COCA・GANG・STAR

3章:C9H - 9 -


 濃厚なセックスの後――
 ソファーでぐったりしていた優輝は、ふと流れ出したBGMに気を取られて身体を起こした。
 アップテンポの、BY BENNY GOODMANのSING、SING、SINGが流れている。無意識に足でリズムをとっていると、茶器を手に遊貴が戻ってきた。

「コカ茶あるけど、飲んでみる?」

「コカ茶?」

「コカインの原料になる、南米原産の美味しいお茶だよ」

「コカイン? 大丈夫かよ」

「向精神薬の効果もあるし、南米じゃ普通に売られて飲まれてるよ。酷い夜には、マリファナ煙草かコカ茶だ」

「本当かよ? 麻薬はお断わりだぜ」

「遠慮はいらないよ」

「遠慮じゃねーよ」

「ゲートウェイ理論といい、悪印象を定着させるのは、富める犯罪経済のエゴだなぁ」

 遊貴は不満げに呟いた後、俺にいえた台詞じゃないか、とどこか冷たく自分を嗤った。

「どこで買ったの?」

「え? 密輸。日本に持ち込んだら、税関で捕まるもの」

「……他のにしてもらえる?」

「そう? じゃ、ラフマ茶煎れてあげるね」

「何だそれは」

「大丈夫、日本にも生息する薬草だよ。リラックスできるよ」

 遊貴はいそいそとキッチンへ戻っていった。茶缶の多さといい、珍しい二層式やかんチャイダールックのポットといい、彼の趣味なのかもしれない。
 何を飲まされるのか警戒していた優輝だったが、ラフマ茶は意外と飲みやすかった。苦味のない落ち着いた味だ。

「……あいつら、どうなるの?」

 GGGを抜け出す時、遊貴と揃いの腕章をつけた戦闘員達はビバイルの連中を拘束していた。動かない者もいたが、血を流しながら歩ける者もいた。

「生きてる奴等は、公安ハムが連れてくさ。銃刀法違反に、数種類もの薬物剤取締法違反で、殺人未遂だ」

 それは、遊貴だって同じだろう。

「なぁ……本当のことを教えてよ」

「本当のこと?」

「遊貴って、何者なの?」

 紫の瞳は、優輝の心を推し量るように揺らめいた。

「教えてよ。遊貴はどうして、ビバイルを狩ってたの?」

 沈黙が長引くにつれて、優輝の胸は締めつけられていった。哀しいくらいに、切なさが込み上げてくる。
 視界が潤みかけると、思わず、といった風に遊貴は手を伸ばした。その手を両手で掴んで、優輝は額に押し当てた。

「教えてくれよ……ッ! 今更、俺を突き放すな!」

「突き放したりなんてしない。闇を知らずに、一緒にいる方法もあるよ」

「あれ以上の闇があるかよ!」

「あるよ」

 紫の瞳にどこか凄惨な明かりを灯して、遊貴はいい切った。

「……判断のしようがないよ。いってくれないと、何も始まらない」

「もう判ったでしょ? 俺がまっとうな人間じゃないってことは」

「そりゃ、薄々気付いていたし、今夜は決定的だったけど……そんな簡単に割り切れねぇよ。知りたいと思っちゃ、いけないのかよッ!」

「優輝ちゃん。今夜が限界だ。沈黙を守れば、平和な日常に戻してあげられる」

「もう遅いよ!」

「この先は禁忌タブーなんだよ。一度でも組織に狙われたら、この世の地獄が待っている……自分の大切な家族や友達が、拷問された揚句、道端に捨てられたらどうする?」

「遊貴じゃなければ、俺だって、知りたいなんて思わねぇよッ!!」

「if you risk, all you have all」

「え?」

「リスクを負わない者に、俺からいえる言葉は何もない」

「俺は、十分巻き込まれてるよ。今夜のことは、何のリスクにもならないっていうのか?」

「あんなの、序の口だよ。俺は、優輝ちゃんには想像もつかないような酷いことを、平然とやってきた。数えきれないほど人も殺した。それでも、この手を取ってくれるの?」

 遊貴は両手を見せるように、優輝の前に差し出した。優輝は考えるよりも先に、その手を握った。