アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 4 -
泉の冷たさを思い出したら、身体に震えが走った。思いつきを試してみたいが、あの泉にもう一度潜る気力はない。
今何時だろう……そろそろ二十時だろうか。ネトゲ仲間と約束していたことを思い出したが、とても守れそうにない。
救助を呼ぼうにも、ここがどこかも判らない。そもそも連絡手段がない。電波が届くか疑問だが、せめて携帯を持っていれば良かった。
(ここはどこなんだ? ちゃんと帰れるのか……?)
不安が膨れ上がり、光希は衝動的に立ち上がった。呼びとめる声を無視して、突き刺すような冷たさの泉に入っていく。
「ヒヤマ、コーキ!」
後ろでジュリアスが叫んでいる。でも構っていられない。立ち止まれば、突き刺すような冷たさに凍えてしまう。
きっと一時の我慢だ。
深く潜れば帰れるに違いない。“あちら”は瓶、“こちら”は泉で繋がっているはずなのだから。
息を止めて、潜って、潜って――
心臓が止まりそうだ。あまりの冷たさに、金属が響くような音が耳朶に鳴り響く。これは不味いかなぁ……と意識が遠のきかけた瞬間、力強い腕に引き上げられた。
「げぇっ、げほっ! はぁっ、はぁ、は……」
光希は酸素を求めて激しく咳こんだ。刺すような冷たさに肺が凍りつきそうだ。手足の感覚がない。
(苦しい……!)
涙で視界が滲んだ。水の跳ねる音が聴こえたと思ったら、ジュリアスに運ばれて陸へ連れ戻された。
もう自分の足では一歩たりとも進めない。引きつりを起こしたように痙攣する光希を、ジュリアスは火の前に下ろした。
「うぅ……っ」
「*****! ヒヤマ、コーキ、********!」
ジュリアスは躊躇なくナイフで光希の服を切り裂いた。
服を剥ぎ取られ、裸にされても、もはや抵抗する気力はない。痛いくらいに寒い。手足に感覚がなさすぎて怖い。
「うぅ、やだ……っ、死にたくなぃ」
光希が冷え切っているからそう感じるのか、触れ合うジュリアスの素肌は、とても熱かった。
隙間なく寄り添い、掌でしきりに腕をさすってくれる。手足に感覚が戻ってくるまで、怖くて、光希はぼろぼろと堰を切ったように泣き続けた。
パチリ――朱の火花が散り、枯れ木の爆 ぜる音が響いた。
「……」
光希は腫れぼったい瞳でぼんやり、青い炎を見つめていた。
ようやく手足に感覚が戻ってきた。身体は疲れ切っていて、ジュリアスの体温に包まれたまま動けない。
手足が麻痺していく感覚は本当に恐ろしかった。
彼のおかげで一命を取りとめたけれど、身体を張って泉に潜ったのに、何も手ごたえはなかった。潜り方が浅かったのだろうか? でも……あんなに冷たい、痛い思いをするのは、もう嫌だ。
「****、****」
慰めるように、髪を撫でられた。彼には本当に迷惑をかけている。二度も救ってくれた。ずっと傍にいてくれるけれど、時間は平気なのだろうか?
でも、ジュリアスがいなくなったら、どうしていいか判らない。この訳の判らない世界で、頼れるのは彼だけだ。
これからどうしようと虚ろに思うも、思考はまとまらない。疲労困憊しているし、包みこまれる温もりに眠気を誘われる……
「ごめん、寝そう……」
「****、ヒヤマ、コーキ」
お休み、と聞こえたのは、光希の都合の良い解釈だろうか……
今何時だろう……そろそろ二十時だろうか。ネトゲ仲間と約束していたことを思い出したが、とても守れそうにない。
救助を呼ぼうにも、ここがどこかも判らない。そもそも連絡手段がない。電波が届くか疑問だが、せめて携帯を持っていれば良かった。
(ここはどこなんだ? ちゃんと帰れるのか……?)
不安が膨れ上がり、光希は衝動的に立ち上がった。呼びとめる声を無視して、突き刺すような冷たさの泉に入っていく。
「ヒヤマ、コーキ!」
後ろでジュリアスが叫んでいる。でも構っていられない。立ち止まれば、突き刺すような冷たさに凍えてしまう。
きっと一時の我慢だ。
深く潜れば帰れるに違いない。“あちら”は瓶、“こちら”は泉で繋がっているはずなのだから。
息を止めて、潜って、潜って――
心臓が止まりそうだ。あまりの冷たさに、金属が響くような音が耳朶に鳴り響く。これは不味いかなぁ……と意識が遠のきかけた瞬間、力強い腕に引き上げられた。
「げぇっ、げほっ! はぁっ、はぁ、は……」
光希は酸素を求めて激しく咳こんだ。刺すような冷たさに肺が凍りつきそうだ。手足の感覚がない。
(苦しい……!)
涙で視界が滲んだ。水の跳ねる音が聴こえたと思ったら、ジュリアスに運ばれて陸へ連れ戻された。
もう自分の足では一歩たりとも進めない。引きつりを起こしたように痙攣する光希を、ジュリアスは火の前に下ろした。
「うぅ……っ」
「*****! ヒヤマ、コーキ、********!」
ジュリアスは躊躇なくナイフで光希の服を切り裂いた。
服を剥ぎ取られ、裸にされても、もはや抵抗する気力はない。痛いくらいに寒い。手足に感覚がなさすぎて怖い。
「うぅ、やだ……っ、死にたくなぃ」
光希が冷え切っているからそう感じるのか、触れ合うジュリアスの素肌は、とても熱かった。
隙間なく寄り添い、掌でしきりに腕をさすってくれる。手足に感覚が戻ってくるまで、怖くて、光希はぼろぼろと堰を切ったように泣き続けた。
パチリ――朱の火花が散り、枯れ木の
「……」
光希は腫れぼったい瞳でぼんやり、青い炎を見つめていた。
ようやく手足に感覚が戻ってきた。身体は疲れ切っていて、ジュリアスの体温に包まれたまま動けない。
手足が麻痺していく感覚は本当に恐ろしかった。
彼のおかげで一命を取りとめたけれど、身体を張って泉に潜ったのに、何も手ごたえはなかった。潜り方が浅かったのだろうか? でも……あんなに冷たい、痛い思いをするのは、もう嫌だ。
「****、****」
慰めるように、髪を撫でられた。彼には本当に迷惑をかけている。二度も救ってくれた。ずっと傍にいてくれるけれど、時間は平気なのだろうか?
でも、ジュリアスがいなくなったら、どうしていいか判らない。この訳の判らない世界で、頼れるのは彼だけだ。
これからどうしようと虚ろに思うも、思考はまとまらない。疲労困憊しているし、包みこまれる温もりに眠気を誘われる……
「ごめん、寝そう……」
「****、ヒヤマ、コーキ」
お休み、と聞こえたのは、光希の都合の良い解釈だろうか……