アッサラーム夜想曲

第1部:あなたは私の運命 - 29 -

 人の輪を抜けて喧噪から遠ざかると、光希は少しだけ冷静になった。

「ジュリ……あれ」

 遠ざかり、小さくなった焚火を指すと、ジュリアスはほほえんで軽く首を振った。主役が抜け出してしまって本当にいいのだろうか。
 それに、このまま二人で天幕に戻るのは、癪にさわる。

「僕は平気です。いってらっしゃい」

 腰に回されたジュリアスの腕を外して、今きた道を指さすと、ジュリアスは困ったように微苦笑を浮かべた。

「コーキは私が*********? ******」

 機嫌をうかがうように甘く囁くと、ジュリアスは光希の腰に腕を回して歩き始めた。戻る気はないらしい。
 鉛の足取りで天幕に近づくと、扉に控えていたジャファールが穏やかな笑みで迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、シャイターン。ロザイン****。**********」

 穏やかな口調に、ささくれ立った心を慰められる。思わずジャファールの前で立ち止まると、ジュリアスに肩を抱かれて天幕の中に押しこめられた。
 扉が閉まると同時に、光希は頭に被っていた紗を脱ぎ捨てた。爽快感に思わずため息が出る。

「コーキ、******」

 光希を見て、ジュリアスは目を瞠った。嬉しそうに、唇を寄せようとする。

『あー酒くせぇなーもう、風呂入りなよ』

 思いきり顔を背け、浴槽に向かって背中をぐいぐい押すと、ジュリアスは素直に背中を押されながら、くすくすと笑った。

「ジュリ、お湯は?」

「待っていて****、***湯を準備します」

 すぐにジュリアスは外にいるジャファールに命じた。扉を閉めると、再び光希の傍に戻ってくる。
 毛皮の外套に、ジュリアスは手を伸ばした。されるがまま脱ごうとして、自分がどんな格好をしているか思い出した。

「コーキ?」

 たじろぐ光希を、ジュリアスは不思議そうに見ている。光希は警戒するように、すすす……と寝椅子の奥まで下がった。
 青い目に悪戯っぽい光を浮かべると、ジュリアスはひょいと寝椅子を飛び越えて、逃げる光希を簡単に捕まえた。

「うわっ」

「コーキ***」

 抵抗も空しく、無理やり脱がされた。銀細工が涼しげな音を立てて揺れる。光希は羞恥を堪えながら、その場に蹲った。

「……コーキ*******」

『違う、好きでこんな恰好してるわけじゃない』

 ジュリアスはうずくまる光希に覆いかぶさると、むき出しの肩にちゅっとキスを落とした。

『やめろよ』

「シィー……コーキ*****……」

 大きな掌で、包みこむように二の腕を撫で上げる。熱を灯すように、うなじや背中に口づけを落としていく。
 あられもない声を上げそうになり、慌てて口を手で塞いだ。声を堪えていると、口に当てた手をジュリアスに引き剥がされた。その瞬間、一際強く背中に吸いつかれる。

「……っ、ジュリ……ッ!」

「****……」

 ちりちりとした熱が幾つも肌に灯される。たちまち燃え上がるように身体が熱くなった。せっかく忘れかけていたのに……甘い疼きが蘇る。腰が勝手に揺らめいてしまう。
 官能の波に抗っていると、扉を叩く控えめな音が聴こえた。
 ジュリアスは落ちた外套を光希にかけると、扉を開けて湯を運ぶ召使達を中へ入れた。

(危うく、流されるところだった!)

 早鐘を打つ心臓を押さえながら、光希は湯浴みの支度を眺めた。準備が整い、召使達が出ていくと、ジュリアスは光希を手招いた。

「僕は大丈夫です。ジュリ、お湯を」

「********?」

 何をいわれたのか判らず、首を傾げると、ジュリアスは愉しげに笑った。何でもないというように首を振り、軍服をいきなり脱ぎ始める。
 光希は慌てて衝立ついたてを広げ、寝椅子の奥へ逃げた。
 今のうちに、この恰好を何とかしてしまおう。装飾品を全て外して、紗で化粧を拭き取る。衣装も脱いでしまいたいが、着替えは浴槽前の籠の中だ。
 ジュリアスは湯から上がると、化粧を落とし、脱ぎ散らかした光希を見て残念そうに笑った。