アッサラーム夜想曲
第1部:あなたは私の運命 - 19 -
ひたすら東の空を目指して飛んでいた。
変わり映えのない砂の大地を見下ろしながら、光希は覆面の中でため息をついた。
ドラゴンに乗って空を飛ぶ、世にも貴重な体験をしているわけだが、感動や興奮よりも疲労と緊張と恐怖の方が勝っていた。
竜の背でバランスを取ることに少しは慣れてきたけれど、身体の変なところに力が入り、腕や太ももが辛い。これは間違いなく筋肉痛になるだろう。
それにしても、どこまでいくのだろう。
彼はいつも、こんなに遠くまできていたのだろうか? オアシスとの往復は大変だったろうに、夜になると光希に会いにきてくれた。どうして、そうまでして光希に会いにきてくれたのだろう?
出自や家族、年齢よりもそれが一番の謎だ。
綺麗で強くて優しくて……ジュリアスを語れば褒め言葉しか出てこない。
一方の光希は、綺麗でもないし強くも恰好良くもない。ごく普通の高校生だ。
出会い方が異常だったから、吊り橋効果も多少はあったかもしれないが、光希がジュリアスを好きになっても無理はないと思う。これだけ綺麗で恰好いい人に、傍で蝶よ花よと大切にされたら、強い感情だって芽生えてしまう。
でも、ジュリアスはどうして、出会った時からあんなに親切にしてくれたのだろう?
光希にだっていいところの一つや二つあるとは思うけれど、それでジュリアスの心を掴めるかと訊かれたら、全然自信がない。
フィギュアを自作できるとか、PCを安価なパーツで組めるとかいわれても、ジュリアスには何のことか判らないだろう。この世界では全く役に立たない技術だ。
光希に一目惚れしたのだろうか?
ありえない。だとしたら、同情……?
言葉は通じない、地球に帰れない、一人で生きていく力も知識もない。放っておいたら死にそうだから、仕方なく世話を焼いてくれた?
好きだといってくれたけれど……
どうしてジュリアスに好かれているのか、光希にはよく判らなかった。
やがて、地平線の向こうにうっすらと煙が立ち昇って見えた。
近づくにつれて、地上に立ちこめる火炎と煙幕の様子も見えてきた。
愛用していた眼鏡は紛失(正確には自分で踏んで割った)したが、大自然で暮らす恩恵なのか、日本にいた頃よりも視力は上がっている。遠くの大地が朧 ながら見える。
「ジュリ、あれ……」
「コーキ、****スクワド砂漠***、********」
「ここ、スクワド砂漠ですか?」
「はい、********。******、****水も****天幕があります」
目的地に着いたらしい。火柱の上がる不穏な大地のようだが……いや、人間が争っているようだ。
砂塵の舞う大地に、黒い人影が見えた。中には倒れたまま動かない人影もある。ここは、戦場なのだろうか――
「***ナディア! 東****、******!」
「***! シャイターン」
ジュリアスがよく通る声で号令を発すると、雁行陣で飛行していた飛竜達は、煙幕に向かって斜線陣を敷くように空中で編隊を組み替えた。
ジュリアスともう一騎だけは煙幕から離れて、砂漠の上の野営地に着陸した。見渡す限り天幕の山が続いている。
「コーキ、*******」
呼ばれても、すぐに反応できなかった。今さっき見下ろした光景が、衝撃的すぎた。
鞍の上で固く握りしめた手を、そっと撫でられた。肩から力は抜けたが、今度は身体が傾きそうになった。ジュリアスが支えてくれなければ、地面に落下していただろう。
ジュリアスは光希の膝下に手を入れて、騎乗した時のように、横抱きにして宙へ飛んだ。
光希は恐怖に襲われたが、ジュリアスは難なく着地した。長身とはいえ細身の身体のどこにそんな力があるのか、甚 だ疑問である。
「ジャファール、コーキを天幕に*******。湯浴みの*****」
砂漠に降りても、ジュリアスは光希を下ろさなかった。長身の軍人に何やら指示を出すと、天幕に向かって歩いていく。
「僕、歩きます」
「****、足に******? *********」
どうやらジュリアスは、光希がすっかり疲れて足腰立たないことをお見通しのようだ。体勢を受け入れかけたが、全身武装した覆面兵士がジュリアスの前にやってくると、気恥ずかしくなりおろしてもらった。
「*****、シャイターン。****ロザイン?」
「ああ、**********。****、ナディアが*****」
何を話しているのか不明だが、男たちは光希を見て、ロザイン、と口にして瞳を輝かせた。
彼等は右手を胸に当てて、恭しく敬礼すると、背を向けてきびきびと去っていった。
オアシスでは数えるほどしか人間に会わなかったが、この野営地では数万規模の人間が寝泊まりしているらしい。
人の多さに酔ってしまいそうだ。オアシスとは違う、血と硝煙の匂いが充満している。
野営地には、三角形の緑色の天幕が整然と並び、点々と共同の水場と火事場が設けられていた。
大きな丸いゲルのような白い天幕には、怪我人が収容されているようで、人の出入りが一段と多い。軍人とは違う、長衣を纏った軽装の人間も出入りしている。
天幕の海が途切れると、少し距離を空けて大きな天幕がぽつぽつと現れた。
どの天幕にも大体、勇壮な青い旗が掲げられている。その旗に見覚えがある気がして、光希は足を止めた。
「コーキ?」
「あ、ううん……」
再び歩き出すと、間もなく大きな天幕の前にやってきた。
扉の前に、さっきと同じ青い旗が掲げられている。何の紋章だろう?
