アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 5 -
目を開けた時、一瞬、どこにいるのか判らなかった。
周囲を見渡すうちに、一連の摩訶不思議を思い出したが、ここがどこなのかは判らない。
振り返ると、ジュリアスは光希を包みこんだまま、瞳を閉じて眠っていた。そのすぐ後ろに、荷を解いた黒い一角獣が蹲 っている。
(夢じゃないのか……)
黎明 の空を仰げば、美しい青い星が空に浮かんでいる。
空は刻一刻と明るくなり、地平線に鉛丹 色の朝陽が顔を見せた。たなびく雲は、朝の光線を浴びて黄金色に縁取られる。
星と太陽の輝きが同時に空を照らす神秘のなか、ようやく周囲の景観に気がついた。
ここは小さなオアシスのようだ。
泉を囲むように緑が茂っており、オアシスの向こうには雄大な砂漠が広がっている――
ここは地球でも月でもない。そもそも光希の知っている太陽系かも怪しい。
空には半分欠けた大きな地球が浮かんで見えるが、酸素も重力も水もあって、極端に寒すぎず暑すぎない。そして人間が住んでいる……
これほど地球によく似た環境を持つ惑星が、果たして太陽系にあっただろうか?>
ここは光希の常識では測れない、全く未知の世界なのかもしれない。
「****、ヒヤマ、コーキ」
宝石のような青い瞳と視線がぶつかり、思わず鼓動が跳ねた。昨日から何度も思っているけれど、ジュリアスはちょっと心臓に悪いくらい、綺麗だ。
「おはよう、ジュリ。一晩中ごめん、無理な体勢で辛かったでしょ」
見惚れたことを誤魔化すように笑いかけると、ジュリアスは優しくほほえんだ。光希に厚布をかけて立ち上がると、椰子 の幹にかけてある服を身に着け、大振りのサーベルを慣れた仕草で腰に佩 いた。
帯剣したジュリアスは、貴公子のように凛々しい。恰好から見て、彼は軍人なのかもしれない。
動きにも、無駄が一切ない。
馬に餌と水をやり、水筒に泉の水を注ぐ。解いた荷物から鉄串を取り出し、干し肉や穀類を刺すと、ぱらぱらと香りの良い香草をひと振り。見ているだけで涎が出そうだ。火で炙ると香しい匂いが辺りに漂い、本当に涎が出てきた。
「腹減った……昨日の昼から食べてないんだ。俺にも分けてくれる?」
ひもじい思いでうかがうと、ジュリアスは笑って頷いた。火が通っているか確かめ、どうぞ、と光希に串を手渡してくれる。
「うめぇ――っ!!」
あまりの衝撃に、光希は絶叫した。串に具材を刺して、簡単な味つけで焼いただけなのに、信じられないほど美味しい。
夢中で串に噛りついていると、温かいスープまで出してくれた。細かく刻んだ野菜がたくさん入っている。涙が出るほど美味しい。
もし――
逆の立場だとしたら。光希の目の前で誰かが溺れていて、仮に自分が水泳選手だったとしても、迷わずに飛びこんで助けることができただろうか?
でも、ジュリアスは身体を張って二度も助けてくれた。
帰る場所もあるだろうに、光希を抱えたまま火の番をしてくれた。疲れているはずなのに、こうして朝食の面倒まで見てくれて、鉄串を自分よりも先に光希に渡してくれた。
なんてすごい人なのだろう。強くて、恰好良くて、頼りになって……しかも、とても優しい。
「ジュリ、迷惑ばかりかけてごめん。ご飯すごく美味しいよ、本当にありがとう」
「****、ヒヤマ、コーキ、********」
不意に明るい気持ちがこみあげ、光希は素直に笑った。
「ずっとフルネームで呼ぶよね。光希だけでいいよ。光希、光希」
「コーキ?」
「そうだよ、光希って呼んで。ジュリって幾つなの? 同い年くらいに見えるけど。俺は十七歳だよ」
「********」
「ジュリも学校に通ってるの? テライケメンだし、モテるだろ?」
「********」
「いんだよ、謙遜しなくて……ジュリならドヤ顔したって許されるよ」
「****、****……」
会話が成立していたかどうかは謎だが、食事している間、心地いい時間が流れた。
食べ終えると光希は両手を合わせて、ごちそうさま、と告げた。普段はしないのだが、言葉の通じない彼に、感謝の気持ちを少しでも伝えたかった。
食べ盛りの光希は、まだカツ丼が軽く入りそうなくらいには腹が減っていたが、我がままはいえない。きっと彼の分の食事を分けてくれたのだと思うから。
それに、ジュリアスだって食べ盛りだ。一八十センチ以上ありそうだし、光希よりも食べ足りないと思っているはず。
それより、この後ジュリアスはどうするのだろう……
手際良く火を消して荷支度するジュリアスの様子を、光希は不安そうに見つめた。
「コーキ、********」
呼ばれて傍へ寄ると、ジュリアスは裸に厚布をかけただけの光希を、馬上に押し上げようとした。慌ててその手から逃げる。
「コーキ、***」
「ジュリ、俺、ここにいたい」
この泉を離れたら、元の世界に二度と帰れない予感がする。
