アッサラーム夜想曲

第1部:あなたは私の運命 - 33 -

 サリヴァンは思慮深い眼差しで、光希を見つめた。
 黒い双眸に理解の光りを見てとるや、彼は地図上のスクワド砂漠に、小さな木彫りの駒を置いた。木彫りの駒は、青色の旗を手に持つ騎馬兵の姿をしている。

「***シャイターン****、アッサラーム・ヘキサ・シャイターン**です」

『この旗……』

 騎馬兵が手に持つ青色の旗は、この野営地で何度も見かけた旗だ。旗には青い双竜と雷、剣が描かれている。
 次に彼は、バルヘブ東大陸の南端に、赤い旗を手に持つ騎馬兵の駒を置いた。旗には赤目の蛇が描かれている。

「これはサルビア・ハヌゥアビス**です。******」

 サリヴァンは赤い旗を手に持つ騎馬兵を摘まんで北上させた。そのままバルヘブ東大陸と西大陸をつなぐ、細い島々、大陸を渡り、スクワド砂漠まで駒を進める。もう片方の手で青い旗を持つ駒を手にとると、赤い旗を持つ駒とぶつけて、戦う様子を表現してみせた。

『サルビア……は敵なんだね。ジュリ達は彼等と戦っているんだ』

 日本語で一人ごちる光希を見て、サリヴァンは駒を手に取った。二騎の駒をぶつけたあと、赤い旗を手に持つ騎馬兵を弾き飛ばした。

「サルビア・ハヌゥアビス**は****シャイターンに****、********」

『ジュリ達が勝ったの?』

 サリヴァンは赤い駒を手に取り、くるりと反転させると、敗走するように青い駒に背中を見せて、バルヘブ東大陸に向けて動かした。陸繋ぎの島々の中腹で駒を止めて、再び反転させる。

『……敵は逃げたってこと?』

「ロザイン、*****です。スクワド砂漠は*******」

 サリヴァンはバルヘブ西大陸、スクワド砂漠の北西に記された文字を指さすと、金色の玉ねぎ屋根のある宮殿模型をその上に置いた。

「**をアッサラームといいます。******、**********。私****、シャイターンもアッサラーム*******」

「アッサラーム……」

「その通りです、ロザイン。*********、シャイターン****アッサラームへ*******」

 サリヴァンは青い旗を持つ駒を、アッサラームにある宮殿に向けて動かした。
 なるほど。ジュリアス達はアッサラームという所から、スクワド砂漠まで遠征してきたらしい。戦争が終わったのなら、彼等はこれからアッサラームに還れるのだろうか。

「……ロザイン?」

 沈黙する光希を気遣うように、サリヴァンはそっと名前を呼んだ。

「僕……」

 何かいおうとしたが、言葉が続かなかった。望郷が胸をよぎり、顔に影を落とす光希を見て、サリヴァンも表情を曇らせた。

「ロザイン、****シャイターン****。********」

「……ありがとうございます」

 言葉の意味は判らないが、励まされたように感じて、光希は力ない笑みを浮かべた。
 サリヴァンは本立てに別の羊皮紙を広げて見せた。
 羊皮紙には様々な衣装の人間が描かれている。階級制を示唆しさするように、様々な人間が描かれており、上にいくほど描写が豪華だ。頂点の人物は判り易く王冠を頭に戴いている。
 王様の下に描かれている人物は、額に宝石のような石を描かれていた。

「***シャイターンです。***アンカラクス。**********」

『え、ジュリ? ジュリって王様の次にえらいの?』

 光希は目を瞠って、サリヴァンを仰いだ。眉間に石を持つというのなら、サリヴァンもそうだ。

「貴方は?」

 光希が首を傾げると、サリヴァンは上から四つ目を指差した。
 彼の恰好とよく似た、長衣を纏う人物で、神官と思わしき恰好をしている。高位に位置しているようだが、王様に次ぐジュリアスとは開きがある。
 光希が黙考すると、サリヴァンはアンカラクスと呼んだ人物画の額を指さして、じっと光希を見つめた。

「***ロザイン、*****」

「え?」

 意図がつかめず首を傾げる光希を見て、サリヴァンは微苦笑を漏らした。軽く首を振ると、また違う羊皮紙を本立てに広げる。
 羊皮紙には、様々な姿の女性、男性、獣が描かれていた。背に翼を持つ人物も描かれている。まるで神話の世界のようだ。
 その中の、青い光を纏う男性は、何となくジュリアスを連想させる。じっと見つめていると、サリヴァンはその人物を指差して、シャイターン、と告げた。

「シャイターン?」

「はい。***は*******、シャイターンといいます。****は******、ハヌゥアビス」

 サリヴァンは灰色の肌をした、赤い瞳の男性を指さして、ハヌゥアビスと告げた。
 ハヌゥアビスはジュリアス達が戦っている敵の名前であった。これは軍隊の象徴絵か何かだろうか?
 サリヴァンは次から次へと羊皮紙を広げては、様々な絵を見せて、手振りや時には模型を使ってこの世界のことを伝えた。
 判らないことの方が多いが、判ることもある。時間の許される限り、講義に熱中して過ごした。