COCA・GANG・STAR

3章:C9H - 10 -


 日本人にしては、色素の薄いアンバーの瞳。
 曇りない眼差しには、遊貴への真っ直ぐな想いが詰まっている。優輝は名誉ある男マフィアではない。Omerta沈黙の掟も、Semper Fidelis変わりなき忠誠も、この少年は聞いたこともないだろう。ある種の恐れを覚えながら、遊貴は口を開いた。

「……木下遊貴は本名じゃない。木下は祖母の旧姓だけど、下の名前は仮名なんだ」

 それは、なんとなく予感がしていたので、優輝はさほど驚かなかった。

「本当は、なんていう名前なの?」

「カトリックの洗礼名はガブリエルだけど、普段は使わない。組織の人間には、Dディーって呼ばれている。名前を幾つも使い分けているから、本名を訊かれると迷うな」

「俺は、遊貴って呼んでいいの?」

 遠慮がちに訊ねると、遊貴はほほえんだ。

「いいよ。俺も気に入っているから」

「家族は?」

「いるよ。俺の祖父は、日本人の女性を妻に娶り、父が生まれたんだ。父はC9HのCEO、サルバトーレ・ディ・カルロだ」

「うぉ、マジかよ……ッ」

 C9Hの家系だと聞いてはいたが、まさか権力の中枢にいるとは思わなかった。C9Hの若きCEO、サルバトーレ・ディ・カルロといえば、貴族の血を引く家系で、恵まれたビジュアルでも世界的に有名だ。

「じゃあ、お母さんは?」

「母はコロンビア人で、麻薬カルテルの娘だよ」

「じゃぁ……お父さんがハーフで、お母さんはコロンビア人だから……つまり、遊貴は四分の三は外人なのか」

「そうだね。俺に流れている日本人の血は、四分の一ってことになるね」

 その説明は、妙に納得がいった。遊貴の美貌の秘密が紐解けた気がする。複雑に交わる異国の血こそ、類稀な美しさの源だったのだ。

「家族は、今どこにいるの?」

「父はメキシコにいるよ。母は抗争に巻き込まれて、大分前に死んだ」

「……そうか。兄弟は?」

「俺の他に三人いるよ。全員男で、それぞれ母親が違う」

 全員、母親が違うのか。かなり驚いたが、優輝は顔に出さないよう気をつけた。

「今どこにいるの?」

「一番上は、メキシコにいる。他の二人は、俺と同じで世界中を回っているかな。今のところ、アメリカと香港にいるよ」

「へー、俺の家族もNYにいるよ」

「知っているよ。弟と仲がいいよね」

 遊貴はほほえんだ。つられて優輝も笑う。

「仲いいよ。毎日スカイプで話してる。遊貴は?」

「俺? あんまり話さないから、判らないな。害はないよ」

「害って……」

「カルロ・カルテルは結束の固い一族だけど、余所と同じで、幹部が死ねば流血沙汰になる。次のリーダーは誰だ、ってね。その時は、血の繋がりも水みたいに薄まるよ」

 重い。重すぎる……世間話のような気軽さで話す遊貴が、優輝には信じられなかった。

「遊貴は、どこで生まれたの?」

「生まれたのは、イタリア南部のサン・ルーカだけど、故郷とは呼べないかな……風情あるIsola della Madonna del Monteを眺めたのは一度きりだし」

「じゃあ、どこで暮らしていたの?」

「世界中を転々と。子供の頃は、掃き溜めみたいなスラムで育った。マチューテでめった斬りにするよな連中が、うようよしてる街だよ」

「え」

「ギャング同士の抗争や、暴力集団リンチ、レイプ、盗みに密売は日常の光景だった」

「え、でも……」

「日本では、武術は礼儀作法に通じていて、鍛錬は心を研く手段と聞いたことがある。俺の生まれた環境では違う。鍛錬は殺されない為、暴力は人を支配する為にあると教えられた」