旗を凝視していると、衛兵達により、扉は大きく左右に開かれた。
変わり映えのない砂の大地を見下ろしながら、光希は覆面の中でため息をついた。
ドラゴンに乗って空を飛ぶ、世にも貴重な体験をしているわけだが、感動や興奮よりも疲労と緊張と恐怖の方が勝っていた。
竜の背でバランスを取ることに少しは慣れてきたけれど、身体の変なところに力が入り、腕や太ももが辛い。これは間違いなく筋肉痛になるだろう。
それにしても、どこまでいくのだろう。
彼はいつも、こんなに遠くまできていたのだろうか? オアシスとの往復は大変だったろうに、夜になると光希に会いにきてくれた。どうして、そうまでして光希に会いにきてくれたのだろう?
出自や家族、年齢よりもそれが一番の謎だ。
綺麗で強くて優しくて……ジュリアスを語れば褒め言葉しか出てこない。
一方の光希は、綺麗でもないし強くも恰好良くもない。ごく普通の高校生だ。
出会い方が異常だったから、吊り橋効果も多少はあったかもしれないが、光希がジュリアスを好きになっても無理はないと思う。これだけ綺麗で恰好いい人に、傍で蝶よ花よと大切にされたら、強い感情だって芽生えてしまう。
でも、ジュリアスはどうして、出会った時からあんなに親切にしてくれたのだろう?
光希にだっていいところの一つや二つあるとは思うけれど、それでジュリアスの心を掴めるかと訊かれたら、全然自信がない。
フィギュアを自作できるとか、PCを安価なパーツで組めるとかいわれても、ジュリアスには何のことか判らないだろう。この世界では全く役に立たない技術だ。
光希に一目惚れしたのだろうか?
ありえない。だとしたら、同情……?
言葉は通じない、地球に帰れない、一人で生きていく力も知識もない。放っておいたら死にそうだから、仕方なく世話を焼いてくれた?
好きだといってくれたけれど……
どうしてジュリアスに好かれているのか、光希にはよく判らなかった。
やがて、地平線の向こうにうっすらと煙が立ち昇って見えた。
近づくにつれて、地上に立ちこめる火炎と煙幕の様子も見えてきた。
愛用していた眼鏡は紛失(正確には自分で踏んで割った)したが、大自然で暮らす恩恵なのか、日本にいた頃よりも視力は上がっている。遠くの大地が
「ジュリ、あれ……」
「コーキ、****スクワド砂漠***、********」
「ここ、スクワド砂漠ですか?」
「はい、********。******、****水も****天幕があります」
目的地に着いたらしい。火柱の上がる不穏な大地のようだが……いや、人間が争っているようだ。
砂塵の舞う大地に、黒い人影が見えた。中には倒れたまま動かない人影もある。ここは、戦場なのだろうか――
「***ナディア! 東****、******!」
「***! シャイターン」
ジュリアスがよく通る声で号令を発すると、雁行陣で飛行していた飛竜達は、煙幕に向かって斜線陣を敷くように空中で編隊を組み替えた。
ジュリアスともう一騎だけは煙幕から離れて、砂漠の上の野営地に着陸した。見渡す限り天幕の山が続いている。
「コーキ、*******」
呼ばれても、すぐに反応できなかった。今さっき見下ろした光景が、衝撃的すぎた。
鞍の上で固く握りしめた手を、そっと撫でられた。肩から力は抜けたが、今度は身体が傾きそうになった。ジュリアスが支えてくれなければ、地面に落下していただろう。
ジュリアスは光希の膝下に手を入れて、騎乗した時のように、横抱きにして宙へ飛んだ。
光希は恐怖に襲われたが、ジュリアスは難なく着地した。長身とはいえ細身の身体のどこにそんな力があるのか、
「ジャファール、コーキを天幕に*******。湯浴みの*****」
砂漠に降りても、ジュリアスは光希を下ろさなかった。長身の軍人に何やら指示を出すと、天幕に向かって歩いていく。
「僕、歩きます」
「****、足に******? *********」
どうやらジュリアスは、光希がすっかり疲れて足腰立たないことをお見通しのようだ。体勢を受け入れかけたが、全身武装した覆面兵士がジュリアスの前にやってくると、気恥ずかしくなりおろしてもらった。
「*****、シャイターン。****ロザイン?」
「ああ、**********。****、ナディアが*****」
何を話しているのか不明だが、男たちは光希を見て、ロザイン、と口にして瞳を輝かせた。
彼等は右手を胸に当てて、恭しく敬礼すると、背を向けてきびきびと去っていった。
オアシスでは数えるほどしか人間に会わなかったが、この野営地では数万規模の人間が寝泊まりしているらしい。
人の多さに酔ってしまいそうだ。オアシスとは違う、血と硝煙の匂いが充満している。
野営地には、三角形の緑色の天幕が整然と並び、点々と共同の水場と火事場が設けられていた。
大きな丸いゲルのような白い天幕には、怪我人が収容されているようで、人の出入りが一段と多い。軍人とは違う、長衣を纏った軽装の人間も出入りしている。
天幕の海が途切れると、少し距離を空けて大きな天幕がぽつぽつと現れた。
どの天幕にも大体、勇壮な青い旗が掲げられている。その旗に見覚えがある気がして、光希は足を止めた。
「コーキ?」
「あ、ううん……」
再び歩き出すと、間もなく大きな天幕の前にやってきた。
扉の前に、さっきと同じ青い旗が掲げられている。何の紋章だろう?
旗を凝視していると、衛兵達により、扉は大きく左右に開かれた。