置いていかれるのは不安だが、ここを離れてジュリアスについていくのも不安だ。戻ってこられる保障がないのなら、留まった方が無難な気がする。
幸い、ここには水と木陰がある。一角獣も普通に泉の水を飲んでいたし、飲める水なのだろう。
周囲を見渡すうちに、一連の摩訶不思議を思い出したが、ここがどこなのかは判らない。
振り返ると、ジュリアスは光希を包みこんだまま、瞳を閉じて眠っていた。そのすぐ後ろに、荷を解いた黒い一角獣が
(夢じゃないのか……)
空は刻一刻と明るくなり、地平線に
星と太陽の輝きが同時に空を照らす神秘のなか、ようやく周囲の景観に気がついた。
ここは小さなオアシスのようだ。
泉を囲むように緑が茂っており、オアシスの向こうには雄大な砂漠が広がっている――
ここは地球でも月でもない。そもそも光希の知っている太陽系かも怪しい。
空には半分欠けた大きな地球が浮かんで見えるが、酸素も重力も水もあって、極端に寒すぎず暑すぎない。そして人間が住んでいる……
これほど地球によく似た環境を持つ惑星が、果たして太陽系にあっただろうか?>
ここは光希の常識では測れない、全く未知の世界なのかもしれない。
「****、ヒヤマ、コーキ」
宝石のような青い瞳と視線がぶつかり、思わず鼓動が跳ねた。昨日から何度も思っているけれど、ジュリアスはちょっと心臓に悪いくらい、綺麗だ。
「おはよう、ジュリ。一晩中ごめん、無理な体勢で辛かったでしょ」
見惚れたことを誤魔化すように笑いかけると、ジュリアスは優しくほほえんだ。光希に厚布をかけて立ち上がると、
帯剣したジュリアスは、貴公子のように凛々しい。恰好から見て、彼は軍人なのかもしれない。
動きにも、無駄が一切ない。
馬に餌と水をやり、水筒に泉の水を注ぐ。解いた荷物から鉄串を取り出し、干し肉や穀類を刺すと、ぱらぱらと香りの良い香草をひと振り。見ているだけで涎が出そうだ。火で炙ると香しい匂いが辺りに漂い、本当に涎が出てきた。
「腹減った……昨日の昼から食べてないんだ。俺にも分けてくれる?」
ひもじい思いでうかがうと、ジュリアスは笑って頷いた。火が通っているか確かめ、どうぞ、と光希に串を手渡してくれる。
「うめぇ――っ!!」
あまりの衝撃に、光希は絶叫した。串に具材を刺して、簡単な味つけで焼いただけなのに、信じられないほど美味しい。
夢中で串に噛りついていると、温かいスープまで出してくれた。細かく刻んだ野菜がたくさん入っている。涙が出るほど美味しい。
もし――
逆の立場だとしたら。光希の目の前で誰かが溺れていて、仮に自分が水泳選手だったとしても、迷わずに飛びこんで助けることができただろうか?
でも、ジュリアスは身体を張って二度も助けてくれた。
帰る場所もあるだろうに、光希を抱えたまま火の番をしてくれた。疲れているはずなのに、こうして朝食の面倒まで見てくれて、鉄串を自分よりも先に光希に渡してくれた。
なんてすごい人なのだろう。強くて、恰好良くて、頼りになって……しかも、とても優しい。
「ジュリ、迷惑ばかりかけてごめん。ご飯すごく美味しいよ、本当にありがとう」
「****、ヒヤマ、コーキ、********」
不意に明るい気持ちがこみあげ、光希は素直に笑った。
「ずっとフルネームで呼ぶよね。光希だけでいいよ。光希、光希」
「コーキ?」
「そうだよ、光希って呼んで。ジュリって幾つなの? 同い年くらいに見えるけど。俺は十七歳だよ」
「********」
「ジュリも学校に通ってるの? テライケメンだし、モテるだろ?」
「********」
「いんだよ、謙遜しなくて……ジュリならドヤ顔したって許されるよ」
「****、****……」
会話が成立していたかどうかは謎だが、食事している間、心地いい時間が流れた。
食べ終えると光希は両手を合わせて、ごちそうさま、と告げた。普段はしないのだが、言葉の通じない彼に、感謝の気持ちを少しでも伝えたかった。
食べ盛りの光希は、まだカツ丼が軽く入りそうなくらいには腹が減っていたが、我がままはいえない。きっと彼の分の食事を分けてくれたのだと思うから。
それに、ジュリアスだって食べ盛りだ。一八十センチ以上ありそうだし、光希よりも食べ足りないと思っているはず。
それより、この後ジュリアスはどうするのだろう……
手際良く火を消して荷支度するジュリアスの様子を、光希は不安そうに見つめた。
「コーキ、********」
呼ばれて傍へ寄ると、ジュリアスは裸に厚布をかけただけの光希を、馬上に押し上げようとした。慌ててその手から逃げる。
「コーキ、***」
「ジュリ、俺、ここにいたい」
この泉を離れたら、元の世界に二度と帰れない予感がする。
置いていかれるのは不安だが、ここを離れてジュリアスについていくのも不安だ。戻ってこられる保障がないのなら、留まった方が無難な気がする。
幸い、ここには水と木陰がある。一角獣も普通に泉の水を飲んでいたし、飲める水なのだろう。