アッサラーム夜想曲

花冠の競竜杯 - 4 -

 アルサーガ宮殿。光の間。
 宮廷評議会に各上院議員、各長官達が集い、侃々諤々かんかんがくがくと競竜杯の議論がなされていた。
 ようやく概要趣旨の共有が終わり、議長を務めるアースレイヤの進行で、質疑応答に推移した。
「――以上。これまでの話し合いを総括して、次のことを提案いたします。交通の要衝三か所に高級遊戯場を誘致。建設事業団体はこちらに記した通りです」
 演壇のアースレイヤは、飾り紐を引っ張り、背後にある緞帳を上げた。黒板に記された事業団の名前を見て、議員達の間に軽いざわめきが起こる。
「遊戯場の誘致を推しますが、公式賭博はポルカ・ラセに限定いたします。質問があればどうぞ」
 アースレイヤは余裕の表情で、泰然と周囲を見回した。
 質問の火蓋を切ったのは、第一級の貴族で、白豹の毛皮を羽織った年配男である。
「消費行為の流転になりましょう。賭博は多額の収益を見込めますが、その他の分野で消費が衰える危険は?」
 鋭い指摘に、アースレイヤは穏やかな笑みを浮かべた。
「賭博遊戯の収益の大半は、富裕層から得るものです。特に競竜杯では、外部からの来場を多く見込めます。彼等の落とす行楽費を通じて、消費全体の分母は上がるでしょう」
 賛同、或いは議論の声が四方から上がる。今度は別の議員席から手が挙がった。
「財団の予想では、収益の大部分はアッサラームの領民に起因するといわれていますが?」
 穿った指摘に、アースレイヤは笑みを浮かべたまま頷いてみせた。
「賭博遊戯は悪ではなく、格調高い娯楽です。先の言葉の通り、収益の過半はアッサラームの主に富裕層が担うことになるでしょう。彼等の資産を動かし、集客施設を整備し、国内外の観光を促進するのです」
 彼の回答は淀みない。が、今度は別の議員席から手が挙がる。
他所よその財団が参入すれば、アッサラームの遊戯場の利益は傾くのでは?」
 会議の場はざわめいた。互いに顔を見合わせて、熱の入った論を交わし始める。
 その光景に、アースレイヤは満足を覚えた。
 質問の上手な妨害者のおかげで、会議は盛り上がりを見せている。いい傾向だ――手ごたえを感じながら、アースレイヤは魅力的な笑みを浮かべた。
「彼等は、有力で貴重な資金源です。建設に協力はしてもらいますが、公式賭博の権限を譲るつもりはありません」
 穏やかな笑みを湛えてアースレイヤが発言すると、議員達は顔を見合わせた。
 理財長に就任したオデッサが挙手すると、全員の視線が彼に集中した。
 線の細い外貌からは、生真面目で弱々しい印象を与えるが、非常に頭の切れる男である。
「皇太子のご意見に全面的に賛同いたします。経済成長を望めるでしょう。賭博遊戯施設による局地的収益だけでなく、回遊型の観光をすることが期待されます。外交にも大きく寄与することでしょう」
 議会は水を打ったように静かになった。
 副官のハーランは無言を保っているが、外交官長のアマハノフは同意した。
「おっしゃる通りです。治安の強化は必要ですが、収益の拡散効果と呼びこみ力の増大は魅力的です。私も賛同いたしますよ」
 室内に、さざなみのように動揺が走った。
 理財と外交の重鎮が賛同を唱えた。残るはあと一人――全員の視線が、ジュリアスに集まった。
 今日はまだ、一度も発言していない砂漠の英雄は、一同を見回してから席を立った。
「賛同します。交易の悪路を整備する、良い機会になることを期待しています」
 ワッ――室内から拍手が起きた。
 評決の場で、ジュリアスの全面的な賛同は即決を意味する。アースレイヤは勝利の笑みを浮かべた。
「では、競竜杯の公式賭博場は、ポルカ・ラセに決定いたします」
「「意義なし」」
「誘致先の三か所、建設事業団は黒板に記した通り」
「「意義なし」」
 希望に満ちた声が続く。
「誘致先の治安強化指導の為、アッサラームから巡視隊を派遣します。建造は一年後の完成を目途に、進める予定です」
「「意義なし」」
「皆様のご理解に感謝します。競竜杯を経て、私達は更なる飛躍を遂げることになるでしょう。アッサラームに栄光あれセヴィーラ・アッサラーム
「「アッサラームに栄光あれセヴィーラ・アッサラーム!」」
 閉会の決まり文句を、異口同音に唱和して解散。

 宮廷評議会の決定の概要は、次のように各部署に伝達された。
 競竜杯の公式賭博場は、ポルカ・ラセに決定。並びに、賭博の規制緩和により、交通の要衝である三都市に高級遊戯場の誘致を決定。