アッサラーム夜想曲
第2部:シャイターンの花嫁 - 28 -
肩にかけられた上着を握りしめる光希を見て、ジュリアスは不愉快そうに眉をひそめた。
「コーキ、脱いで」
「え?」
「その上着、アースレイヤのものでしょう」
「あ……」
そういえば借りたままだ。のろのろと上着を脱ぐと、差し伸べられた手に大人しく渡した。ジュリアスは忌々しそうにそれを握りしめるや、ボッ……と青い炎を閃かせた。
白い上着は忽 ち炎に飲まれて、跡形もなく消し炭となった。唖然とする光希の前で、風に吹かれ、細かな塵はどこかへ運ばれていった。
「……コーキ」
凍える青い双眸で己の掌を見つめながら、ジュリアスは呟いた。
空気が重い。死刑宣告を待つような心地で、続く言葉を待っていると、彼は流し目で光希を見た。
「どうして、逃げたのですか?」
平坦な口調に気圧され、光希は生唾を呑み込んだ。彼の放つ悋気に、肌が総毛立つのを感じる。
「僕……」
「アースレイヤと何をしていたの?」
怒りを湛えた視線に耐え切れず、光希は瞳を泳がせた。
その瞬間、強い力で両肩を掴まれた。
(怖いッ!)
咄嗟に、両腕で顔と頭を守った。暴力から逃れようとしている、防御の姿勢だ。
その姿を見て、ジュリアスは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「私が怖い?」
「あ……」
「傷つけられると思った?」
「そういうわけじゃ……」
「コーキ以上に大切なものなんてない。私が、貴方を傷つけるわけがない……」
哀しみに歪んだジュリアスの顔を見て、光希の胸に悔悟が過 った。彼を傷つけるつもりなんて、なかったのに。
「ごめんなさい。逃げたりして……」
おずおずと一歩を踏み出すと、攫うようにして腕の中に抱きしめられた。
じっとしていると、むき出しの肩を大きな掌が滑り、首筋をゆっくり撫でられた。
全身に、恐怖以外の緊張が走る。恐る恐る顔をあげると、暗闇の中でも光彩を放つ青い瞳に射抜かれた。
「こんな恰好で、こんな暗いところで、私以外と二人きりになるなんて……コーキは少し軽率だと思います。こんなこと、いいたくないのに。いわせないで、お願いだから。そんな、傷ついた、って顔をしたって……」
苦悶の表情を隠すように、ジュリアスは光希の肩に顔をうずめた。柔らかい金髪が、肌に触れてくすぐったい。
「ジュリ……?」
背中に腕を回そうか躊躇っていると、唐突に、肩を舐められた。濡れた感触に肌が泡立つ。
「んっ……ちょ、ジュリ」
甘噛みされて、吸いつかれて、最後にもう一度舐められた。離れる気配がして、解放してもらえるのかと思いきや、唇で何度も首筋に吸いつかれた。
溢れそうになる声を、必死に抑えていると、肩に置かれた手は妖しく蠢き始めた。
露出した腹まわりを撫でられ、紗の上から、胸を揉みしだかれる。親指で尖りを探るように摩り、布地を押し上げる先端を押しこんだ。
「やだっ! 離して」
ぎょっとして暴れると、ジュリアスは不埒な手を休めて耳朶に囁いた。
「嫌だといったら?」
「え?」
「こんな所で二人きりになれば、何をされても文句はいえないと思いませんか?」
「思わないよ……こんなこと、ジュリしかしない」
「本当に?」
アースレイヤにキスされた方の頬を撫でられて、光希は気まずそうに視線を逸らした。ジュリアスは指で光希の頬を拭うと、上書きするように唇を押し当てた。
「……他に、どんなことをされましたか?」
「他って、何もされていないよ」
青い瞳は、疑わしそうにしばらく光希を見つめたあと、苦痛を堪えるように瞑目した。額を手で押さえて、苦しげに呻く。
「はぁ……自制が効かない。愛しているのに……信じきれない。視線や仕草をいちいち疑ってしまう……これでは見苦しいといわれても否定できないな」
自嘲めいた独白を聞いて、光希は弾かれたように顔を上げた。
「僕もだよ、ジュリ……それは僕のことだ。僕の方がもっと、ずっと、見苦しいんだ……」
「本当に、他には何も……」
「されていない。上着を借りて、最後は頬にキスされたけど、それだけだよ。ここへ逃げてきたら、後からアースレイヤ皇太子がきたの。少し、話しただけ……」
「昼間、西妃 から招待状を受け取ったそうですね。アール川まで、出かけると……ブランシェット姫に、心を惹かれている?」
どこか縋るような声の響きに、光希は苦しげに顔を歪めた。
「少し――」
でも、と続けようとした言葉は、音にならなかった。きつく抱きしめられて、怒りをぶつけるように唇を奪われた。
「あッ……ン!」
舌を搦め捕られて、漏れ出る声すら吸われた。叱るように、何度もきつく唇を食まれる。加減を誤れば、血が滲んでしまいそうだ。
「ジュリ、ふっ、ごめっ……」
説明しようとしても、言葉を紡がせてくれない。思いをぶつけるような、貪るような深い口づけはいつまでも続けられた。
「コーキ、脱いで」
「え?」
「その上着、アースレイヤのものでしょう」
「あ……」
そういえば借りたままだ。のろのろと上着を脱ぐと、差し伸べられた手に大人しく渡した。ジュリアスは忌々しそうにそれを握りしめるや、ボッ……と青い炎を閃かせた。
白い上着は
「……コーキ」
凍える青い双眸で己の掌を見つめながら、ジュリアスは呟いた。
空気が重い。死刑宣告を待つような心地で、続く言葉を待っていると、彼は流し目で光希を見た。
「どうして、逃げたのですか?」
平坦な口調に気圧され、光希は生唾を呑み込んだ。彼の放つ悋気に、肌が総毛立つのを感じる。
「僕……」
「アースレイヤと何をしていたの?」
怒りを湛えた視線に耐え切れず、光希は瞳を泳がせた。
その瞬間、強い力で両肩を掴まれた。
(怖いッ!)