 言葉を失う優輝を、遊貴は冴え渡る紫の瞳で見下ろした。

「残忍さは、権力を得る為に必要だ。なめられたら、味方からも競合相手からもつけこまれる。殺すことを躊躇えば、自分が殺られる。ギャング同士の抗争では特にだ」

「ギャング……」

「訓練中は特に、世界中を飛び回った。一日の殺人件数が、五十を越えるような、治安の悪い街もあったよ。その殆どが、ギャング同士の抗争だ」

「訓練中って? 遊貴の家は、大金持ちなんだろ? なんで……」

「Cloud9 Holdingsは、別名C9G――Cloud9 Gangと呼ばれる。このことを知っている日本の閣僚は、ほんの一握りだから」

「ギャング?」

「そう。俺の家はね、世界的な犯罪組織なんだ」

 凪いだ瞳、普段と変わらぬ穏やかな口調で遊貴は告げた。

「……ビバイルを潰しにきたのは、どうして?」

「一番の狙いは、北城組の麻薬製造工場一帯の土地だよ。都心から二〇分以内の立地だ。需要は幾らでもある」

「拝島工場?」

「そう」

「だから、ビバイル狩をして……バックにいる北城組を引きずり出す為に?」

「その通り」

「その為に、あんなに危険な真似を?」

「利益の生まれるところに投資するっていう、姿勢を貫いているだけだよ。企業の本質と変わらない」

「そのせいで、人が死んでも?」

「そうだよ。極論だけど、人を殺して儲かるなら殺すし、生かして儲かるなら生かすさ」

「なんで、そんな平然と……や、ごめん。なんていったらいいのか……俺……」

「謝らなくていい。それが普通の反応だよ」

 穏やかにほほえむ遊貴を見て、優輝の心は複雑に揺れた。

「遊貴は? あれが普通なの?」

「まぁね。普通って、個人によって違うし」

「俺には、信じられないよ。ビバイルにしても、何をどうしたら、無抵抗の人間にあんなに酷いことを……」

 銃撃戦もそうだが、楠を躊躇なくバットで殴った眞鍋を思い出して、優輝は身体を震わせた。

「子供なんだよ、どうしようもなく。“正気の仮面”の裏には狂気が隠れているのではなく、九歳から十歳の子供が隠れているに過ぎない――心理学者の言葉だよ。ああいう連中を見てると、的を得てるなってよく思う」

「拝島工場は、どうなったの?」

「GGGに侵入すると同時に、拝島工場も制圧したよ。黒田組とも共同戦線張っている。証拠を山ほど押さえて、北城組の重要幹部は、今夜だけで三〇人以上検挙された。事実上の解散だよ。ビバイルに至っては壊滅だ」

「遊貴達と黒田組、警察は協力していたの?」

「利害が一致していたからね。C9Gは拝島一帯の地検を整備したくて、黒田組は麻薬を横取りした北城組に腹を立てていて、警察は拝島工場を撲滅したかった」

「拝島工場は麻薬製造してるんでしょ? どうして今まで、警察は何もしなかったんだ?」

「拝島工業地帯の地権は、暴力団絡みの金融が複雑に絡んでいて、公安ハムは手を出したくても、出せなかったんだよ」

「つまり、C9Hは警察に貢献したんだ? 拝島の麻薬製造には、無関係なんだな?」

「……いや?」

 中途半端に遊貴は会話を切った。促すように優輝が見つめていると、遊貴は肩をすくめて、口を開いた。

「C9Hは犯罪組織だって、説明したろ? 北城組を潰して、彼等の麻薬流通に加味する狙いもあったよ」

 魔性の光を放つ紫の双眸に見据えられて、優輝は呼吸すら止めた。

「俺を助けてくれたのに」

「優輝ちゃんは特別」

 ふと紫の双眸を和ませて、遊貴は優しげに口元を綻ばせた。

「でも、正義の味方じゃないんだな」

 最高のジョークを聞いたかのように、遊貴は笑った。

「正義なんてものは、振りかざしたい奴が好きにやればいい。俺は、日本円を吸い上げにきたんだ」