい世界の武神――不動明王の変化した姿、倶利迦羅龍 !
火炎に包まれた竜が、岩の上に突き立つ宝剣に巻きついている形像は、日本でもよく知られている。
龍は飛竜に、岩に立つ宝剣は、軍の紋章にあるサーベルに。そして火炎を青い炎に置き換えれば、シャイターンを象徴する力ある柄になる。きっと良いものが出来る!
それから――
徹夜も辞さない勢いで、七日かけて一気呵成 に仕上げた。
黒艶のある鉄に、どこか荒削りだが、人眼を引く力強い竜が入った。
サーベルを渡すと、ユニヴァースはしみじみと刀身に魅入った。
「俺には判ります。この柄にはシャイターンの神力が宿っている。こんな凄い御加護をもらえるなんて、思ってもみませんでした」
賞賛の眼差しを向けられて、光希は面映ゆげに頭を掻いた。
「うん、お見事! よくこの短期間で仕上げましたね」
師匠であるアルシャッドにも褒められ、光希は安堵のあまり、その場に頽 れそうになった。よろよろと作業台の椅子に腰かけると、ローゼンアージュが心配そうに近づいてきた。
「殿下?」
「あ、大丈夫……」
作業の間は無心でいられたが、安心した途端に圧し掛かるような疲労に襲われた。ずっと座って作業していたから腰が重い。槌と鏨 を持っていた手は痺れ、潰れたマメがじくじくと痛みを訴えている。
「あぁ……終わったぁ」
嬉しい限りである。
望んでくれる全員に渡したいところだが、かなりの数があるので、アルシャッドと相談して、依頼してくれた順に一先ず百まで受注することに決めた。
依頼をこなす合間に、お世話になっている人達――工房の隊員や、屋敷の人間、ジュリアス、ローゼンアージュ、ユニヴァースの分を作る。
ユニヴァースに依頼されている、サーベルの刀身に入れる
アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の紋章は、双龍と剣だ。
ならば、
初めての刀身彫刻に不安は募る。精緻な柄になるだろうと覚悟していた通り、下描きから難航した。
独特の黒艶を放つ刀身に、下描きを当てては首を捻る……何故だろう、しっくりこない。
悩んでも答えを得られず、行き詰る度に、気分転換とばかりにチャーム制作に逃げた。
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夜の
テラスで寛いでいる時を見計らって、光希は完成したチャームをジュリアスに手渡した。彼は小さく眼を瞠ると、
「ありがとうございます。ネームプレートと一緒につけますね」
破顔すると、襟を寛げて首から鎖を引っ張り出した。着用が義務付られている
鎖に金古美のイニシャルチャームを通すと、ジュリアスは指で摘み、恭しく唇を押し当てた。
「光希が傍にいてくれるみたい」
健気な姿を見て、光希は思わず身を乗り出した。チャームの裏側に、そっとキスをする。
「傍に居るよ」
囁くと、ジュリは嬉しそうに微笑んだ。眩しい笑顔を見て、もっと早く作ってあげれば良かったと後悔した。
チャーム制作が捗る一方で、刀身彫刻は遅々として進まず。
龍の意匠に決めたのに、なぜこうも下描きが上手くいかないのだろう? もう、アルシャッドに泣きついてしまいたい。
「……まぁ、そんなわけで、悩んでるんだ」
工房にユニヴァースが遊びにきた時、光希はつい弱音を吐いた。
「あれ“ノボリリュウ”に決めたって、いっていませんでした?」
「そうなんだけど、守護龍の下描きがどうしてか上手くいかなくて」
「しっくりこないんですね? 俺、守られるって柄じゃないし、守護龍でなくとも、ありがたい御加護なら何であれ嬉しいですよ。シャイターンも闘神ですし」
ユニヴァースの何気ない言葉を聞いて、光希は目を見開いた。
閃いた。
龍は龍でも、願いを聞き届ける守護龍ではなく、悪鬼滅する猛る龍。懐かしい世界の武神――不動明王の変化した姿、
火炎に包まれた竜が、岩の上に突き立つ宝剣に巻きついている形像は、日本でもよく知られている。
龍は飛竜に、岩に立つ宝剣は、軍の紋章にあるサーベルに。そして火炎を青い炎に置き換えれば、シャイターンを象徴する力ある柄になる。きっと良いものが出来る!
それから――
徹夜も辞さない勢いで、七日かけて
黒艶のある鉄に、どこか荒削りだが、人眼を引く力強い竜が入った。
サーベルを渡すと、ユニヴァースはしみじみと刀身に魅入った。
「俺には判ります。この柄にはシャイターンの神力が宿っている。こんな凄い御加護をもらえるなんて、思ってもみませんでした」
賞賛の眼差しを向けられて、光希は面映ゆげに頭を掻いた。
「うん、お見事! よくこの短期間で仕上げましたね」
師匠であるアルシャッドにも褒められ、光希は安堵のあまり、その場に
「殿下?」
「あ、大丈夫……」
作業の間は無心でいられたが、安心した途端に圧し掛かるような疲労に襲われた。ずっと座って作業していたから腰が重い。槌と
「あぁ……終わったぁ」