メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

2章:エステリ・ヴァラモン海賊団 - 3 -

 食事を終えた後、ティカはオリバーと一緒に再び甲板へあがった。
 碧空の下、ヘルジャッジ号は漆黒の帆に風をいっぱい受けて、快調に進んでいる。帆柱マストの上で作業している兄弟たちも気持ち良さそうだ。
 オリバーは人のいない船尾甲板に立つと、どこから持ってきたのか、あれこれ剣を並べ始めた。その様子を眺めながらティカは、
「ロザリオが剣を振るう姿を見てみたいなぁ……」
 憧れを口に乗せると、そのうち見れるだろ、とオリバーは軽い調子でいった。
 そうなのだ。ティカは今、無限海に名を馳せる剣銃士と、同じ船に乗っているのだ。なかなか実感が湧かず、考える度にドキドキしてしまう。
 オリバーは重たそうな剣を軽々と片手で持ちあげて、陽の光に翳した。
「俺は強いよ。ナリは小さいけど獣人だから、力はあるし、すばしっこい! 重たい剣もエペみたいに扱えるぜ」
「それは何ていう剣なの?」
「改造カトラス。刀身が百三十センチもあるんだ。芯に硬い鉄を入れてあるから、ぶったたいても折れない」
 ティカは首を傾げた。
「オリバーには、ちょっと大きすぎるんじゃない?」
「なんの。俺は、襲撃する時、先発隊のなかでも特攻隊長なんだぜ!」
「そうなの?」
「おうよ。大抵の奴は俺を見て油断するけど、すぐに後悔することになる。俺は風みたいに甲板を走って、腕に自信のありそうな無頼漢を秒殺するんだ。その隙に、仲間が索具をぶった斬って脅したり、船の自由を奪ったりするんだ」
 ティカが感心して聞いていると、ちっと離れてな、とオリバーは腰を落として剣を構えた。
 いわれた通りにティカが距離を取ると、オリバーは足で弧を描くようにして、美しい剣の型を見せてくれた。彼の上下左右に剣先は流れ、時折陽の光を受けて煌めいた。
「すごい! オリバー!」
 オリバーはぴたりと足を止めると、青い瞳で得意そうにティカを見た。
「だろ? ティカの番だ。こっちにきて、カトラスを持ってみて」
 ティカが傍によると、小ぶりのカトラスを渡された。
「わ……けっこう重たいね」
「カトラスは湾曲している片側に刃のついた、断ち切る威力に特化した剣だよ。刀身が短いから、ごちゃごちゃした船の上でも扱いやすいし、荒事にも耐えられるタフな剣だ」
 オリバーは剣について詳しく解説してくれた。
「こっちの剣の端は柄頭つかがしら、持ち手を丸く包みこむ部分はガード。刀身の真ん中に入った溝はって呼ぶ、刀身を軽くするために彫られてるんだ……よし、構えてみて」
 ティカはオリバーを真似して、足を開いて、ぐっと柄を握りしめた。
「もっと足を広げていいよ。膝も曲げて……そうそう」
 オリバーは満足そうに頷くと、今度は細身の剣を持って、ティカの手に手渡した。
「これはエペ。刀身は短いけど、性能のいい殺人剣だよ。あばら骨の間を一突きされるだけで、内臓をやられて、じわじわ死んでいく。昨日会ったプリシラはエペの達人で、襲撃部隊長の一人なんだ。襲撃する時、俺ら先発隊は威嚇が主な役割で、実際に敵をやっつけるのは彼女達、後続部隊なんだよ」
「ロザリオは?」
「ロザリオは単独で陽動が多いかな。集団作戦向きじゃないんだ。腕は文句なしにピカ一なんだけど……気分屋で船室からでてこない時も多いよ。ヘルジャッジ号が圧勝している時は、大抵興味なさそうにしている」
「剣は何を使うの?」
「銃も剣も何でも使えるよ。接近戦ではカトラスかレイピア、あとナイフを使う」
「ユーマリー海の闘いは、ロザリオも加わったの?」
「よく知ってるね」
 オリバーは目を瞠った。
「キャプテンに聞いたんだ」
「なるほど。あの時はロザリオも襲撃に加わったよ。楽しんでたんじゃないかな、ジョー・スパーナの戦闘部隊は強いし」
「僕もカトラスがいいなぁ」
 いかにも海賊っぽい剣だ。しかしオリバーは、エペよりは刀身の長い、細身の剣を渡してくれた。
「細いのに、割と重いね」
「そのうち慣れるよ。ティカにはレイピアの方があってると思う」
「そうかな?」
「もうちょい背が伸びたら、カトラスもいいかもね。レイピアはエペと同じで、攻撃の基本は突きだ。手前の刃は頑丈だけど、剣先は弱い。カトラスみたいに振り回したら駄目だよ。刀身に負担をかけたらぶっ壊れる」
「両側に刃がついてるね」
「うん。手を覆うガードがついてるから、うっかり自分の手を傷つけることはないと思うけど……っておおぃっ」
 ツンツンと刃を触るティカを見て、オリバーは焦ったような声をだした。
「斬れるぞ!」
「ごめんよ」
「ったく、危なっかしいな……よし、じゃあ、構えてみるか」
「うん」
「剣を水平に構えて、真っ直ぐに突きだすんだ。手は上を向けて。足は柔らかく、もっと膝を曲げて。両足に均等に体重を乗せて。そうそう」
 ティカは想像を働かせて、前後に足を動かしてみた。
「お、判ってるね。そうそう、リズムを意識して片足ずつ動かして。やっぱりティカは素質あるよ」
「本当?」
「剣が身体にしっくりきてる。慣れれば、ダンスしてるみたいに映えるぜ」
 ティカは気を良くして、いわれた通りに剣を振るった。明るい陽の下で、体を動かすのは楽しい。
 基本の動きに慣れてきたところで、オリバーもレイピアを持ってティカの前に立った。
 一礼して剣を打ちあわせる。
 最初はゆっくりしたリズムで、次第に速度をあげていく。その度に、鋼の打ちあう音も鋭くなっていった。
「あっ」
 どんどん早くなる剣先に必死に食いついていたが、ついに大きく剣を弾かれた。鋭い尖端が、ティカの心臓の直前に迫り、ピタリと止まる。これが実戦だったら――死んでいた。
「おー、頑張れよ、新入り」
「素人にしちゃ、いい線いってるぜ」
「もっと足曲げた方がいいぞぉ」
 いつの間にか周囲に人が集まっていた。帆柱の上から眺めている者もいる。ロザリオも少し離れたところから、こちらを見ていた。
「ロザリオ!」
 オリバーが声をかけると、彼は傍へ寄ってきた。鮮やかなあおい瞳でティカを見下ろし、
「ティカだっけ?」
「はい、そうです」
 緊張した様子のティカを見て、オリバーは笑っている。
 けれど緊張するなという方が無理な話だ。憧れの剣銃士が、目の前にいるのだ。ティカを視界に映して喋っているのだ!
 興奮と感動でだいだいの目を輝かせるティカを見下ろし、ロザリオは口端をあげた。手を伸ばし、黒髪をくしゃっと撫でる。
「剣先に意識を囚われ過ぎ。もっとオリバーの姿勢や視線から、情報を読み取りな」
「アイッ!」
 ティカは頬を紅潮させ、元気よく返事をした。ロザリオに頭を撫でて貰い、アドバイスまで貰えたのだ。女の子みたいに、きゃーっ、と高い声をあげてしまい、周囲の水夫たちから笑われる羽目になった。