アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 2 -
浮遊感。暗闇。突き刺さるような水の冷たさ。
何が起きたというのか、溺れている。ありえないッ!
重たい水の圧に、全身の自由を奪われる。思いきり水を飲んだ。鼻に水が入って痛い。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
必死に水を掻いて、光希はどうにか水面から顔を出した。
突き刺さるような冷たさだ。訳が判らない。混乱のままに顔を上げて、更にぎょっとした。
数多の星が瞬く、広大な夜空が見える――
「はぁ、は……えぇっ?」
渦巻く銀河の形状まで見える、落ちてきそうな満点の星空だ。ぞっとするほど美しい夜空には、地球にそっくりな、半分欠けた大きな青い惑星が浮いていた。
「は……意味わかんねー」
「***、******!」
声が聴こえた方を、光希は弾かれたように振り向いた。対岸にぼんやりと人影が見える。眼鏡はどこかへ消えてしまったが、遠目にも黄金の髪が輝いて見える。
「お前っ! わぷ……っ!」
声を上げた拍子に、水を飲んでしまった。海水と違いしょっぱくはないが、とにかく冷たい。
早く岸に上がらないと、死ぬ。
そう思っても、必死に手足を掻いたところで思うように進まない。泳ぎは得意ではないし、水を吸った服がとにかく重い。
命の危険を感じていると、水飛沫の音が聴こえた。ざばざばと水を掻く音が続く。
助けにきてくれるのだと理解した瞬間、安堵と同時に申し訳なさが胸にこみあげた。彼まで、こんなに冷たい水の中へ……!
「***、******」
瞬く間にやってきた少年は、落ち着いた口調で声をかけてくれたが、何をいわれたのか聞き取れなかった。
「ご、ごめんなさい」
やはり、硝子瓶の中に見えた、あの少年だ。
いざ目の前にすると、圧倒されてしまう。髪も瞳も纏う空気も、何もかも煌めいていて神々しい。こんなに綺麗な人を、見たことがない。
「わわっ」
腕を引かれて、背中を預けるようにして後ろから支えられた。すごい安定感だ。彼は、光希を支えた状態で器用に水を掻き、足のつく浅瀬まで連れていってくれた。
ざばざばと水を蹴って、光希は倒れるように地面に膝をついた。大げさなくらい身体が震えている。
「あ、あ、ありがとう」
寒くて、カチカチと歯が鳴る。どうにか礼を口にすると、少年はそこらの茂みから、落ち葉や枯れ木を手際よく岸部に集め始めた。
もしかして……見守っていると、期待通り火を熾こしてくれた!
手を翳しただけで、勝手に火が点いたように見えたが、気にしている余裕なんてない。
一刻も早く冷えた身体を温めたくて、光希は青い炎の前に蹲るなり両手を翳した。
(暖かい……)
布のこすれる音に顔をあげると、少年は丈の長い上着を脱いで、近くの椰子 の木にかけていた。慣れた仕草で、首に結ばれた青色のタイを指で緩めている。
彼の恰好は、襟や袖の縁取りに銀が入っている以外は、全身黒一色だ。光希の視線を気にすることなく、手際よく脱いで、あっという間に上半身裸になった。細身ながらしなやかな筋肉のついた体躯は、彫刻のように美しい。腹筋も綺麗に割れている。
一六五センチで六二キロを超える光希は、少しぽっちゃり体系だ。腕も腹もまるっこくて、彼とは全然違う。少々妬ましく感じていると、視界に少年の素足が映った。頑丈そうな軍靴 も脱いだらしい。
「***、******、************」
「えっと……」
困ったことに、何をいわれているのか全然判らない。英語とも違う、聞いたことのない不思議な響きだ。
少年は戸惑う光希に手を伸ばし、濡れたパーカーを引っ張った。脱がせようとしていると知り、焦ってパーカーの裾を握りしめる。なんとなく、彼の前で裸になるのは嫌だった。
「******」
「い、いいよ、脱がなくても平気だから」
必死に抵抗を続けると、少年は諦めたように手を離した。気を悪くした様子もなく、唇に手を当てて指笛を吹く。
暗い緑の茂みが揺れる様を恐々見守っていると、馬に似た漆黒の動物が姿を見せた。
轡 に手綱 、鐙 、腹にくくられた荷物から察するに、彼の騎乗馬なのだろう。ユニコーンのように一角が頭についているが……
(ここはどこなんだ……?)
