メル・アン・エディール - まほろばの精霊 -

3章:気まぐれな夜に、薔薇祭の調べ - 7 -

 円形舞台に立ち、アガレットは薔薇の吹雪を起こした。

「楽園に咲く薔薇は永久に美しく、散らした花びらすら美しく死ぬもの……」

 鮮烈な花びらの雨が降り、精霊達は一斉に顔を上げた。いきな演出に、感嘆の表情を浮かべている。

「死して尚、美しい香りが蒸留されるもの。人知れず萎れゆき、朽ち果てる、野茨とは違くてよ」

 薔薇の女王は、気高くも棘のある言葉を、ロザリアに投げかけた。
 これは、霊気、気品、教養、声を競う詩比うたくらべだ。
 薔薇の精霊が、声や機知、美を競って、舞台で交互に詩を詠み交わすのは、古来より薔薇際で好まれる余興の一つである。

「本当の美しさは、咲く場所を選ばないわ。傲慢に香らずに、眼を奪うもの。花びらが色褪せても、心に残り、真実の愛から本当の美しさが蒸留されるもの」

 女王の洗礼に、堂々とロザリアは応えた。
 劈頭へきとうから喧嘩腰の二人は、他の追随を許さぬほど白熱していた。自然と会場の空気は盛り上がる!

「私の愛しい方。どんな薔薇の精霊が、貴方に愛を捧げても、女王として必ずや勝ってご覧にいれましょう」

「「おぉ……ッ」」

 確信に満ちた勝利宣言に、会場からどよめきがあがった。
 舞台に眼が釘付けになっていると、肩をぽんと叩かれて、オフィーリアは飛び上がらんばかりに驚いた。

「アスティー! びっくりした」

 胸を撫で下ろすオフィーリアを見て、アスティーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ぃよう! 面白い展開になってるじゃないの」

「もう、笑いごとじゃないよ」

「一体どんな魔法を使ったんだ? 気位の高い薔薇の女王が、まるで恋する乙女だ。僕、五回は眼をこすっちゃったよ」

 鋭い指摘に、オフィーリアは沈黙した。聖域に眠る秘宝――いにしえの魔法を手にして、あまつさえ彼女にかけてしまったのだとは、口が裂けてもいえない。

「それで? お姫様は、どっちを応援しているんだい?」

「お姫様って何? ロゼを応援してるよ」

 腕を組んで憮然で応えると、だよなぁ、とアスティーも頷いた。

「こんなに盛り上がる舞台は初めて見たぜ。ほら、見ろよ。麗しの精霊王が揃って観戦しているぜ」

「えっ」

 彼の視線を辿れば、貴賓席の高みから、アシュレイとアンジェラが並んで舞台を見下ろしていた。ひしめく群衆に埋もれているにも関わらず、アシュレイと瞳が合い、オフィーリアは慌てて顔を伏せた。

「眼が合っちゃった……」

「何いってるんだよ、彼はずっと気付いていたぜ。その背中に、鉄板でも入れているのか?」

「え? 本当??」

「幽玄の君がお傍にいて良かったなぁ。彼女が宥めなければ、今頃、我が君は舞台の上にいただろうよ。それでもって君は、世にも高貴な三人から、求愛されていたわけだ」

 その通りに想像してしまい、オフィーリアは空恐ろしいものを感じながら、己の両腕をさすった。

「恐いことをいわないで」

「まぁまぁ……それにしても、いつ見ても、幽玄の君はお綺麗だなぁ……眼福、眼福」

「あまり、じっと見ては失礼だわ」

 うっとりと呟くアスティーを見咎めて、オフィーリアは小声で囁いた。

「見るなという方が無理だ。眼を奪われてしまうよ。ほら見ろ、僕に手を振ってくださった! お美しいなぁ」

 訝しげにオフィーリアが顔を上げると、双子の精霊王と瞳が合った。アンジェラは優しい笑みを浮かべて手を振っているが、アシュレイの方は、不服そうな顔をしている。

「ん? 気のせいかな……僕、我が君に睨まれているような……気のせいじゃないな」

「待って」

 そそくさと、退散しようとする薄情者の腕を引くと、アスティーは迷惑そうな顔をした。

「触るなって! 我が君の怒りを買うのは、僕なんだからね!?」

「ごめんなさい。でも、心細いんだもの。舞台が終わるまで、一緒にいて」

 手を胸の前で組み合わせ、不安そうにしているオフィーリアを見て、アスティーは、仕方なさそうに溜息をついた。

「やれやれだぜ。ほんじゃ、大人しく舞台を見ていようぜ」

 そこで二人は、視線を舞台の上に戻した。