メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

13章:十五歳の恋人 - 7 -

 密やかな夜の静寂しじま
 日中の情交で思わぬ疲労をしたものの、夜直もしっかり終えて、ティカは船長室へ戻った。
 すぐに眠らず、今夜はベッドに横たわりながら、ヴィヴィアンととりとめのない雑談を続けている。ふと、会話の合間に、潜水時に気になっていたことを思い出した。

「そうだ、ヴィー」

「ん?」

「深海イカから守ってくれた時、古代エーテルの力を使った?」

「うん。よく判ったね」

「ヴィーは、亜人じゃないの?」

 亜人――他種族婚で生まれる子のことだ。類稀な美貌や、尖った耳の形から、彼は尊い生き物の血が流れているのだと思っていた。

「違う。俺は魔人に属されるんだ」

 意外な一言に、ティカは眼を瞠った。
 魔人は、亜人の中でもごく一握りの稀有な存在だ。彼等は精霊界に満ちる霊気、古代エーテルを操ることができる。無限海広しといえど、その存在は数えるほどしかいないだろう。

「古い建国書に依れば、ロアノス王家の始祖は、の精霊王の寵愛を受けたらしい」

「精霊王……」

「そう。玻璃はりの六枚羽を持つ、偉大な始祖精霊だよ……まぁ、信じられないよね」

 眼を丸くするティカを見て、ヴィヴィアンは冗談めいた口調で告げた。
 しかし、ティカは呆れていたわけではない。驚愕に眼を見開いていたのだ。
 生きとし生けるもの全て、森羅万象を総べる双子の精霊王――アンジェラの愛した人間は、もしかして……ヴィヴィアンの遠い祖先なのだろうか。
 だとしたら、ヴィヴィアンに流れる血は……
 青い双眸の中に金色の煌めきを見て、想像は確信へと変わる。
 彼は、本当に特別な存在なのだ。
 無限海の片隅で、なんと数奇な出会いを果たしたのだろう。運命の力に震えるティカに気付かず、彼は気のない様子で続けた。

「故に、彼が倒れ伏した後も、王家に祝福は残った。稀に俺みたいな、極めて力の強い子が生まれる……らしいよ」

「らしい? 信じていないの?」

 半信半疑の口調を不思議に思い、思わず聞き返すと、ヴィヴィアンは苦笑で応えた。

空冠時代ヘイローパース黎明れいめいに記された、いにしえの建国書だよ? お伽噺も同然だよ」

「……」

「やっかいな言い伝えのせいで、俺は末子ながら、王位継承に最も近いと言われていたんだ。嫌でたまらなかったけど」

「どうして?」

「海へ出た背景には、埒外と見なして欲しい打算もあったね。宝冠も王笏おうしゃくも位階も崇拝もいらない。何よりも、自由が欲しかったんだ」

 凛とした眼差しと口調は、王者のそれだ。
 束縛を厭う、独立不羈どくりつふきの人。彼こそが、アトラスの祝福したもう無限海の覇者だ。
 彼の手を恭しく取り、ティカはそっと掌を指でなぞった。

「ティカ?」

「……神様みたいな人だと思っていたけれど、本当にヴィーの中には、尊い血が流れているんですね」

 遠い世界に想いを馳せながら呟くと、風にそよぐ髪を撫でられた。

「俺には、ティカの方が不思議だよ」

「え?」

 意識を戻すと、神秘的な青い瞳に見下ろされていた。指先で、心臓のあたりをトンと押される。

「俺にとって、ティカほど清らかな存在はいないよ。真っ直ぐで、純真で、天使そのものだ。だけど……内奥の聖域だけは、決して明かしてくれないよね」

 言葉を失くすティカを、青い瞳が穏やかに見下ろしている。