まるで、瓶の中に広がっていた世界に見える――そんな馬鹿な。
静かに混乱する光希の傍らで、少年は荷袋から大判の布を取り出し、光希の背後に座りこんだ。長い腕を回して、光希ごと布でくるむ。
「――ッ!?」
背中に温もりを感じると共に、光希の全身に緊張が走った。全意識は背後の少年へと向かう。
何が起きたというのか、溺れている。ありえないッ!
重たい水の圧に、全身の自由を奪われる。思いきり水を飲んだ。鼻に水が入って痛い。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
必死に水を掻いて、光希はどうにか水面から顔を出した。
突き刺さるような冷たさだ。訳が判らない。混乱のままに顔を上げて、更にぎょっとした。
数多の星が瞬く、広大な夜空が見える――
「はぁ、は……えぇっ?」
渦巻く銀河の形状まで見える、落ちてきそうな満点の星空だ。ぞっとするほど美しい夜空には、地球にそっくりな、半分欠けた大きな青い惑星が浮いていた。
「は……意味わかんねー」
「***、******!」
声が聴こえた方を、光希は弾かれたように振り向いた。対岸にぼんやりと人影が見える。眼鏡はどこかへ消えてしまったが、遠目にも黄金の髪が輝いて見える。
「お前っ! わぷ……っ!」
声を上げた拍子に、水を飲んでしまった。海水と違いしょっぱくはないが、とにかく冷たい。
早く岸に上がらないと、死ぬ。
そう思っても、必死に手足を掻いたところで思うように進まない。泳ぎは得意ではないし、水を吸った服がとにかく重い。
命の危険を感じていると、水飛沫の音が聴こえた。ざばざばと水を掻く音が続く。
助けにきてくれるのだと理解した瞬間、安堵と同時に申し訳なさが胸にこみあげた。彼まで、こんなに冷たい水の中へ……!
「***、******」
瞬く間にやってきた少年は、落ち着いた口調で声をかけてくれたが、何をいわれたのか聞き取れなかった。
「ご、ごめんなさい」
やはり、硝子瓶の中に見えた、あの少年だ。
いざ目の前にすると、圧倒されてしまう。髪も瞳も纏う空気も、何もかも煌めいていて神々しい。こんなに綺麗な人を、見たことがない。
「わわっ」
腕を引かれて、背中を預けるようにして後ろから支えられた。すごい安定感だ。彼は、光希を支えた状態で器用に水を掻き、足のつく浅瀬まで連れていってくれた。
ざばざばと水を蹴って、光希は倒れるように地面に膝をついた。大げさなくらい身体が震えている。
「あ、あ、ありがとう」
寒くて、カチカチと歯が鳴る。どうにか礼を口にすると、少年はそこらの茂みから、落ち葉や枯れ木を手際よく岸部に集め始めた。
もしかして……見守っていると、期待通り火を熾こしてくれた!
手を翳しただけで、勝手に火が点いたように見えたが、気にしている余裕なんてない。
一刻も早く冷えた身体を温めたくて、光希は青い炎の前に蹲るなり両手を翳した。
(暖かい……)
布のこすれる音に顔をあげると、少年は丈の長い上着を脱いで、近くの
彼の恰好は、襟や袖の縁取りに銀が入っている以外は、全身黒一色だ。光希の視線を気にすることなく、手際よく脱いで、あっという間に上半身裸になった。細身ながらしなやかな筋肉のついた体躯は、彫刻のように美しい。腹筋も綺麗に割れている。
一六五センチで六二キロを超える光希は、少しぽっちゃり体系だ。腕も腹もまるっこくて、彼とは全然違う。少々妬ましく感じていると、視界に少年の素足が映った。頑丈そうな
「***、******、************」
「えっと……」
困ったことに、何をいわれているのか全然判らない。英語とも違う、聞いたことのない不思議な響きだ。
少年は戸惑う光希に手を伸ばし、濡れたパーカーを引っ張った。脱がせようとしていると知り、焦ってパーカーの裾を握りしめる。なんとなく、彼の前で裸になるのは嫌だった。
「******」
「い、いいよ、脱がなくても平気だから」
必死に抵抗を続けると、少年は諦めたように手を離した。気を悪くした様子もなく、唇に手を当てて指笛を吹く。
暗い緑の茂みが揺れる様を恐々見守っていると、馬に似た漆黒の動物が姿を見せた。
(ここはどこなんだ……?)
まるで、瓶の中に広がっていた世界に見える――そんな馬鹿な。
静かに混乱する光希の傍らで、少年は荷袋から大判の布を取り出し、光希の背後に座りこんだ。長い腕を回して、光希ごと布でくるむ。
「――ッ!?」
背中に温もりを感じると共に、光希の全身に緊張が走った。全意識は背後の少年へと向かう。