咄嗟に、両腕で顔と頭を守った。暴力から逃れようとしている、防御の姿勢だ。
その姿を見て、ジュリアスは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「私が怖い?」
「あ……」
「傷つけられると思った?」
「そういうわけじゃ……」
「コーキ以上に大切なものなんてない。私が、貴方を傷つけるわけがない……」
哀しみに歪んだジュリアスの顔を見て、光希の胸に悔悟が
「ごめんなさい。逃げたりして……」
おずおずと一歩を踏み出すと、攫うようにして腕の中に抱きしめられた。
じっとしていると、むき出しの肩を大きな掌が滑り、首筋をゆっくり撫でられた。
全身に、恐怖以外の緊張が走る。恐る恐る顔をあげると、暗闇の中でも光彩を放つ青い瞳に射抜かれた。
「こんな恰好で、こんな暗いところで、私以外と二人きりになるなんて……コーキは少し軽率だと思います。こんなこと、いいたくないのに。いわせないで、お願いだから。そんな、傷ついた、って顔をしたって……」
苦悶の表情を隠すように、ジュリアスは光希の肩に顔をうずめた。柔らかい金髪が、肌に触れてくすぐったい。
「ジュリ……?」
背中に腕を回そうか躊躇っていると、唐突に、肩を舐められた。濡れた感触に肌が泡立つ。
「んっ……ちょ、ジュリ」
甘噛みされて、吸いつかれて、最後にもう一度舐められた。離れる気配がして、解放してもらえるのかと思いきや、唇で何度も首筋に吸いつかれた。
溢れそうになる声を、必死に抑えていると、肩に置かれた手は妖しく蠢き始めた。
露出した腹まわりを撫でられ、紗の上から、胸を揉みしだかれる。親指で尖りを探るように摩り、布地を押し上げる先端を押しこんだ。
「やだっ! 離して」
ぎょっとして暴れると、ジュリアスは不埒な手を休めて耳朶に囁いた。
「嫌だといったら?」
「え?」
「こんな所で二人きりになれば、何をされても文句はいえないと思いませんか?」
「思わないよ……こんなこと、ジュリしかしない」
「本当に?」
アースレイヤにキスされた方の頬を撫でられて、光希は気まずそうに視線を逸らした。ジュリアスは指で光希の頬を拭うと、上書きするように唇を押し当てた。
「……他に、どんなことをされましたか?」
「他って、何もされていないよ」
青い瞳は、疑わしそうにしばらく光希を見つめたあと、苦痛を堪えるように瞑目した。額を手で押さえて、苦しげに呻く。
「はぁ……自制が効かない。愛しているのに……信じきれない。視線や仕草をいちいち疑ってしまう……これでは見苦しいといわれても否定できないな」
自嘲めいた独白を聞いて、光希は弾かれたように顔を上げた。
「僕もだよ、ジュリ……それは僕のことだ。僕の方がもっと、ずっと、見苦しいんだ……」
「本当に、他には何も……」
「されていない。上着を借りて、最後は頬にキスされたけど、それだけだよ。ここへ逃げてきたら、後からアースレイヤ皇太子がきたの。少し、話しただけ……」
「昼間、
どこか縋るような声の響きに、光希は苦しげに顔を歪めた。
「少し――」
でも、と続けようとした言葉は、音にならなかった。きつく抱きしめられて、怒りをぶつけるように唇を奪われた。
「あッ……ン!」
舌を搦め捕られて、漏れ出る声すら吸われた。叱るように、何度もきつく唇を食まれる。加減を誤れば、血が滲んでしまいそうだ。
「ジュリ、ふっ、ごめっ……」
説明しようとしても、言葉を紡がせてくれない。思いをぶつけるような、貪るような深い口づけはいつまでも続けられた。